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前田利常と森権太夫

2013年06月04日 19:52

392 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/06/03(月) 21:18:39.31 ID:OGuKHfpT
微妙公(前田利常)が、御旗本衆に大阪の陣でのお話をなされた事があった、

「我々は当時、霧の深い朝で、なかなか大阪城すら見えない中を、周りを手さぐりするようにして進んだ。
そうしているうちに昼前には霧が晴れたのだが、そこで我々は、自分たちの旗と大阪方の旗が触れ合うほど、敵と間近な
場所に居ることに初めて気がついた。

敵は我々に気がつくと城から猛烈に撃ちかけてきて、我らは立ち上がることも出来ない有様であった。
そのうちにだんだんと負傷者や討ち死にするものが出来、このため私は、前線の者たちに早々に撤退しろと伝えるため
使番を出すことにした。

この時の使番は森権太夫と言う者であった。しかし前線は城からの射撃のため、鳥であっても駆け入ることは難しいと
思えるほどであったが、この権太夫は直ぐ様塀の上に土踏まずを踏み出すと、躊躇いなく前線に懸けて行き、
そこの人々に撤退することを伝え、本人はその殿を務めた。

やがて帰ってきた森権太夫の母衣には、銃弾の跡が47,8ほども付いていたが、冥加が良かったのだろう、
体には全く当たっていなかった。

私はこれまでに、あれほど振る舞いの見事な者を見たことがないよ。」

微妙公はこのお話を度々仰っていた。大阪の陣で働きの有った人々はたくさん居たのに、他の人の話はせず、
この森権太夫殿の話を何度もなさっていたと、これは藤田内蔵充殿が言われたことである。

同じ話は森半左衛門殿にもお話になられたそうだし、かく言う私(著者)自身も承ったことが有る。
(微妙公夜話)

前田利常が、大阪の陣で最も印象に残ったと思われる、森権太夫という家臣についての話である。




393 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/06/04(火) 08:38:17.49 ID:3qsqpFso
http://iiwarui.blog90.fc2.com/blog-entry-312.html

森権太夫は銃弾飛び交う中で大胆にも尿を足した人と同一人物かな

394 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/06/04(火) 09:20:17.69 ID:6sJaGlq5
母衣って矢は防げそうだけど弾も防ぐのか?

395 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/06/04(火) 10:36:58.54 ID:MNFMGLF1
>>394
弾道によるんじゃね?

396 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/06/04(火) 11:07:24.92 ID:K+KH0Lsd
垂らした布は球形の弾丸相手なら一定の防弾効果があるらしい

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