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横道権之丞、交戦中の敵へ使いする心得

2012年09月17日 20:31

495 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/09/16(日) 19:58:27.10 ID:OaS8+f8c
吉川広家の家臣に、横道権之丞と言う者があった。

さて、天正15年(1587)の、肥後国人一揆において吉川広家は黒田孝高・長政親子らと共に、
城井鎮房の籠る城井谷城を攻めていたが、城井方のゲリラ攻撃に長政が不覚を取るなど、
大いに苦戦していた。

そこで広家、孝高・長政親子は相談をし、城井鎮房に対し和議を提案することとし、
その使者を吉川広家より出すことと決めた。

広家はこの使いを、横道権之丞に命じ、城井鎮房に対し

『あなたが黒田に対して何の遺恨もないのに防戦に及ぶことは、秀吉公の意に逆らう行為です。
早々に和睦を受け入れ、黒田親子の下知に従うのが、最も良い選択です。
過去の戦闘の罪は、この広家が善きように処理します。
秀吉公より御赦免いただき、またあなたの本領が相違無く黒田親子より渡されるように私から
言っておきます。』

そう言い伝えるよう命じた。

ところが権之丞はこの使いに直ぐに向かおうとせず、日が暮れ夜に入ってから、大松明に火を付けさせ、
少しの忍ぶ景色もなくテクテクと歩いて行き、城の近くまで来ると

「吉川蔵人頭広家の使いである!!」

と、頻りに呼びかけたので、これを聞いた城中の者たちはすぐに城井鎮房に知らせた。
城井鎮房は人を出して権之丞に目的を尋ねると、彼は広家に言われた内容を伝えた。
これを聞いた城井鎮房は広家の提案した和議条件に同意し、直ぐ様降伏して黒田親子の手に属した。
まあ、この和議が後にどす黒い事態を起こすのだが…
ともかくも横道権之丞は見事大事の使者に成功したのである。

その後、ある人が横道権之丞にこの時のことを聞いてきた
「あなたはどうして、日が暮れてから城に向かったのですが?」

これに権之丞答えて
「こういう使いに、白昼うかうかと行っては、もし伏兵などに取り巻かれた場合、自分は
和平の使者だ、なんて自分の説明をしても、雄に逸った若者なんかは『そう言って騙す気だな!』なんて
言ってきて、確認も無しに討たれる事もあるんだよ。
だからわざと夜になって、松明を燃やし、何も隠さない形で行ったのさ。

そういうふうに行くとね、敵も『あれはなんの用がある使いだろう?』と考えて、うかつに
討ち取ったりはしないものなのさ。
俺はそういうふうに考えて、日が暮れてから城に向かったんだよ。」

と、その様に語ったそうだ。
(陰徳太平記)

横道権之丞の、交戦中の敵へ使いする心得についての逸話である。




496 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/09/17(月) 08:20:13.27 ID:ggqP0q70
城井戦での広家の活躍もちゃんと記録されてるんだな
広家の逸話はもっと発掘されて欲しい

497 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/09/17(月) 10:34:00.46 ID:IUG41wpy
和議の使者なら白昼堂々とやってくるものだが・・・怪しい!!!!とはならないんだな~

498 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/09/17(月) 10:47:43.78 ID:9G+wQdsj
横道さんて、昔尼子にいた横道兄弟かな

499 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/09/17(月) 11:36:33.59 ID:rT5UwMWz
尼子十勇士の横道兵庫介?
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