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コンビ誕生

2011年08月25日 22:38

229 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/08/25(木) 14:10:14.87 ID:prBPLEgH
コンビ誕生

栗山備後守利安と母里但馬守友信は、黒田如水が若い頃から側近くで使っていた。
その頃栗山は善助、母里は萬助と呼ばれていたが、如水は両人とも将来見どころのあると思い、
いつか取り立ててやろうと思った。が、問題がひとつ。もちろん母里萬助に、である。

母里萬助はいつも無分別に粗暴なことばかり言い廻り、人間として非常に問題があった
(萬助は無分別に荒き事のみ言廻り、大方人外の體なれば)
そのため朋輩たちもうんざりし、我慢も限界という状況であったそうだ。だいたい母里但馬という人は、
大人になり立身してからも、とんでもないやらかしが多かったのに、まして子供の頃なんてどれほどだったか、
想像がつくでしょう?(年たけ立身仕りてさへ、笑止なる事多し。まして童の時は、思ひやられたり)
とにかく黒田家の大問題児だったと言うことですね

さて一方の栗山善助だが、こちらは少年の頃からおとなしく、道理を良くわきまえ、日常の過ごし方も
年来の功者のようであった。
彼は15の頃から如水の側近くで使われていたが、その頃から何かことが起こった時に一言意見を
言わせてみても、聞くほどに優れた意見であったと言う。
こちらは黒田家の若き秀才でありエリートであったわけです。

こんな問題児と秀才の二人をある時、黒田如水が静かな場所へと呼び出した。そして彼らに言うには

「お前たち二人を取り立てたいと思うんだ。だからこれからは善助は兄、萬助は弟として、ほんの僅かなことでも
話しあって、お互い支えあうようにしてほしい。善助はおとなしくて、萬助はいたずらものだ。
萬助、今後見放すこと無く、兄として善助を引き立ててくれよ?」

そう言われて男気に感じたか、萬助は即座に承知をし畏まってこれを受けた。
と、そう簡単にこれを承知できないのが善助である。

「それはできません」「どうしてだ?」
これに栗山善助、秀才らしく理路整然と答える

「突然のお申し出ですが、私は自分一人の取り回しさえ満足に出来ていません。
そうであるのに兄として人の指南など、やって良い訳がありません。それ故、達てお断り申し上げます。」

如水、これを聞いて自分の目が間違っていないことを知った。
『ああ、かねてからこいつは自分の身の程を知っている人間だと思っていたが、ここまでしっかりしているとは。
これはどうしたって萬助の奴の兄になってもらわないと!』
そう思い善助に対し日を変え場所を変え、事あるごとに了承してくれるよう頼んだ。頼み込んだ。
これに善助もついに根負けし、これを承知した。すると如水は案文を調え誓紙を二枚書かせ、
1枚は善助、萬助の二人が交換し、残りの1枚ずつは「これは、後日の証文にしておくよ」と、如水が受け取った。

幾星霜の時が流れる。
黒田如水に死が近づいていた。

如水は、今や黒田家を支える重臣となった栗山備後、母里但馬の二人を密かに呼び出した。
そしてしみじみと言う

「お前たち、俺の指図に背かず今に至るまであの時の約束を守ってくれていること、ありがとう。
かえすがえすも嬉しいよ。
これからもお互い相談しながら筑前守(長政)を引き立ててやってくれ。」
そして2枚の紙を取り出し

「これはあの時の誓紙さ。本当なら今はもう返すべきだと思うのだが、最後まで約束を守ってくれた
頼もしい誓紙だからな、冥土まで持って行こうと思ってる。俺が死んだらさ、お守りとして棺の中に
入れておいてくれ。」

そう笑いながらそれを、大切そうに懐に中に入れたという。

栗山備後と母里但馬が義兄弟になったいきさつと、その後のことである。
(古郷物語)




255 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/08/27(土) 16:53:26.23 ID:PADwzSYL
>>229
母里の人外の體ってどんなんなんだ
かぶきまくって人に見えなかったとかそんなのか?

256 名前:人間七七四年[] 投稿日:2011/08/27(土) 17:05:59.01 ID:6pTFi6De
人か物の怪かという姿形の事じゃなくて、素行振る舞いが常識外れ
当時の人の思考からするとぶっ飛んだ考えの人
世間体の体、体を成すの体

257 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/08/27(土) 17:23:04.39 ID:GtND0Z/i
つまり母里さんは
ニコ厨がネタにしまくってるチャージマン研!みたいな人なのか

258 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/08/27(土) 17:30:45.20 ID:6pTFi6De
チャー研はキチ○イなんかじゃないやい!

260 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/08/27(土) 18:19:57.68 ID:PADwzSYL
>>256
ただ今のところ出てる話では根は真面目そうだよな
関羽や張飛あたりの侠客のイメージになるのか?

261 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/08/27(土) 18:39:04.50 ID:6pTFi6De
栗山を関羽、母里を張飛とみると二人の間柄も性格もそんな感じだね
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黒田長政、嫡男の袴着式にて・古郷物語Ver

2011年08月22日 22:59

529 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/08/22(月) 03:16:21.17 ID:14mtRMja
黒田長政の嫡男・万徳丸(黒田忠之)4歳の年の暮れ、長政の伯父黒田図書の屋敷にて、袴着(幼年期から
少年期への移りめの儀式)が行われた。この時黒田家中の主だったものは皆罷出て、万々歳を唱えた。

ところで黒田家重臣・母里但馬守友信は万徳丸の蟇目(懐妊5ケ月目の15日に胎児の健康なる成長を祈って
弓を射る儀式)親であり、万徳丸は常に「祖父祖父(じい、じい)」と呼んで良く懐いていたそうだ。
この時も母里は万徳丸の頭をクシャクシャに撫でながら

「万徳丸殿、早く成人して武辺をなされよ?侍は他に何もいらない、武辺が専一です。とと様よりは武辺を能くしてくださいよ。」
これを聞いて当然ながら激怒したのが長政である。

「但馬何をいうか!このワシより能くせよとは!?わたしの武勇を悪しく思っているのかあっ!?
ワシが若い頃には備後(栗山利安)、次には其方を指図し、朝鮮でも度々、その後も神戸、関ヶ原の合戦と、
私は武辺を示してきた。その後は天下静謐となり合戦の場数を稼ぐことはできていないが、とにかく私は
其方共に見限られるような武将ではない!それを何だ!?とと様より能くせよとは!全く理解出来ない(一圓分別に能わず候)」

そう叫ぶと大脇差を抜いて母里を睨みつけた。その場の人々『これは何事だ、大事が起こるぞ!?』と
ハラハラしながら見ていると、母里は長政の脇を向き天井の方を眺めながら(つまり激怒している長政を
ガン無視である。失礼にも程がある)

「変なことに腹を立てる人がいるものだ。自分の子供が武辺を能くせよと言われるのが悪いことか?変な人が居るものだなあ。」
と、そのまま長政の方には見向きもせずに言った。この態度に(当然ながら)長政は治まらない

「万徳に武辺をせよというのが悪いのではない!しかし親より能くせよとな何事だ!?」
これに母里は冷笑し(ホントにそう書いてある)

「他人事ではありますが、御心を静めて聞いてください。武辺というのは図ることも出来ず、底も知れないものです。
何度合戦に挑んでも、やりきったと思うことはありません。合戦のたびに『やり足りなかった』と後悔しないことは稀です。
残念な働きだったと思っているのに、周りが『比類なき働きだった!』と言われれば、不承不承そういうものだとしておきます。
そうであるのに、殿は大名であって能き人を多く引き連れ、能き作戦の元に得たお手柄自慢、笑止ですな。
(大名にて能き人を引き連れ、能く計る所の御手柄御自慢、笑止に存候)
勝ち戦ばかりにお会いなされ、いつもこんな物だと思っていたら必ず不覚を取りますぞ!
まあその辺りの事はそれがしより備後に聞いたほうが詳しいでしょう。それはともかく万徳殿、どうか武辺を成し給え」

相変わらず長政をガン無視したままそう言いつつ万徳丸の頭を撫でた。

さてこの時、その栗山備後守利安は次の間で若い衆たちに酒を勧めて回っていたのだが、長政と母里が声高に
言い合っているのを聞きつけ土器と銚子を持って走ってやってきた。そして長政に

「さてさて勿体無い事ですがこれは私にくだされた盃です。憚りながらこれを拝上いたしたいと思います。」
これを長政の方に差し上げ、
「私が若年で小姓だった頃、如水様の御前でやった小笠原流のお酌を(ここは笑う所)、今ここで思い出しつつ、
昔を懐かしみながらお酌致します。」と盃に酒を注げば長政、

「栗山から盃をもらうのはいつものことだが、酌は珍しい」
と笑いながらこれを飲むと、栗山

「その返杯は但馬(母里)に下さいませ」と言って母里の方を向き
「おいキチガイ!こっちに出てきて杯を頂戴いたせ!(気違ひ罷出て、御土器頂戴仕候へ)」

これに母里も「畏れ入り候」と罷出て、頂戴仕った。これで長政も母里も何事もなかったかのようになり酒宴大いに盛り上がる。
ここで栗山一同に申し上げたことには

「若き者共、よーく聞け!お心掛けの深いのも殿様であり、無分別なのも殿様である!
そして大たわけで、かつ頼もしいのも母里但馬。どうだ当家の武勇、末頼もしいとは思わないか!?
平穏なときはこのように目出度い場で、高下の区別なく酒を飲み楽をし、一旦ことあれば槍を突きまくって
すべき事をしておけば、やがて主君になる人(万徳丸)も、何事も許してくれるぞ!さあ歌え舞え!」

これに長政すっかり機嫌も直り「備後の申すようにすべきことをした者には、許しもしてやらないとなあ」と言い、
そのまま夜明けまで酒宴をしたそうだ。(古郷物語)




530 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/08/22(月) 03:30:09.33 ID:i/FOXGZQ
http://iiwarui.blog90.fc2.com/blog-entry-1508.html
こっちは常山紀談の同じ話
古郷物語を元にしたのだろうか

532 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/08/22(月) 03:36:30.81 ID:7Ea1Vr1Y
>>530を見ると常山紀談は表現がずいぶんマイルドになっているのが解るなw

黒田万徳丸の鎧着にて

2011年08月21日 23:00

165 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/08/21(日) 10:08:54.07 ID:sT971X2h
ここで出ている逸話など見ると、黒田長政は母里太兵衛といつも喧嘩しているように見えるが、
何のかんのいって長政は太兵衛が大好きなのである。

長政の嫡男・万徳丸袴着の時の逸話は既に出ているが(http://iiwarui.blog90.fc2.com/blog-entry-1508.html)、
それから数年後、万徳丸の鎧着にて、
初めて甲冑を身につけた若殿さまの雄姿を目にして太兵衛、
「これはなんとも立派なお姿で、亡き先代如水様の雄姿が思い出されます」
と涙を流し、長政も、
「本当に亡き父上にそっくりだ!」
と涙を流して喜んだそうな。

万徳丸は袴着も鎧着も母里太兵衛につけてもらったようです。
どちらにしろ、如水死後の話ですし、長政ご指名かと思われます。
太兵衛が数々の我儘を許容され、家中随一の知行高を与えられていたのも、
結局のところ、長政に好かれていたからなんだろうなと思います。




筑前高取城築城

2011年08月19日 23:01

472 名前:1/2[sage] 投稿日:2011/08/19(金) 16:43:36.67 ID:1wq76Zlx
関ヶ原の後、筑前に入った黒田長政は豊前との国境、高取山に築城しそこに重臣・母里但馬守友信置くと決定。
すぐに普請を開始した。
この高取山、山の半分は既に豊前というまさに境界線の山で、黒田家では、『越中守(細川忠興)はこの築城に
必ず妨害してくるであろう。そうなったら、合戦だ!』と家中のものを残らず動員。侍分のものには完全武装させ、
合戦との違いは指物を差していないだけ、という状況だった。

さて、山の腰に小屋を懸け、黒田長政自身が縄張りをした。だが城主に予定の母里但馬と尽く意見が合わない。
長政が「石垣の高さは2間にしよう」と言えば但馬「いいえ、3間にすべきです」、長政が「では3間にしよう」といえば
但馬「いや、やはり4間にしましょう!」、長政が「切岸は5間にしよう」と言えば但馬「いいえ、10間必要です!」
尽く長政の言う事の倍の、大規模な普請を要求するのだ。

このため縄張りは全くまとまらず、栗山、井上といった重臣たちが但馬に意見したがそれも聞き入れない。
話の進まないことに長政も手持ちぶたさであったが、いつもの事なので腹をたてることもなく(例の事なれば腹も立てず)
色々と説得したものの、但馬は石垣が高くなくてはならない理由を断固として主張した。
これに長政

「但馬、おまえはよく解っていないようだ。この城は長く籠城するためのものではないぞ?当面の手当のための
要害なのだ。いかにも安々とした防備であったほうが良いのだ。」

母里但馬、これに激怒した
「この城をそれがしにお預けになると仰せになってから、私はこの地に自分の墓をつくりました!
一城を預けていただくのは武士たるものの本望であり、忝いことこれに過ぎるはありません!
そのため、偏にここを自分の墓所と存じ定めたのです!

ところが、先ほどおっしゃった事は何ですか!籠城をしない城である.から、もし敵が寄せてくればすぐに城を捨てて
引き退けと!?敵を見たら逃げるための城に、この但馬が居る必要はありません!

黒田の御家もずいぶん大きくなりました。敵を見たら逃げたいと思っている者も、捜せばきっと居るでしょう。
そういった者を、そういう城には置かれるべきでありましょう。私は嫌です!(某はいやにて候)」

そう言い捨てて自分の小屋に引き込んでしまった。

さてさて、これが普通の主君なら、こんな家臣はそのまま押し詰め成敗してしまっただろう。
しかしそこは黒田長政、腹を立てながらも

「あれを見たか!?備後(栗山利安)やわしが言ったことは、理由のあることなのだ。
皆も知っているように、今我々が植木(福岡県直方市大字植木)に大軍を駐屯させても大丈夫なよう
しているのは、いざ合戦となれば細川忠興は大敵であるからだ!

しかし黒崎と、この高取の城をそのままにしては、小倉から筑前に手出しはできない。
そのため細川は必ず、この城を攻めてくる。
いざ開戦となればわしは軍勢を集め植木に集結させ、細川が軍勢を出し高取の城を攻める準備をした所を、
ここから三里足らずの植木より駆けつけ、一撃で蹴散らすつもりなのだ。
一当てして敵がひるむのを見ればこの城の留守居を但馬から、旗本の確かなものに交代させて、
但馬は先手の右備えに据え置くので、この城に置くようなことにはならない。

こういう事を聞き分けず訳もなく腹を立て、全く沙汰の限りだ。嫌ならあいつ次第だ!」
と引き取ろうとすると栗山利安が止めて言った

473 名前:2/2[sage] 投稿日:2011/08/19(金) 16:44:40.30 ID:1wq76Zlx
「御腹立はご尤もですが、いつもの事です。(御腹立御尤に奉存候。いつもの事にて御座候。)
私が但馬殿を呼び出してきますので、その間にどうかご機嫌よく、御縄張りを完成させておいてください。
そもそもキチガイ同然になっている人間のいう事をまともに取り上げたのが良くなかったのですよ!
(気狂ひ同前の者の申上候儀を。御取上げなされ候事、然るべからざる)」

と長政に釘を差しておいて母里但馬の小屋に行き、長政の意図を説明し
「今に始まったことではないがその我儘、いい歳して不相応にも程があるだろ!まったく沙汰の限りだ!」
としたたかに叱りつけると、但馬

「そういう事ならワシも腹をたてることはなかったんだよ!あんなナゾナゾみたいに言わず、最初から考えていること
全部打ち明けてくれればいいじゃないか!全く根性曲がりが!(いな曲の男なり)」

と別方向に腹を立てつつも栗山と共に長政の御前に戻り、
「先程は敵を見かけたら逃げろとおっしゃったのだと思い、殊の外腹を立てました。しかし只今備前に御内意の趣を
承り、そういうことであれば私も聞き分けることが出来ます。

それがしが石垣を高くし、堀を深くすることを望んだのは、3日を5日、5日を7日なりとも攻め崩されること無く、
敵を百人殺す必要があるのなら、二百も討ち取り、大敵をこの城に受け止めて日数を送らせることこそ、忠節であると
考えたからです。

私は、死にさえすればご奉公に成るなどとは、考えたこともありません。
生きて与えられた使命を実行させるため、大規模な普請を望んだのです。これは全く臆病から言ったことでは
ありません!その事をよく理解していただきたい!」

これに長政、
「引く敵の相手などに、但馬ほどの人間は必要ない。申す所神妙である!」

そう声をかけ、その後君臣機嫌よく、城の縄張りを共に完成させたという。
この時長政は但馬のことを大変頼もしく思い、その目には涙がにじんでいたそうだ。

筑前高取城築城の際の逸話である
(古郷物語)

和解したのでいい話ではあるのですが、何より黒田家の連中の口の悪さがスゴイのでこっちにw


関連
黒田長政、母里太兵衛に高取城を守らせる・いい話
http://iiwarui.blog90.fc2.com/blog-entry-725.html


474 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/08/19(金) 16:59:22.49 ID:gZwOFPTR
毎度の事ながら勝手にやってろよと言いたくなる家中にござる。

475 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/08/19(金) 17:37:22.41 ID:BtRlLjQX
そもそも後詰めとか理解しないで切れてる時点で成敗しろよ

476 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/08/19(金) 18:53:08.67 ID:7lDfepe4
この逸話既出だね

477 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/08/19(金) 18:53:26.31 ID:JcaNIPb7
古郷物語の筆者には感謝しても仕切れんな、面白すぎるだろこの家w

478 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/08/19(金) 18:58:54.38 ID:WaBORbi2
本音しか言えない、それが黒田のルールだ。