うまくこの戦争が終わったら

2016年05月06日 17:53

588 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2016/05/05(木) 19:26:09.94 ID:YyOFRyTP
毛利安左衛門は長宗我部宮内少輔(盛親)に属して大坂の陣で戦ったが、生命を助かり、
後に人々にこう語った

「戦場の事については、今時の壮士たちが畳の上で推量しているものとは違って、簡単に
高名手柄の成るものではない。

おおよそ戦場においては、昼夜の境なく心は苦しみ、寒暑を防ぐことも出来ず、兵粮と言っては
黒米を食い、おっ立て汁に塩を舐めてようやく飢えを助け、寄せ手は竹束の陰に武具を枕とし、
霜露に晒されながら夜を明かす。

城中ではなおさら、今や攻める、今や討ち死にすると寝食も忘れて緊張している中、色々な雑説が流れ、
何某は内通するとか、誰は敵を手引して今夜火を掛けるとか、様々な危ういことが、
毎日毎日言いふらされていた。そのため膝を並べる同僚の面々であっても油断できず、片時も
安き心で居られず、手柄高名を心がける以前の問題であり、勇気を折る事しか無かった。

普通の喧嘩であれば、互いの怒りから勇気も出て、死も顧みない心にも成れるが、合戦は敵に対して
私の怒りなど無く、ただ忠と義を盾にして争う事であるから、喧嘩ほどの勇気も出ない。
であるから、十人中九人までは、このような状況に日夜悩まされると、高名立身の望みも失せて、

『うまくこの戦争が終わったら武士を辞め、どんな賤しき業をしてでも、一生を過ごすのだ!』

そう思う者ばかりとなるのである。」

(新東鑑)

大坂の陣に、大阪方で参戦した武士の回想。大阪城内の雰囲気が見えるようです。



589 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2016/05/05(木) 19:48:54.52 ID:VjacA46w
織田頼長「せやろ?」

590 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2016/05/05(木) 21:50:59.76 ID:tNQfI0do
>>588
大阪の陣って、武士が必要とされなくなる世の中が目前に迫っていて、その恐怖から逃れるために死に場所を求めて参戦する場だと思ってたんだけど

591 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2016/05/05(木) 22:23:31.74 ID:jl9/eRDb
大坂の陣に参加する人の多くは、成功できなかった人たちがイチかバチかで行ったけど、
周りも似たような人ばっかりだからまとまらないんだよ

592 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2016/05/06(金) 12:19:30.86 ID:DFAR/Q3V
大坂の陣で大阪方に参加したのは、徳川家が改易しまくったせいで無職になってしまった武士たち

593 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2016/05/06(金) 14:27:09.70 ID:jeuPwFxy
いや再就職出来なかった奴等だろ

596 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2016/05/06(金) 22:22:12.91 ID:mUyupg5Q
>>588
俺この戦争が終わったら武士辞めるんだ(死亡旗)
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