毛利幸松丸の死 別ver.

2015年04月14日 18:36

665 名前:人間七七四年[hage] 投稿日:2015/04/13(月) 22:43:12.49 ID:bQCXbAmE
毛利幸松丸の死 別ver.

毛利元就が家督を継ぐこととなった、兄興元の嫡男幸松丸の死について。やや流れの違う話を一つ。

然(シカル)ニ舎兄(シャキョウ)興元早世シ、子息幸松丸(コウマツマル)七歳ノ時、
安藝国最上(サイジヤウ)鏡山(カガミヤマ)ノ城主倉田(クラタ)備中守近則(チカノリ)ト
軍(イクサ)シテ、忽(タチマチ)勝利ヲ得テ、近則ガ首實檢(クビジツケン)ニ入ル。
七歳ノ幼将(ヨウシヤウ)ニ一ツ首實檢ハ如何(イカン)ト怪(アヤシム)處ニ、
案ノ如ク彼ノ首瞳ヲ動シ、三度齒ヲ咬鳴(カミナラ)ス。爰(ココ)ニ於テ、幸松丸戰慄驚動(センリツキヤウドウ)シテ、終(ツイ)ニ卒去(ソツキヨ)セリ。

西条鏡山城(現東広島市)が元就の調略により落城した後、毛利幸松丸が首実検に臨んだ(無理やり引っ張り出された)ところ、
城主倉田近則(蔵田房信)の首の目が動き、歯を三度噛み鳴らした為、毛利幸松丸は大いに驚き、遂には死んでしまった。

『本朝武家高名記』武将伝巻之三「毛利大江元就素性附武略之事」の一節より

元禄記に書かれた軍記物なので登場人物の年齢や名前、真偽についてはお察し




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