毛屋の本氏

2014年09月01日 18:51

652 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/08/31(日) 22:17:44.16 ID:m7QtZXsZ
慶長5年(1600)9月14日、関ヶ原の決戦前夜、徳川家康の元に、黒田長政より家臣・毛屋主水(武久)を以って
言上の旨があった。家康は毛屋主水を御前に召し物語をした折、彼に「敵はどれほど居るか」と問うた。

主水は御陣の縁の端に寄りながら申し上げた
「それがしが見たところ、2,3万もあるだろうか、と思われます。」

「それは思いの外の小勢であるな。他の者達は10万もあると言っているが、汝一人そう見積もった
理由は何か?」

「仰せのごとく、総勢は10余万も居るでしょう。しかし実際に敵として存在しているのは、わずかに
2,3万に過ぎません。」

これは毛屋主水が、金吾(小早川秀秋)、毛利の人々が内通していることを内々に聞いていたため、
このように申し上げたのである。

家康も内心思っていたことを毛屋主水が言い当てたため、これを聞いて大変機嫌よく、御前にあった
饅頭の折を主水に与えた。主水はこれを頂き、縁に腰を掛けてその饅頭を尽く食して後、陣へと帰っていった。

その後に成って家康は側の者達にこう言った
「忘れていた。彼の本氏を聞いておくべきだった。」

「彼は毛屋主水と申す者ですが…」

「いや元々はそうではない。毛屋とは越前の地名であり、彼が毛屋を氏としたのは、毛屋にて軍功があったため、
地名を以って氏としたのだ。」

側の者達は家康が、末々の陪臣のことまでそのように覚えている事に、大いに驚いたという。
(落穂集)

実際に、毛屋主水は元は田原金十郎と言い、柴田勝家に使えていた時代、越前の毛屋で活躍したため
名字を毛屋に変えたとされています。




653 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/08/31(日) 23:14:03.85 ID:8Duv/Xh3
>>652
権現様はカリスマ性があるな
絶妙に心を掴むね

654 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/09/01(月) 00:07:32.23 ID:G7ZpfY8D
一瞬、命名シリーズになるのかと思った

655 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/09/01(月) 00:44:04.16 ID:acnxzFJE
権現様の記憶力は驚異

656 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/09/01(月) 00:55:58.92 ID:lW9XLkck
孕石「忘れてくれても良かったのに・・・・」

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毛屋主水の加増

2014年08月30日 19:24

68 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/08/29(金) 20:32:37.32 ID:7t0m7ntB
関ヶ原の後、黒田長政は筑前国を拝領した。この時長政は家中の功のあった者達にも加増をしたが、
毛屋主水武久一人は、関ヶ原の武功者の中で加増がなかった。

これを知った黒田如水は長政に尋ねた
「どうして毛屋に領地の加増がないのか?」

「先年、私が彼に加増をすると言った時、彼はそれを嫌って受けず、私は面目を失いました。
この為、今回も施さないのです。」

如水はこれを聞くと
「往昔の事を今に至ってまで心底に残してはいけない。武功が優れているのなら、躊躇なく
恩禄を与えるべきである。」

このように言われたため、長政もそれを了承し、主水に四百石を加増し、本領と合わせて七百石を
領させ、さらに足軽30人を預けた。
(黒田家臣伝)

黒田長政、如水に「昔のことをウジウジ気にしてるんじゃない」と窘められる、というお話。




69 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/08/29(金) 20:36:01.03 ID:WSwk8WNd
そうそう、奉公構とかしちゃだめだよな!

70 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/08/29(金) 21:27:46.84 ID:eEykDr0m
「やっぱ長政はケツの穴の小さいやつだなぁ」と又兵衛さんが言ってた

71 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/08/30(土) 02:46:22.45 ID:R3cmJUQK
そら官兵衛に掘られてた又と一緒にするのは酷だろ

「今日の芳志、絶対に忘れない!」

2014年08月29日 18:54

632 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/08/28(木) 21:13:22.38 ID:4zOv+m4z
毛屋主水武久は佐々成政に仕えていたが、成政の切腹のあと、中津に来て黒田家に三百石で仕えた。

さて、天正十八年(1590)、豊臣秀吉の小田原征伐の結果、蒲生氏郷が伊勢松坂十二万石から、
会津四十二万石を賜った。氏郷は俄に大大名と成ったため、この時毛屋主水に、一万石で
自らに仕えるようにと密かに書状を送った。

しかし、主水はこれに
「只今私に高禄を賜るとのことですが、朝鮮への出兵をひかえて他家に移るというのは、
私の本意ではありません。
もし、つつがなく帰朝できましたら、御意に従うでしょう。」
と、断った。

氏郷と主水の間には、かつてこのような事があった

羽柴秀吉による播磨三木城攻めの頃、毛屋主水は山崎源太左衛門(片家)に仕えていた。
この頃彼は、田原金十郎と名乗っていた。

さて、その三木城攻めの最中、秀吉の軍は敗北し、これに参加していた蒲生氏郷の部隊は郎従ら皆逃げ去り、
氏郷の身も危うし、との時、毛屋主水が馳来て近づく敵を追い散らした。
そして氏郷に向かって言った

「私は田原金十郎と申して、山崎家の家人です。貴公と我が主君とは不和ですが、
只今の急難、見捨てがたきによって救い奉る!」

これに氏郷は感激し、主水に向かい「今日の芳志、絶対に忘れない!」と叫んだ。

これ故に、氏郷は兼ねてから毛屋主水の武勇をよく知っており、かつ、昔の忠節を思い出し、
あのような書状を出して、大禄を遣わして召し抱えたいと言ってきたのである。

(黒田家臣伝)



633 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/08/28(木) 22:09:17.22 ID:6ZpOri4S
>>632
さすが工場長。いつでもスカウトを忘れないな。

635 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/08/28(木) 22:20:06.89 ID:8aXF40D2
いつも断られてる気がするが。