池田長幸が良将となったのは

2015年06月11日 17:14

166 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2015/06/11(木) 00:56:18.40 ID:WFJ6n8Hm
池田備中守長幸の家臣、水野善右衛門は、文武に達し、至忠の老臣であった。

長幸が10歳の時のこと、善右衛門は長幸を強く争諫したことがあった。長幸はこれに大いに怒り、
物も言わずその席を立った。

一時程して、善右衛門は長幸に呼び出された。
「その方の先刻の諫言、心から承知した。
私のこの頃の行いは、甚だ心得違いであった。誤り入るものであった。
今後はその方の諫めの通り、行いを必ず改める。
それについて、その盃を飲んで、私に差し出してほしい。」

主君に盃を差し出すという行為を、善右衛門は僭越なことだと考えこれを硬く辞した。
長幸は再び言った

「その方の先刻の諫言によって、私は本心に立ち返ったのだから、その方は私のための
良き師である。ならば、身分は君臣であっても、道においては師弟である。
師より弟子に盃を与えることを、どうして固辞することがあるだろうか?
さあ、差し出してほしい。」

善右衛門は平伏したまま号泣し、再び頭を上げることも出来なかった。

世の人は池田長幸を良将であると言う。これは水野善右衛門が彼を良将としたのである。

(明良洪範)



169 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2015/06/11(木) 10:59:26.83 ID:Dq6A5+cE
毒入り盃かと勘繰ってしまった

170 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2015/06/11(木) 17:09:41.67 ID:G2dBjRRI
同じく勘繰った。

盃飲み干して「ぐはっ」
長幸「出過ぎたことを申すからじゃ」
とか思ってたら、そうそういい話の方だったと。
長幸公はお歳の割には老成しておられますな。

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池田長幸と水野善右衛門

2015年01月02日 17:09

484 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2015/01/02(金) 00:03:11.29 ID:Gq+up1P0
故池田輝政の弟・備前守長吉は因州鳥取六万石の城主であった。その息子の備中守長幸の時、
備中松山の城に移され十万石となった。

さて、この池田長幸は生来剛強で常に武芸を好み、また家臣を集め兵書の講義をし、また軍事について
論じ合った。

ある日、家老はじめ諸士を集め軍談をしていた時、長幸は語った
「私の先祖である勝入公は世に聞こえた武勇の大将であった。私も戦場に出ること有れば、諸将の目を
驚かすほどの働きをせんと思っている。もし、そういう機会があった時は、面々も共に死を決して
働いてほしい。」

この言葉に諸士一同は勇気を感じ、「いかで仰せを待つべきでしょうか。そのような時は御槍脇を仕り、
命は君に差し上げます!」と答えた。

所がこの時、水野善右衛門という老武士一人のみ黙然と長幸の話を聞いていたが、ややあって発言した。

「只今の殿の仰せは、非常に勇ましいものです。しかし、理において宜しからざる。

ご先祖である勝入公の頃は、まだ一万石にも及ばない御身分でした。ですから、御自ら槍刀を振るって
お働きになったのです。

今の殿のご身分は、当時の勝入公に比べれば御大身であります。その大身の身を以てご自分で槍刀を振るって
お働きされるのは、あまりに軽々しく、例えどれほどの手柄をなしたにしても、それは匹夫の勇であり、
大将の器にあらざる行いですから、賞するに値しません。
大将たるべき人は、例えば敗軍に及んだ場合、逃げ走ってでも身を大事に保ち、後日の合戦に全勝の
利を得るようにする。それこそが大将の器というものです。

殿は勇を好まれます。ですが、御上の殿中等において、諸侯御列座の中、絶対に先に言われたような
思慮なきことを仰ってはいけません。心ある人に聞かれたならば、後々まで見下されることになるでしょう。」

長幸は終始これを黙然と聞いていたが、諸士退出のあと、水野を呼んで茶室に伴い、自身で茶を点てて進め、
「先ほど汝が申した事、誠に我が持病の妙薬であった。今後も汝が心に非と思うことが有れば、腹蔵なく
叱って欲しい。」

水野はこれを聞くと低頭し
「君の御為とは申しながら、失礼にも過言申し上げましたのに、御立腹もなく帰って快くお聞き入れられたこと、
恐れいり、また有難く思います。」
そう言って感涙をこぼしたという。

(明良洪範)




485 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2015/01/02(金) 00:24:00.86 ID:uLnJUPTc
池田備中守長幸の家士・水野善右衛門は文武に達した至忠の老臣である。歳は10歳の時、
主人の長幸を諫争したところ、長幸は大いに怒って物をも言わずにその席をお立ちになった。
一時ほど過ぎて、長幸は善右衛門を呼び出し、

「其の方の先刻の諫言を、私は確かに承知した。私のこれまでの行いは甚だ心得違いだった。
まったく誤りであった。これからは其の方の諌めの通り、行いを必ず改めよう。それにつき、
その盃を飲んで、私に差しなさい」

と言った。善右衛門は固く辞退して盃を取らなかった。長幸が再び言うには、

「其の方の先刻の諫言によって私は本心に立ち帰ったのだから、其の方は私にとって良師だ。
だから、身分は君臣ではあるが、道においては師弟である。師から弟子に盃を与えるのに、
どうして固辞することがあるだろうか。さあ、差しなさい」

とのことだった。善右衛門は平伏して感涙に及び、頭を上げられなかったということである。
世人が長幸を良将であると言うのは、この善右衛門が良将になしたのである。

――『明良洪範続編』