真田昌幸による沼田城奪取

2015年01月11日 17:07

207 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2015/01/10(土) 06:12:11.24 ID:TvfmqqMH
天正6年(1578年)、上杉景勝は武田勝頼に上州沼田を譲ると約束し、勝頼は真田安房守(昌幸)に
これを受け取らせに向かわした。

しかし、昌幸が沼田に入ろうとすると、沼田城主の沼田平八は使いを以ってこのように申し遣わした

『この城は先祖より代々、我々が保ってきた城であり、簡単にお渡しすることは出来ない。
どうぞお帰りあるように。』

これに昌幸はこう返答した
『沼田の城地をあなた方が代々保ってきたのは事実でしょう。しかしながら私は、武田勝頼の
恩賜によりこちらに罷り越したのです。もしこれにご意見があるのでしたら、沼田を譲ると約束した
上杉景勝に対し訴えるべきです。我々に言うべき事ではありません。

しかし、お渡し下されないのであれば仕方なし。一戦仕らん。』

こうして沼田の所々にて戦闘が行われたが、そのうちに昌幸より沼田城に使者が送られた。

『このように日々攻め合いをするのは詮無いことであり、我ら双方にとって全く利がありません。
ここは曲げて、城をお渡しいただけないでしょうか?
もしお渡し頂ければ、沼洲に新しい城を作り、そこをあなたに差し上げましょう。
その上今の沼田城下の町も、沼洲に引っ越しをさせ、新たに町を作らせましょう。

もし、この事もご承知無いというのなら、近日中に沼田に乱入いたします。
この是非を申し述べていただきたい。』

これに沼田平八は、運の末の悲しさというものだろうか、この提案を誠であると信じてしまい、
拒否すること無く開城した。すると真田昌幸

「虚に乗じるのは疾風の如くせよという!」
そういって開城した沼田城に、息をも尽かさず押しかけ攻め立てた。
これに沼田平八は、痛ましくも先祖伝来の地から没落していったのである。

(羽尾記)


真田昌幸による沼田城奪取についての逸話である。




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