浅井久政切腹と鶴松太夫

2018年01月03日 10:13

558 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2018/01/03(水) 00:12:42.24 ID:roPPjTax
浅井下野守(久政)が、小谷城にて切腹の時、舞の名人である鶴松太夫という者、
日々の相伴にも外れないほど、久政より寵愛を受けており、

「この度も御相伴仕るべく候」

そう言うと、最後の酒宴を行い、久政の介錯を遂げると、その身が「同座を汚さんことは
恐れあるに似たり」と、縁の下へ降り、腹を掻き斬ったという。

譜代重代の侍であっても、このような時には降参不義の心出来るというのに、
その身はそういった役では無いにも関わらず、日々の恩を感じ義を思い、
死を快く致したのであり、めったにないことである。

(士談)



559 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2018/01/03(水) 23:17:42.30 ID:BP2J77Zv
>>550
この二人の会話、どうやって後の世に伝わったのか気になる

560 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2018/01/04(木) 00:30:29.50 ID:2tRca7P/
中間辺りが聞いてそのまま逃げたんだろ

561 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2018/01/04(木) 05:33:40.83 ID:hAfKTC9U
>>559
ここは逸話を紹介するスレであって、それが真実かどうかを検証するスレじゃない

562 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2018/01/04(木) 08:08:45.53 ID:9IhVluh/
>>561
気になっただけで検証とか言い出したら、定番の上野介さんさえ出てこれなくなっちゃうよ

563 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2018/01/04(木) 12:45:42.46 ID:Qlprx8oR
検証じゃなく感想レベルのことやんな

564 名前:人間七七四年[] 投稿日:2018/01/04(木) 22:29:33.72 ID:midqhiQE
>>558
殉死は譜代の重臣よりむしろ
身分が低くても主君の傍で仕えてた者が殉ずることが多いらしいな

573 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2018/01/07(日) 15:29:55.51 ID:1W/VvMEw
>>564
譜代の重臣が追い腹でポコポコ死んだら困るわな
一緒に死んでくれって駄々こねた謀将さんもいるけど
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このような肴を以って酒宴に及ぶ事ができた。誠に大慶

2016年03月06日 11:41

415 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2016/03/06(日) 00:31:56.39 ID:wMKdL7YO
天正元年の12月下旬頃より、織田信長配下の大名小名は遠近を限らず一人残らず岐阜に集まり、
正月元旦の出仕のための準備をした。

そして元旦、儀式厳重にして信長も打ち祝い、酒も出て既に三献に及ぶ時、

「珍しき肴が有る。今一献あるべき」

そう言って黒漆の箱を出してきた。人々、何であろうかと怪しみ見るところ、
柴田勝家が呑んでいる時、自ら箱を開けると、そこには金箔で覆った頸3つがあった。
それぞれには札が付けられており、朝倉左京大夫義景、浅井下野守、子息備前守長政、
彼ら3人の頸であった。

万座の人々これを見て大いに喜んだ
「この御肴にては、下戸も上戸もおしなべてただ食べよ!」
そう言うがまま各々歌い舞い、酒宴はしばらく止むことはなかった。

信長は言った
「皆々がいずれも数年苦労をいたし、勲功重畳するによって、このような肴を以って酒宴に及ぶ
事ができた。誠に大慶、これに過ぎたことはない。」

そうして刀脇差しなど数多出して下された。

(甫庵信長記)

有名な逸話ですが、ドラマなんかじゃ信長の行為に家臣たちドン引き、ってパターンが多いのに、
こちらでは信長のサプライズ披露に一同大盛り上がりで大フィーバーなのですね。



416 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2016/03/06(日) 06:31:32.92 ID:S+0nU0Jf
>>415
まぁ、敵の髑髏みてビビる様じゃ、戦国武将やってられないでしょうけど

…最大の問題は、小瀬甫庵が今で言う山田風太郎って事なんですよねぇ…

桶狭間の奇襲も、長篠の三段撃ちも、橋の下の秀吉も、話の出所はみーんな小瀬甫庵…

417 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2016/03/06(日) 08:14:43.45 ID:9f1O8Ufp
正月祝いのドクロについては、信長公記でも一座は沸いたとあって
「ドン引きした」なんてのはそれこそ戦後の小説の類からなんだよなあ

418 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2016/03/06(日) 09:15:24.03 ID:llBUOtPS
当時の庶民だって、晒し首を見るのは娯楽の一つだったんでしょ。

419 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2016/03/06(日) 14:18:45.51 ID:M2FNLIul
滝川一益が諫言した逸話もあるでお

420 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2016/03/06(日) 14:19:29.42 ID:3rdYTjdp
佐々成政な

421 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2016/03/06(日) 15:19:51.03 ID:ndK+URkg
まぁウソなんですけどね

422 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2016/03/06(日) 16:06:10.63 ID:Od0Q5EBR
これか。佐々成政、信長への諫言・いい話 
http://iiwarui.blog90.fc2.com/blog-entry-2132.html

423 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2016/03/06(日) 16:30:50.14 ID:1HlgnIZB
>>418
今より死体見る機会多かったからそんなでもなかったのかもね
裁判傍聴するような感じかね

424 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2016/03/06(日) 17:47:53.08 ID:ogl0BerH
節なら首実検で慣れてるだろうし、髑髏なら腐乱生首よりマシだしいいかーって感じじゃね?

425 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2016/03/06(日) 18:59:08.59 ID:XNriMdrd
ああ、武士か。何かと思った。

426 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2016/03/06(日) 21:51:32.57 ID:+PZ9S6Yh
戦国時代の武士なんて道端に死体が転がってたら
とりあえず試し切りする連中だぞ
鎌倉時代の武士よりは優しいけど、現代人よりはずっと鬼畜だよ