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籤で持ち口

2016年05月01日 17:13

579 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2016/04/30(土) 21:19:12.93 ID:SZUuzKNG
大阪冬の陣が始まろうとする時、大阪城中では関東の出馬を聞いて、諸方の砦、その他外構え等の
普請に傭役を増やしてこれを急いだ。そして豊臣秀頼は、譜代新参の諸大将を召して評定を開いた。
その内容はこうである

「先に命じた各々の持ち口(担当部署)には善悪が有り、それに対して不満も出ている。
そのためもう一度、籤によって持ち口を定めたい。」

これを聞いた各持ち口の頭分の者達は
「最前既に仰せ付けられた持ち口ですから、それに善悪があろうとも今また変更すべきではありません。
また、兵家が籤を用いる時は、故実に従うべきです。
ともかく、そのままに差し置くべきです。」

そう、この件に反対した、

この時、大野治長渡辺糺は籤奉行であったのだが、大野治長がこう発言した
「黒門口は平野口に近く大手の内の要害ですから、かの口三十間は治長がこれを堅めます。」

これを聞くや渡辺糺が怒鳴った
「治長殿のやり方は理解できない!いま、持ち口に善悪があるからと籤を用いようとしているのに、
黒門口は治長自ら堅めると言われる。ならば籤はしないのと同じではないか!?

総じて修理亮殿は万事ほしいままにして諸将を蔑ろにしている事、甚だ奇怪である!今後、慎まれる
べきである!」

しかし治長は少しも屈せず
「黒門口は内側が広ければ小勢を以っては担当できない。それ故にこの治長が、籤を執る前に
これを堅めたいと申したのであって、全く我意を挟んだものではない!
そもそもそのようにいう和殿こそ、却って秀頼公の思し召し良きをいいことに、常に諸士に対して
無礼であるため、人々もこれを悪んでいると聞くぞ!
この治長に意見する前に、先ず自身が謹しまれよ!」

そう荒らかに言い放つと、糺も激怒し
「普段のことはともかく、今度の黒門口は籤の上であれば、特別に治長に堅めさせるようなことはしない!
強いてというなら、余人には渡さぬ。この糺自ら請い取るべし!尚も言いたいことが有れば申してみよ!」

目を怒らし居丈高に成り、肘を貼って叫ぶ渡辺糺に、大野治長も立ち上がった所を、座中の人々が
慌てて両人の間に入り
「御両人はこの城の棟梁の臣なのですから、このような諍論は似合いません。殊に大事を控えながら
朋輩同士が口論するのは然るべからざる事です。第一君の御為になりません!」

そう制したことで渡辺は鎮まり、治長も「私も誤っていた」と謝罪し、各々はその座に帰った。
この諍論に時間を取られたため、籤の沙汰は無くなった。

籤が中止に成ったことを真田幸村は聞くと「さもあらん」と嘲笑った。
そして後藤基次は
「両人の喧嘩は大阪の幸いであったのに、どんな馬鹿者がそれを止めたのか。
この両姦人さえ討ち果たせば、城中の評議は思う様に整って、天晴花ある軍となっただろうに。惜しいことだ」
と、大いに腹を立てたという。

(慶元記)



580 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2016/04/30(土) 23:16:14.42 ID:q6uhGX3x
いつ見ても城内ばらばらやな

581 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2016/04/30(土) 23:49:28.24 ID:1l8pvDLb
目立った働きのなかった譜代が目立とうとして必死なんよ

582 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2016/05/01(日) 00:06:04.93 ID:x4B2WdUx
突出して凄いのが出てくればよかったんだろうけどねー

583 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2016/05/01(日) 00:33:08.56 ID:98MthrCf
そりゃまあそれほど戦慣れしてない譜代は浮足立ちもしそうなもんだ
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不吉な一致

2015年04月30日 18:18

渡辺糺   
716 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2015/04/29(水) 19:01:25.62 ID:ACFKJ219
大阪の陣以前のことである。

豊臣秀頼の小姓たち10人ばかり、その他近臣の津田出雲守、渡辺内蔵助(糺)と同道して、野田村に
藤の花を見物しようと罷り出て、その辺りにて終日、芝居や酒盛りをした。その後、酔いに乗じて5人3人づつ
小舟に乗って福島の海老江村のほうに遊行した。この時、彼らの家来たちも様々な場所に行っていて、
津田出雲守の側には林斎という盲人一人だけが在った。

この時、ここに薩摩の野郎組という6人ほどの連中が、同じく藤の花を見に来ていた。彼らの太刀は
四尺あまりで、先に小さな車がついているものを差しており、甚だ厳つい体であったが、
津田の休んでいる場所に来て慮外なことをしたので口論となり、薩摩者達は6人共に刀を抜いて
斬りかかってきた。
津田は十文字槍で戦い、6人を野田の浜まで追い立てたが、彼らも浜から取って返し必死に戦い、
津田は9ヶ所まで深手を負い、今にも敗北、という所に先の盲人の林斎が、浜に積み上げてあった
割木を取って6人の方に隙間なく投げつけた。これが薩摩の者達に当たり少し怯んだ所に、渡辺内蔵助が
この様子を知って駆けつけ、6人の打ち3人を討ち取り、残り3人は負傷してほうほうの体で逃げ出した。

そのうちに家来たちも駆け戻り、津田を介抱して大阪に帰ったが、津田はその傷が元で相果ててしまった。

その後、大阪籠城の時、博労淵の砦を一番に、西国の蜂須賀家に乗っ取られたため、かつて野田で、
同じく西国の薩摩の者達に津田出雲守が討たれた事、またその方角といい、不吉な一致であると、
城内において噂し合った。

また津田の事件の在った頃、渡辺内蔵助が所要があって天王寺の方まで出かけた時、関東より参ったという
荻原という人物と出会い、口論に成ったが、荻原の引き連れていた関東者達は大勢であったので、
渡辺はようやく斬り払ってほうほうの体で大阪に帰ったそうである。
又その頃、内藤新十郎その他小身の者たちが生玉に参ったところ、先の荻原率いる関東者の悪党たちと出会い、
大阪者達は多く負傷して大阪城へと逃げ帰った。

この二度の出来事は、方角は天王寺表にて、殊に相手は関東者にやられてしまったため、籠城の時も、
臆病者共は寄り合って不吉の沙汰であると申していたという。
その時、内藤新十郎は、自分の槍の柄に切り込みが所々あるのを証拠に差し出し、手柄のように
言いふらしていたが、その切り込みは内藤が自分でつけたものだと証言する者が出たため、大いに面目を
失った。

渡辺内蔵助については当時、鬼神のように言われていたが、籠城に入ってからは散々の様子であったそうだ。

(明良洪範)



717 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2015/04/29(水) 19:36:37.42 ID:AucwV4mj
口論からの斬り合いそのものはなんてことないんだな

718 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2015/04/29(水) 19:49:44.17 ID:C5hakzy0
>>716
「福島の海老江村」って、当時は福島が島だったのかな?

719 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2015/04/29(水) 21:09:24.09 ID:dfVmytw0
今でもあの辺は淀川の河口じゃないか

720 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2015/04/29(水) 22:11:45.60 ID:cAcNPfvK
>>718
島だったのは三好三人衆の頃。大坂の陣の頃には埋め立てられて繋がってる。

721 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2015/04/30(木) 14:28:27.40 ID:wUEyJdhf
ちょっとした事で殺し合い・・・ほんと、殺伐とした時代だったんだなぁ
あの時代に生まれてたら、無難に生きていける気がしない

「お前はどうして死に遅れたのだ」

2013年11月08日 19:08

渡辺糺   
664 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/11/08(金) 18:50:51.72 ID:FpxL1naL
渡辺尚(糺)とその母である正永(正栄尼)は豊臣秀頼に仕えた。

大坂の陣の時、戦いに敗れて諸将は皆死んだが、
尚は重傷を負って戻り、正永と会った。

この時、正永が「お前はどうして死に遅れたのだ」と問うと、
尚は「もう一度、阿母にお会いしたかったのです」と答えた。

これを聞いて正永は「女子が死ぬことができないとしても害は無いが、
海よりも深い国恩を蒙ったお前が死ぬことができなければ、
これ以上の大きな恥は無い」と、言った。

そこで尚はようやくその三人の子を殺し、自ら腹を切って死んだ。
正永はこれを喝采すると首をのばし、手助けする人の刃を受けて死んだ。

――『皇朝金鑑(大坂物語、難波戦記)』





籤で持ち口を

2013年02月23日 19:56

700 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/02/22(金) 23:51:03.10 ID:3T3cUQBH
大阪冬の陣が始まらんとしていた時の事である。
大阪城中では関東勢(幕府軍)が軍勢を発進させた、との報を受け、諸方の砦。そのほか外構え等の
軍事施設の普請を急いでいた。

この時に豊臣秀頼は譜代新参の諸将を集めて評定を行ったが、そこで秀頼は

『先に達って申し付けた各々の持ち口(担当場所)であるが、その配置に善悪が有り不満が出ている。
よって改めて、籤によって持ち口を決め直す。』

と仰せになった。これを聞いた各持ち口の頭分の者たちは

「最前、既に仰せ出された持ち口であるのだから、それに善悪があるといっても今になって又
変えるべきではない。それに武士が籤を用いる時は、その故実に従うべきものであるので、
ともかくもそのままに差し置かれるべきだ。」

と思い、敢えてその沙汰に同調する雰囲気は無かった。

この時、大野治長渡辺糺は籤奉行であり、両人は座の中央に居たのだが、治長が進み出て
申し上げることには

「黒門口は平野口に近く、これも又大手の要害ですので、かの口の30間は、私治長が
これを固めます!」

渡辺糺はこれを聞くやいなや怒鳴った

「治長のやり方は全く理解できない!今、持ち口の善悪があるからと籤を用いようとしているのだ!
そんな所に黒門口は治長自らがこれを固めると言い出す。
然らばこの籤は無いのと同じではないか!

そもそも修理亮はいつもそうだ!何でも己のほしいままに行い、諸将を軽んずる。
甚だ奇怪なことである!今後そのような態度は謹むべきだ!」

治長もこれに怒鳴り返した

「黒門口は内側が広く、そのため小勢ではここを守るのは難しい。それ故配下の多いこの私が、
籤を引く前にここを固めると申したので、これは全く我意を挟んだものではない!
だいたいそのように言う貴殿こそ、秀頼公の思し召しが良いのをいいことに、諸士に対して
無礼に振るまい、人々もこれを憎んでおるぞ!
この治長の事を言う前に、先ず自分の身を謹まれよ!」

糺はこれに激怒し

「日々の事はともかく、黒門口の担当も籤で決めるべきで、特別に治長に任せるような事は
出来ない!それでも強いて要求するのなら、余人には渡さぬ、この糺が自らここを請け負う事とする!
未だ言いたい事があるなら、申されよ!」

渡辺糺は目を怒らし居丈高となり肘を張って言葉を投げつけた。
これに治長も膝を立て、今にも斬りかかろうとしたのを、座中の人々が慌てて両人の中にはいり

「御両人はこの大阪城をまとめる老臣ではありませんか!それがこのような論争をするのは
ただでさえ似合わぬことであり、しかも今のような大事を控えた状況で、朋輩同士の
口論などしている場合ですか!
第一これは、君のためになりません!」

そう言って二人を制した。ここでようやく渡辺糺が鎮まり、治長も「ついカッとして言い過ぎた」
と謝罪し、各々その座に戻った。

しかしこの騒ぎのために、籤の件は沙汰止みとなったそうである。
(慶元記)





702 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/02/23(土) 07:28:04.71 ID:7nKpJU6+
>>700
諸将が不満に思う籤をやめさせるために二人で芝居した……ってことはないだろうな

703 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/02/23(土) 09:02:31.22 ID:R+0y1Ibw
どっちなんだろうなw
先に籤は間違いであることが述べられて、最後に結果として
籤は取りやめとなかったとあると解釈に悩んじゃうなw


「三ヶ条の要求」と豊臣秀頼

2011年12月26日 22:02

498 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/12/26(月) 18:02:11.44 ID:LdVEqifJ
慶長19年(1614)9月18日、方広寺鐘銘事件などで緊張した徳川・豊臣家の問題を駿府の家康と協議した
片桐且元は帰阪。秀頼に家康からの要求、

『秀頼が人質として江戸に下る、もしくは淀殿が人質として江戸に下る、もしくは国替えを受け入れる』

という三ヶ条を伝えた。

これを聞いた豊臣秀頼は、片桐且元を、休息を取れと私邸へ帰らせ。その上で、当時大阪にあった
織田常真(信雄)のもとに、大野治長、木村長門守、渡辺内蔵助を遣わして、この件に対して相談をさせた。

三人は信雄にこう主張する

「市正(且元)は今度の使いにおいて、いくら家康公の御指図だといっても、先ずは一応も二応もお断りを
申し上げ、その上ではじめて家康側の申し出を聞き届け帰国しこれを秀頼公に申し上げるべきなのに、
彼は秀頼公を差し置いて、この三ヶ条へ異見が無いと家康に申し入れ、自分一人の判断で、まるで自分が
家康の使いであるかにように、秀頼公に申し上げた。
これは我が君を見下げるような行為であり、その不正は軽くない!

この上は最早市正を踏み殺し、我々の方針をはっきりさせるべきと考える!」

信雄はこれを聞いて仰天した

「今、両御所を敵に受けて盾をつくなど、考えも出来ない事だ!
今回のことは全て、市正に任せて然るべきである!」

三人は秀頼に元に帰り、両者の意見を申し上げた。
しかし秀頼はこれを聞くと、いずれの意見を取るべきか解らず、ただ悩んだままであった。

大野ら三人はこの秀頼の姿を見て、「秀頼公には知らせず密かに且元を城に呼び出し、そこで
刺殺して方針をはっきりさせよう!」と示し合わせた。

しかしその動きをを察知した信雄がこれを且元に知らせ、且元は大阪城を退去。
これが大阪冬の陣勃発の直接の理由となる。

和平派もそうだが主戦派も、秀頼本人の意志を重視してはいない、片桐且元大阪退去に至るまでの、顛末である。
(秀頼事記)






499 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/12/26(月) 21:39:58.07 ID:Gb1JJCFD
何かで読んだのか戦国もののドラマか忘れたけど
且元はその時淀殿を江戸に送ることを承知しておいて
江戸屋敷の造営で一年二年と引き延ばしその後は淀殿病気といいさらに一年二年引き延ばし
家康が死んだ後挙兵すれば少しは勝ち味が見えてくると献策したとか言う話があったな
多分史実じゃないとは思うけど

500 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/12/26(月) 21:42:56.60 ID:W9TthKzI
葵徳川だね

501 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/12/26(月) 21:50:58.98 ID:gHUua3Pj
実際家康相手にそんな小細工無理だとは思う

502 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/12/26(月) 23:47:39.70 ID:HTcBDCI7
>>498

これじゃ、まるで開戦にいたるまでの先帝陛下のお立場ではないか?

503 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/12/27(火) 00:05:13.68 ID:AGDGBLr/
こう見ると信雄さんは現実派だなぁと思うけど
やはり残り二人からは「このヘタレが!」って思われたんだろうな

504 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/12/27(火) 08:15:30.85 ID:zgeD+M20
福島正則「だから!遅すぎたと言っているんだッ!!」

505 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/12/27(火) 08:54:59.49 ID:3dub6oDn
信雄が優秀だったってのもあながち間違いじゃないよな。

506 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/12/27(火) 09:04:44.29 ID:2Phlz4nt
お坊ちゃまだった若い頃は失策しまくりだったけど、
もう世間慣れしてるお爺さんだから保身感覚が身に付いてるよな

507 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/12/27(火) 10:15:59.08 ID:quNlbzpG
若いころから保身感覚抜群の連中がいたりするから見劣りしたりするんだよな

森家の連中とか池田家の連中とか…

508 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/12/27(火) 11:45:49.54 ID:rWPzNMBy
>>507 信雄様のおかげで早くに親父や兄がなくなったもので、若くして保身感覚を身に付けました。

後藤又兵衛の忠告

2011年01月23日 00:00

476 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/01/21(金) 22:23:27 ID:0dBR1auH
大坂の陣の時のこと
渡辺糺大野治長が話し合いをしているところに、後藤又兵衛がやって来て
こんな事を言い出した。

「面白い事を聞きましたよ。大住與左衛門は東軍(幕府方)に内通しているって噂だ。」

大野治長これを聞くと首を振り

「いやいや、與左衛門に限ってそんな事はありえぬ。
あいつは故太閤殿下の魚洗いであったのだが、実直ものだとしてお取立てなされ、
『秀頼公にご機嫌よく物をあてがうように』と御付になされたのだ。

そして今回の籠城が始まってからも、與左衛門は城内のあまたの倉の鍵を手元に置き、
昼夜の別なく御用をなし、また見廻りをしている。あの熱心な姿を見れば、
あいつが二心を抱くなど考えもつかない。」

すると又兵衛
「愚鈍な人間よりもそう言う奴に気をつけなきゃいかんのですよ。」

と言って去った。


後日、夏の陣の時城内から火をつけたのは、この大住與左衛門の仕業であったという。

後藤又兵衛の忠告、活かせず。と言うお話。






477 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/01/21(金) 23:06:55 ID:ZjW1erGp
>>476
>「愚鈍な人間よりもそう言う奴に気をつけなきゃいかんのですよ。」
長政「ああ、全くだなクソっ!」

478 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/01/21(金) 23:13:14 ID:snAnfnoR
噂を立てられながら実直に見回りを続ける神経凄過ぎw

479 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/01/21(金) 23:42:00 ID:/XlwqW9R
そういう微妙な事をそのままズバズバ言っちゃ駄目でしょおおおおおおおお
もっと遠まわしに話してええええええ

480 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/01/22(土) 08:16:32 ID:qlvpyR6o
度量がある人間なら使いこなせたりうまくやれるんだけどねえ、又兵衛。
嫌がる人は多いわな、こう率直だと。

481 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/01/22(土) 08:45:23 ID:0l/26EUw
直家「大住をそのままにしておくとは、又兵衛は甘いのぉ」