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『鯖の頭の塩出し』

2020年04月22日 16:44

66 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2020/04/22(水) 01:23:08.00 ID:we8d9f7r
細川三斎は中古(上古と当世の間。なかむかし)の茶の湯の者であった。茶菓子に、能登の鯖刺(鯖の
鱗と内臓を取り、背開きにして塩漬にし串に刺したもの)の頭を切って、折敷に椎の葉を敷き、それに
のせて箸を添えて出した。これを『鯖の頭の塩出し』といい、切り方に口伝が有った。

椎の葉を二つばかりに切って、それを添えて面々に出す。客はその葉で掬って喰う。無類の茶菓子である。
以前は、香の物を鉢に入れる事がなかったのだが、三斎の時代より香の物を鉢に入れて出すようになった。
彼の父である兵部大輔藤孝は丹波知行の時、三百石ばかりであったという。将軍義輝公に勤仕の時、今の
千石ばかりの身上であったそうだ。

渡邊幸庵對書
鯖の頭も茶菓子だったのか。



67 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2020/04/22(水) 02:54:58.22 ID:hkP8sVeK
頭じゃなくて塩鯖の中身の塩を掬って舐めるんだろ
やばいくらいしょっぱいと思うぞ

68 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2020/04/22(水) 07:19:06.37 ID:qR+rnLpT
>>67
謙信が能登を落とした理由はそれか!
茶ではなく酒のために

73 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2020/04/22(水) 12:27:28.01 ID:AeW9hv7m
茶請けに沢庵食ったりするし、そういう感じか
考えるだけでしょっぱくて唾液出てくるなぁ
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井目も武蔵が強い

2020年04月21日 17:32

52 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2020/04/20(月) 22:24:55.75 ID:+n0zh/da
私(渡辺幸庵)は柳生但馬守宗矩の弟子であり、免許印可も取った。
竹村武蔵という者があり。自己で剣術を練磨して名人と成った。彼は但馬守と比べると、
碁で言えば井目も武蔵が強い。彼は細川越中守忠興の客分として、四十人扶持を合力された。
その子を竹村与右衛門といって、これも武芸に達した。

武蔵について、武芸は申すに及ばず、詩歌、茶の湯、碁将棋など総じて諸芸に達していた。
ではあるが、第一の疵があり、洗足行水を嫌い、一生沐浴する事がなかった。
外に裸足で出て汚れても、これを拭くだけですませた。そのようであったので、衣服は汚れ、
それを隠すために、天鵞絨(ビロウド)両面の衣服を着た。
こういった事の為に、歴々の人たちは彼を疎んじて近づかなかった。

彼の子孫に久野覚兵衛といって、松平摂津守殿に奉公す、またもう一人は久野団七といって、
松平出羽守義昌に奉公した。この人物は隠れ無き馬数寄であり、身上は五百石であったが、
金五十両より下の馬を求めず、いつも高額の良き馬を揃えていた。

渡邊幸庵對書

いわゆる宮本武蔵についてのお話ですね



56 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2020/04/20(月) 22:55:42.70 ID:Mp0bJvmp
そういえば播州生まれでおそらく黒田家に仕えてたっぽい武蔵が細川家に客分になってるってなかなか凄いな
後藤又兵衛は確か黒田細川間の関係がこじれてる中、細川家との連絡の取りすぎで出奔する羽目になったと記憶してるけど

57 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2020/04/21(火) 07:39:04.39 ID:H87ejegQ
稲富さんもなんだかんだ許されてる(?)し武芸者は普通の士分とは別枠なのかもね

58 名前:あさだかなた[] 投稿日:2020/04/21(火) 09:25:54.06 ID:M92QWwh2
徳川家康は年貢を3公7民にして農民に対して
思いやりがあったらしい

59 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2020/04/21(火) 11:55:39.04 ID:fWjA91Hf
>>56
後年の知名度はともかくとして武蔵と又兵衛では身分や主君との関係でもかなり差があるのでは?

60 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2020/04/21(火) 13:17:59.71 ID:nn+0BpMQ
又兵衛は武功を地道に積み重ねて出世したけど武蔵には何もないからね

63 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2020/04/21(火) 16:56:53.34 ID:mmKzAu2o
>>59
まぁそうですよねー、城主の又兵衛とだと全然違うんでしょうね、いつ武蔵が黒田家から出たのかもわからないし
とはいえなんかいつの間にか小倉藩と関わり持ってたり、なんか偉くなってるっぽいんすよねー武蔵