275 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2021/06/23(水) 15:40:02.75 ID:WZDH2Cja
関東衆が神流川の戦いおいて、滝川一益に対しあのように粉骨を尽くしたのは、滝川の智より出たものである。
信長公御生害(本能寺の変)の事についての密書が到着した時、滝川の家老達は、「先ず隠密し給え」と、
その情報を隠すことを勧めた。これに対して一益は
「悪事千里を走る習いなのだから、隠せば却って顕れるだろう。信長公より私が関東管領に仰せ付け
られ、手柄次第に切り取るべしとの御朱印を頂戴した。士は義を立てる者であるのだから、弔い合戦の
ために上る私に対しては、加勢する事こそ本意であり、背く士は有るまじ。
しかし、もし隠して上ろうとすれば、滝川は主君から離れた東国を持ちこたえることが出来ず
逃げ上がるのだ、として、追いかけ討ち留めようと申し合いする事必定である。
顕して申し聞かせれば、義を守る士は、却って見届けるだろう。
それでも、もし敵対するのであれば、信長公の追腹と思えば本望である。」
と言うと関東衆を呼び集め、信長御生害の様子を申し聞かせ
「私を上らせ給うのも、上らせなくするのも、各々の心次第である。」
と申した事で、関東衆はこれに感じて、武州の一戦(神流川の戦い)にも、滝川の先陣をして
粉骨した。
滝川は神流川の戦いの後、倉賀野より箕輪城に入り一宿し、そこでの様子も良かったため、関東衆は
いよいよ心を変ぜず、それより松枝に移り、碓氷峠を越えて追分に出て、信州小室へ懸かり、
諏訪へ行き、中山道を経て、七月朔日、勢州長島の城に到着した。
この時、関東信州の、その通路の士大将衆は、何れも一益に人質を出して見届けた、という。
関東律儀の風にて、斯くの如し。
(管窺武鑑)
276 名前:人間七七四年[] 投稿日:2021/06/23(水) 19:22:40.67 ID:mKXoheLL
管窺武鑑(夏目軍八定房)
定房は永井美濃守の家臣。父・定吉は上杉家臣。
上杉関連の軍記物。最初に父・定吉が仕えた上杉謙信・景勝の事を記し「上杉記」とも称される。
次に夏目家と縁のある景勝家臣の藤田能登守信吉、定房が仕えた永井家について記し、夏目家についても記す。
277 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2021/06/23(水) 19:30:10.69 ID:mKXoheLL
上記は米沢市図書館の記述ですが
該当する永井尚政は信濃守です
関東衆が神流川の戦いおいて、滝川一益に対しあのように粉骨を尽くしたのは、滝川の智より出たものである。
信長公御生害(本能寺の変)の事についての密書が到着した時、滝川の家老達は、「先ず隠密し給え」と、
その情報を隠すことを勧めた。これに対して一益は
「悪事千里を走る習いなのだから、隠せば却って顕れるだろう。信長公より私が関東管領に仰せ付け
られ、手柄次第に切り取るべしとの御朱印を頂戴した。士は義を立てる者であるのだから、弔い合戦の
ために上る私に対しては、加勢する事こそ本意であり、背く士は有るまじ。
しかし、もし隠して上ろうとすれば、滝川は主君から離れた東国を持ちこたえることが出来ず
逃げ上がるのだ、として、追いかけ討ち留めようと申し合いする事必定である。
顕して申し聞かせれば、義を守る士は、却って見届けるだろう。
それでも、もし敵対するのであれば、信長公の追腹と思えば本望である。」
と言うと関東衆を呼び集め、信長御生害の様子を申し聞かせ
「私を上らせ給うのも、上らせなくするのも、各々の心次第である。」
と申した事で、関東衆はこれに感じて、武州の一戦(神流川の戦い)にも、滝川の先陣をして
粉骨した。
滝川は神流川の戦いの後、倉賀野より箕輪城に入り一宿し、そこでの様子も良かったため、関東衆は
いよいよ心を変ぜず、それより松枝に移り、碓氷峠を越えて追分に出て、信州小室へ懸かり、
諏訪へ行き、中山道を経て、七月朔日、勢州長島の城に到着した。
この時、関東信州の、その通路の士大将衆は、何れも一益に人質を出して見届けた、という。
関東律儀の風にて、斯くの如し。
(管窺武鑑)
276 名前:人間七七四年[] 投稿日:2021/06/23(水) 19:22:40.67 ID:mKXoheLL
管窺武鑑(夏目軍八定房)
定房は永井美濃守の家臣。父・定吉は上杉家臣。
上杉関連の軍記物。最初に父・定吉が仕えた上杉謙信・景勝の事を記し「上杉記」とも称される。
次に夏目家と縁のある景勝家臣の藤田能登守信吉、定房が仕えた永井家について記し、夏目家についても記す。
277 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2021/06/23(水) 19:30:10.69 ID:mKXoheLL
上記は米沢市図書館の記述ですが
該当する永井尚政は信濃守です
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