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瀬川嘉右衛門の「虫食い」

2010年11月11日 00:00

206 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/11/10(水) 09:12:24 ID:iF8657Ub

江戸時代初期。「知恵伊豆」こと松平信綱が治める武州川越(現・埼玉県川越市)
瀬川嘉右衛門という男が居た。
中々の武勇の持ち主で、川越藩では槍持ちを任されていたと言う。

しかしこの嘉右衛門、武勇以上に名を馳せている事があった。
それは「酒飲み」。

とにかく酒が大好きな男で、毎日浴びるように酒を飲んでいたという。
そんな生活をしていたら勿論、金は貯まらない。
少ない貯えを全て酒に注ぎ込み、酒の肴を買う金すらなかったのだが、嘉右衛門は
悪食としても知られ、肉だろうが魚だろうが、酒と一緒なら何でも頓着せずに食し
ていた。
そして挙句の果てに、手持ちの無い彼が食すようになったのが『虫』。

蝗の佃煮とか、蜂の子だとか、そう言った食用の虫ではない。
とにかく眼についた生物は全て口の中に放り込み、酒で流し込んでしまったらしい。

槍持ちに任じられた侍の事を「槍持ち奴」と言った事から、嘉右衛門は「虫食い奴」
(むしくいやっこ)と綽名されたという。

そんな嘉右衛門は、普段から人と変わった事をするのを好み、「傾き者」として知
られていた。
「虫食い」もあるいは人と違う事をやって見せようというパフォーマンスの一つだ
ったのかも知れない。

嘉右衛門のパフォーマンスは、遂には自らの死後の事にまで及ぶ。
自分の墓石を自ら作成し、「オレが死んだ後はこれを墓石にしてくれ!」と寺に収
めたのだ。
しかもこの墓石、普通の墓石ではない。
嘉右衛門自身の姿を写し彫った肖像の墓石だったのである。

彼の墓に参る人々は、嘉右衛門自身の姿に手を合わせ、墓前に酒を供える。ちょっ
と気の利いた人なら、そこらを這っている蟻でもつまんで酒の中に落としてあげた
かもしれない。

現在、川越の法善寺には嘉右衛門が作った墓は無く、後に作り直した二代目の肖像
墓が鎮座している。
羽織袴姿で酒樽に腰をかけ、酒杯を手にする彼の『墓』。
本人の死後、数百年にも渡り、大好きだった酒盃を傾ける自分の分身があるという
のは彼にとって、最高の幸せだったのかもしれない。




まさか、仙台のじいちゃんと鼠汁で勝負したの、コイツじゃなかろうな?www
(>>http://iiwarui.blog90.fc2.com/blog-entry-580.html)


207 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/11/10(水) 09:15:50 ID:FznAY+r8
虫か・・・この時代には有効なタンパク源だったのかもな。
アル中は怖いよ・・・

209 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/11/10(水) 12:23:29 ID:mXnv+oOj
もし嘉右衛門が戦国期の人で馬場美濃守と信玄がその話を知っていたら
芋虫握りつぶしの逸話が芋虫食いに変わっていたかも知れないな
いや惜しかった

210 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/11/10(水) 20:18:30 ID:FznAY+r8
>>209
いや、あの話は信玄は芋虫つかんだだけで潰してはいない。
素手で潰したら青くなるどころじゃ済まないとおもうよw
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