712 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2021/05/13(木) 16:20:17.66 ID:HSTG9AXZ
生駒左近(光政様ノ家士也)はかつて、織田常真(信雄)に小々姓として仕えていた時、
信雄は何かの用があって左近に、「ここより内に人を入れてはならない。」と申し付けた。
そこで左近がその口で番をしていると、信雄家中で出頭の者がそこを通ろうとしたため、
先に信雄より申し付けられた事を申して止めたが、それを聞かず通ろうとしたため、
左近は彼を斬り殺した。その後、若輩では有るが理に当たるとして、褒美が与えられた。
彼は人体静かにして、公儀つき(上の覚え)も良く、それ故か武州様(池田利隆)より、
光政様の御守として付けられた。しかも、少し私曲があり、その故か、その頃生駒家が断絶
しそうになっており、当主の死も間近であるということで、左近がそれを相続するよう
仰せになられた。庚申(1680年)十一月十九日、備前西の丸御内所にて御物語された。
「烈公間話」
生駒左近(光政様ノ家士也)はかつて、織田常真(信雄)に小々姓として仕えていた時、
信雄は何かの用があって左近に、「ここより内に人を入れてはならない。」と申し付けた。
そこで左近がその口で番をしていると、信雄家中で出頭の者がそこを通ろうとしたため、
先に信雄より申し付けられた事を申して止めたが、それを聞かず通ろうとしたため、
左近は彼を斬り殺した。その後、若輩では有るが理に当たるとして、褒美が与えられた。
彼は人体静かにして、公儀つき(上の覚え)も良く、それ故か武州様(池田利隆)より、
光政様の御守として付けられた。しかも、少し私曲があり、その故か、その頃生駒家が断絶
しそうになっており、当主の死も間近であるということで、左近がそれを相続するよう
仰せになられた。庚申(1680年)十一月十九日、備前西の丸御内所にて御物語された。
「烈公間話」
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