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順慶の小姓

2018年10月20日 11:51

377 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2018/10/20(土) 09:11:19.83 ID:k5oh/zxF
明智光秀が織田信長を弑した時、筒井順慶は光秀と親しかったため、彼は必ず光秀に与すると
人々は考えていた。

池田紀伊守(恒興)は家臣の日置猪右衛門、土倉四郎兵衛、丹羽山城の三人を使いとして順慶のもとに
派遣させることにした。三人はこれを承って「順慶がもし明智に与するようであれば、我々が刺殺します。」
と申し上げた。紀伊守は
「いやいや、汝らが死ねば私は片手を折られたのと同じだ。」
と、これを制したが、三人は

「順慶と戦した場合、どれほどの手負い討死が出るでしょうか?この三人を以て、多くの味方と
変えるのです。順慶を打ち取れば、光秀も必ず敗北します。」

そう申して順慶の元へと向かった。

筒井順慶は彼等に対面すると
「どうして光秀の不義に与しようか!すぐに信長公の弔い合戦をしよう!」と言った。
それを語る内容は偽りとも思えなかったため、三人は喜んで帰っていったが、その道すがら、
丹羽山城が語った

「今日、順慶が否と言えば刺し殺そうと考え座中をきっと見回した所、彼の傍らにあった
16,7歳ほどの男、順慶の刀を持って居たが、その面魂は只者ではなかった。
私が順慶に飛びかかれば、即座にこの頭を二つに切り割られそうだった。」

これを聞くと日置も土倉も「そうであったか、我らもそう思っていた。」と頷いた。

その刀持ちの小姓は牧野兵太といって、武者修行をして世に聞こえた剛の者であったという。

(常山紀談)


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