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晴元は、浅謀である

2018年03月29日 16:46

633 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2018/03/29(木) 14:47:11.06 ID:578kb+n9
大物崩れによる細川高国滅亡により、京兆家の家督は細川晴元に一統し、もはや混乱はないと
諸人喜びの思いでいたが、天魔の所業であろうか、晴元の出頭衆である可竹斎(三好宗三)、
三好神五郎、木澤左京亮(長政)と、三好筑前守元長との間が不快となり、出頭衆は
晴元に元長のことを様々に讒言したが、細川讃岐守殿(持隆)は、三好を無二の忠臣であると
考えており、晴元へ色々と仰せわけられ、御勘気を許されていた。

このような中、木沢長政は晴元に属し、旧主である畠山総州(義堯)に背き、事々に
無礼の事多かったため、畠山義堯は無念に思い、木澤の居城である飯盛を攻めた。
これに三好元長も、三好遠江守を派遣し合力した。

木澤は追い詰められ、腹を切ろうとしたが、晴元に注進が届き、晴元は三好宗三などと評定して、
この年の八月二十日、飯盛山救援のために軍勢を摂津国中島三宝寺まで進めた。
そして即座に畠山衆を攻め、畠山勢は攻め破られ散々となり、三好遠江守の軍勢も百人ばかり
討たれた。

しかし、この畠山義堯細川晴元の姉聟であり、三好は数代忠功の旧臣なのだ。
このような人々から、新参の出頭人である木澤に思い替えた晴元の心のほどは、浅謀であると
言えるだろう。

(足利季世記)


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