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謙信公の御在世が、長久有るまじきように

2020年02月23日 15:12

865 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2020/02/23(日) 13:39:09.80 ID:sdz3uCRa
ある時、河田豊前守(長親)の所に、北條丹後守(高広)、同伊豆守、直江山城守(大和守景綱の間違い)、
甘糟近江、長尾小四郎、本庄清七、以下数人料理の参会があった。饗膳事終わり茶話の時、直江がこのように
申した

「各々も定めて同志でありましょうが、今日、日本国に於いて大身小身、名将劣将、これ数多あり、
その内選んで主人に仕るという時には、東国の太田三楽と、我が君たる謙信公に如くは無しと、他家よりも
そのように沙汰されるそうだ。惜しきかな太田三楽は、翻胃という悪病に罹り、今日明日を知れぬと
承っており、あなた方も、は非常に無念に存じられ、痛ましいことだと思われるでしょうが、これについて
私はこの頃、寝食も快からぬほど、思っていることがあります。それが何かと言えば、謙信公の御在世が、
長久有るまじきように了見しているからです。

勿論私は凡夫でありますから、どうして未来を知ることが出来ようかと思っていますが、近頃不祥に見える
ものが一方成りません。一つには、謙信公は去年より御病気にも成られていないのに、日を追って体のお肉が
落ちてきています。二つには、御自身が、御自世を短く思し召されています。三つには、我が君である
謙信公が持たれている善悪を鑑みるに、勇鋭であり、無欲であり、聡明であり、正直であり、義理が有り、
慈悲が有り、智恵が有り、明敏であり、小国である日本は言うに及ばず、おおよそ大唐天竺までこのような
大将はおられません。
その悪を申す時は只一つ、お怒りが常々強く、不仁を憎み給う事が甚だしい、という事計りです。これについて
各々も私も、御前において聊か申しました。ところがこの一両年、お怒りに成るということが殆ど無く、不祥の
者であっても猶以て御恵を加えられます。そのようであれば、誠にいわゆる円満徳の名将とも、この人を
申さずしては古往今来誰を申すべきでしょうか。

しかし承り及んでいる所では、天地造化の理は、完全というものを与えず、完全に成ろうと欲する時は、
天必ずこれを欠くという、聖人の言葉があるそうですが、恐れても余りあるのはこの一言です。

甲斐の信玄が末期の時、このように言われました。「信長家康には果報が有る。彼らが必ず天下の主と
成るためには、法性院(信玄)が先に死んで、謙信も死ぬ必要がある。この二人のうち、もし一人残って、
あと五年生存すれば、信長家康は滅びるだろう。しかし謙信も五年以内に必ず死ぬだろう。」
この事も思い合わし、心に掛かっております。

各々の存念、もしこの意見と違い、そうではないという道理が有るという事ならば、その一言を頂いて
私の所存を晴らしたいのです。」

こう語った所、甘糟近江、河田豊前、長尾小四郎は同音に申したことには
「これは如何なる凶事であろうか、我々も大和守の御所存と相違わず、かねてより考えていたところで、
参会するたびに三人で世を危ぶんでおりました。しかし大和守殿も同じご了見であるとは。これについて、
丹州、豆州はいかに思し召すか?」

こう問われ、北條丹後、同伊豆、本庄清七、以下四、五人の諸将は一言の反論にも及ばず、ただ今にも
そのように成るかのように、愁傷されたことこそ不思議である。

松隣夜話

「謙信公、最近怒らなく成ったからもう長くないんじゃないか。」というのもある意味生々しいと言うか。



866 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2020/02/23(日) 13:56:57.46 ID:n44l1s/h
太田資正の評価がものすごく高いのね

867 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2020/02/28(金) 12:52:49.78 ID:W47loJzA
直江山城の言なら圧があるが大和だしな
山城持ち上げたいばかりにエピソード創作したんだろう
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日本国に大いなるうつけたる者三人あり

2018年10月04日 21:35

263 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2018/10/04(木) 09:12:34.05 ID:mCJF7Uvf
上杉家の侍が織田家の城下に来た。これは直江方(景綱か)より、織田方へ謀の使いとして
派遣された者であった。しかしこの使者は柴田勝家によって捕らえられ、拷問にかけられた。

しかし使者は拷問の中、高らかに笑った。目付けの者これを見て「何故笑うのか」と問うた。

「日本国に大いなるうつけたる者三人あり、よってこれを笑うのだ。」

「うつけたる者とは誰だ。」

「うつけた知音(友人)を知らずして、このような大事を申し通ずるうつけが一人、
またそんな事も辨えず、使いに頼まれたうつけ者が一人、
また味方になるものを敵にするうつけ者一人。
この三人の大馬鹿者が寄り合い、その中で私一人が目壺に入ったのは、おおいなる仕合せと存じ、
これを笑うのだ。」

勝家はこの報告を受けると信長に申し上げた上で、この使いの者を免し様々に馳走し、褒美を取らせ
彼を援助した。

(名将言行録)

上杉からの使者が怪しいので拷問にかけてみたが、「友好国の使者にこういうことするの?上杉を敵に
回す気!?」という内容を言われて待遇を変えた、という所でしょうか。