FC2ブログ

富士には似ぬぞ松坂の

2018年06月11日 19:16

993 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2018/06/11(月) 18:36:07.89 ID:3S+RqTvu
種村大蔵入道慮斎は元は織田信長に仕えた御咄の衆で、信長死後は蒲生氏郷に、
同じく御咄の衆として仕えた。

さて、氏郷が豊臣秀吉より伊勢松坂を拝領すると、蒲生家中の面々は屋敷を取り立て、
美々しく家を建てた。
この慮斎も屋敷を造り、その庭には富士山を築いたと評判であった。
そこで氏郷もある時、「そういう事ならば御辺の庭を見たい」と、わざわざ彼の屋敷へと
参った。

所が、慮斎の築いた山を見ると、頂上が丸い。
氏郷は去る年、織田信長による武田征伐の時東国へ赴き、富士山を見たことがあったので
思わず笑いだした

「これはどういう事だ、こんな富士山は聞いたこともない!」

そして興に乗り、硯と紙を持ってこさせ、短冊に一首を詠んでこの築山に立てて帰った。
その短冊には

『富士見ぬか 富士には似ぬぞ松坂の 慮斎が庭の擂粉木ヶ嶽』

(氏鄕記)



994 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2018/06/11(月) 19:55:02.89 ID:6u0nRO91
すりこぎヶ岳って、どんだけ丸かったんだ。ハワイの火山みたいなものか。
スポンサーサイト



松坂のすりこぎが嶽

2010年11月14日 00:00

579 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/11/13(土) 20:32:07 ID:sflfPDKq
天正16年(1588)、伊勢松ヶ島城主、蒲生氏郷は、その居城を飯高郡矢川庄
四五百森(よいほのもり)に移すことを決定。四五百森は名を改め『松坂』とした。
こうして松坂の新城下が形成されつつあった頃のこと。

氏郷の御伽衆に、種村大蔵入道慮斎という者がいた。
彼は元々、織田信長の御伽衆であったという。

そんな慮斎も氏郷より松坂に屋敷地をいただき、そこに美々しい屋敷を建てた。
特にその庭は造形に念を入れ、中に富士山を模した山を筑山した。

ある時氏郷、慮斎が庭に富士山を作ったという話を聴き

「ぜひ御辺の庭を見たい」

と、彼の屋敷を訪ね庭の山を見てみると、なんとその山は、頂上の丸いものであった。
氏郷はかつて織田信長の甲州攻めに参加した際富士山を見ており、その頂上が平らであることを
知っている。

「これは如何に。こんな富士山は聞いたこともない!」

氏郷は大いに笑い、硯と紙を持ってこさせ短冊に一首詠み、それをこの山に立てて帰った。
その短冊に曰く

『富士見ぬか 富士には似ぬぞ松坂の 慮斎の庭のすりこぎが嶽』


松坂のすりこぎが嶽、と言うおはなし。