小川関書の狼藉

2015年09月23日 14:07

36 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2015/09/22(火) 22:31:50.96 ID:ReESZ9ER
豊臣秀吉の時代のこと。

徳川家康の旗本である筧助兵衛という禄五百石の者、2年の間京に御使として駐在していたが、
その勤めも終わり帰路でのこと、筧の旅宿に、秀吉の直参である小川関書という者が押しかけてきた

筧が「何事であるか、狼藉なり!」と抗議すると

「筧の槍持ちは先年、我が家において罪を犯し欠け落ちした者であるが、今この宿において見つけた故
捕えるのだ!速やかに彼を差し出すように!」
そう罵って今にも乱入する気配であった。しかし筧

「おおよそ天下には御定法があり、あえて違うべきではない。また武士は礼を以って立つものである。
一応の届もなく、みだりに追い込んでくるのは礼ではない!
私は今、京都に使いして帰る途中である。そこで鑓がなければ奪い取られたと言われるだろう。
願わくば静まれよ。命を伝えて後に、相違なく槍持ちを送り届ける。」

そう言って、さらにその旨を文書に書いて証拠として残すとまで言ったが、それでも小川は
全く承知せず、「遅く出すくらいなら討ち果たせ!」とまで言ってきた

「さてさて何と理不尽なことか。そういう事であるなら、私も絶対に出さない!」
筧も怒り、双方既に戦いに及ぼうという時、ここを井伊直政が通りかかり、この騒ぎを聞いて、
ともかく筧を説得しかの槍持ちを出させようとした。

しかし、筧から仔細を聞くと、直政も共に激怒
「無法千万の者共なり!この上は、もし手を出す者があれば一人も残らず斬り殺すべし!」
そういうと即座に、従者5,600人を武装させ集合させた。
その勢いに驚き、小川は引き退いたという。

(明良洪範)




スポンサーサイト