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松野亀右衛門の謀

2013年03月09日 19:52

862 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/03/09(土) 14:35:15.63 ID:slsb1I88
松野亀右衛門は細川家の侍大将にて、鉄砲の名手であった。
かつて熊本の自宅において、一匁筒を磨いていた時、庭の南天の実をヒヨドリが啄みに来た。
亀右衛門は鉄砲に弾薬をつめ、標的を見ずに火箸で火を着火させたが、事もなく撃ちぬいたという。

さて、島原の乱の前のことである。
細川家の家臣に南條大膳という者があったが、恨むことがあって細川家を傾けんと策謀し、
幕府に対し、細川家中に切支丹があると訴えでた。

幕府はこの南條を江戸に召喚することを命ずる。これに細川家は驚きどう対処すればよいか
途方に暮れたが、ここで松野が「私にお任せください」と、これを引き受けた。

さて、南條を江戸に船で護送するのであるが、松野は南條が囚人の扱いであるので、船内に
厚い板で詰め牢を作り、医師一人にだけ密謀を言い含め熊本より出立したが、天気を待つといって
所々で船を止め、日を経るうちに、健康のためと言って人参を入れた薬を南條をに与えた。
さらに朝夕の食事も、人参湯で飲食をさせた。

南條は長期間牢に閉じ込められ気が鬱していた上に、人参数百斤を飲まされたため、終に心狂乱した。

松野は江戸に至ると彼を召しつれ幕府に対し、「南條は数年来狂気の者である」と説明した。
切支丹の訴えの件を問われても、「ただの狂言に過ぎません」と答えた・
何より訴えた本人が狂乱の体であるので幕府も致し方なく、「では熊本に帰せ」と、南條の身柄も
松野に返した。

この謀を知っていたのは、人参を調薬した医師一人のみであったと言う。
(軍人頓智叢談)




863 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/03/09(土) 14:46:53.06 ID:19OH1Eir
人参こええええ

864 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/03/09(土) 15:13:25.68 ID:qwxpDY3F
人参責めとか

865 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/03/09(土) 15:17:16.77 ID:67BDpLzD
人参いらないよと言い出すな・・・しかし37人目にならなかったのか

866 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/03/09(土) 15:31:23.02 ID:KZx70caN
>865
医者

867 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/03/09(土) 18:18:34.74 ID:67BDpLzD
数百斤の人参か・・・いくらすんだろうなw


親子の間でもこういう状態

2012年09月04日 20:50

299 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/09/04(火) 11:56:07.37 ID:r640aWM8
戦国から江戸時代にかけて土地以上に重要だったのが、
「労働力」である百姓の確保。
失う物のない小作農たちは条件の悪い大名を見捨て、
もっと条件のよい大名の下へ逃げて、そこの領民になってしまうためだ。
このため各大名は、
「新規に領民になったものは農具支給!」
「うちは初期の年貢を免除!」
「うちのご新規さんは当座の生活費に米を支給!」
などと百姓の確保・流出阻止はかなり気を使っていた。

細川家がまだ豊前小倉藩であったころ、細川忠興が隠居して、三男の忠利が藩主となった。
忠興は豊前小倉藩39万9000石の中の37000石を自分の領地として隠居。
この時、忠利の領地から忠興の領地に百姓たちが逃亡。
忠利「逃げた百姓、うちに返して!」
忠興「だが断る!」
という手紙が残っている。
親子(つか藩主と前藩主)の間でもこういう状態だったらしい・・・・・・

元ネタは「逃げる百姓、追う大名」(宮崎克則 著)




300 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/09/04(火) 11:58:44.10 ID:oZWWxE70
携帯会社か

301 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/09/04(火) 12:49:55.87 ID:A3ER51lW
>>299 の元ネタの本は、逃亡百姓をめぐる黒田と細川の確執がおもしろかったよ。
図書館で借りたので今は手元にないが。

302 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/09/04(火) 13:54:06.36 ID:8m5v88rh
黒田と細川は中悪かったっけ?

303 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/09/04(火) 14:20:02.05 ID:bpJGoU6p
細川と黒田って言うか三斎様と長政が

304 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/09/04(火) 14:38:20.26 ID:hYJ1yZhx
長政の年貢持ち去り事件で細川と険悪になっただろ

305 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/09/04(火) 17:48:31.17 ID:7HBV1JOD
>>299
北朝鮮の脱北と一緒で逃げて捕まると打ち首だしリスクでかいな

306 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/09/04(火) 18:18:22.22 ID:hrR9vWZW
>>305
むしろ帰ってもらうために徳政令出すレベルだけど

307 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/09/04(火) 18:35:58.86 ID:jMYJjAos
長政は>304の年貢持ち去り事件の時、優秀な農民とかも一緒に連れてったらしい
そりゃ普段は温厚な三斎様もブチギレますよねー

308 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/09/04(火) 18:44:52.22 ID:66aEW1aU
>>305
仕舞いにゃ「怒らないから帰っといで」て高札掲げたり…

309 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/09/04(火) 18:47:12.02 ID:WZc8jDCA
で、磔にしちゃうのがtdms

310 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/09/04(火) 18:53:52.95 ID:nnPv7FPR
戦国時代の東国とか露骨だよな。
領主に不満があると村全体で「逃散」して国境地帯まで行って、自分たちに優位な条件を出す大名の方に行って
耕作するというw

315 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/09/05(水) 01:03:21.65 ID:c7W3Hz70
一揆するよりり離散のほうが多いって話だな。
城の近くでひもじい!ひもじい!と合唱した加賀の領民って話もあるがw

316 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/09/05(水) 07:05:10.71 ID:FzqNIhT8
ほら加賀はアレだ、他領から移って来たら犬のお父さんグッズとか貰えるんだろう

317 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/09/05(水) 13:08:12.68 ID:pd5+Bpcm
>>315
というか逃散自体が一揆の主要な形態のひとつだな。
領主からこれだけの譲歩を引き出すと決めて、あとは我慢比べ

忠利が茶の湯も上達せり

2012年06月15日 21:00

872 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/06/15(金) 19:39:14.97 ID:R4Uakz8/
細川忠興が酷過ぎる手段で買い戻した有明の茶入れだが、忠興隠居後は忠利に譲られた。
ある年領土の大飢饉で藩政の危機が迫った際忠利は決断した。

「あの茶入れを手放して飢饉対策の資金を作ろう」

かくて有明の茶入は黄金千八百枚で酒井忠勝の手に渡った。
あれほど執着した茶入にも関わらずそのことを知らされたご隠居の三斎忠興は惜しむ様子を全く見せず
忠利が茶の湯も上達せり、と一笑したのみであったという。





873 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/06/15(金) 19:49:59.92 ID:77eXqtm+
道具に拘ってる間は本物じゃないって気付いたんだな

874 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/06/15(金) 19:55:14.65 ID:umQyH1ka
100両→黄金1800枚は得してるのかな

875 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/06/15(金) 20:53:22.24 ID:vd04bz8n
法然「教義、戒律に拘ってる間は本物じゃない」

876 名前:人間七七四年[] 投稿日:2012/06/15(金) 20:55:17.17 ID:ABQG98mO
忠興「今度は、どんな手で取り返そうか」

877 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/06/15(金) 21:22:24.42 ID:lTDbOiqW
政宗「俺に任してくれれば宗匠仕込みの解決法でなんとかしてやるぜ!」

878 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/06/15(金) 21:24:49.85 ID:VYYIVd79
隆景「これだからDQNとの茶の湯は嫌なんだよ。」

879 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/06/15(金) 21:25:51.21 ID:K4wWHKRj
忠興「文化財クラッシャー政宗なら、絶対叩き割るな」

880 名前:人間七七四年[] 投稿日:2012/06/15(金) 21:36:01.07 ID:ABQG98mO
中馬「大事な文化財を壊すとはけしからん!!」

881 名前:人間七七四年[] 投稿日:2012/06/15(金) 21:41:54.74 ID:ABQG98mO
割るなよ。絶対に割るなよ。

882 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/06/15(金) 21:43:25.97 ID:lTDbOiqW
馬場信春「まったく重大な損失だ」

883 名前:人間七七四年[] 投稿日:2012/06/15(金) 21:58:14.04 ID:ABQG98mO
爆弾正「茶の湯の道具を壊すとはけしからん!」

884 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/06/15(金) 22:20:17.46 ID:InXLPFz0
織部「継げ、継げ、継ゲヒヒヒ」

887 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/06/15(金) 23:19:49.90 ID:jkSOzJsf
本当の名器は自分の為に使うのではなく家の為に使うもの、っていう事?

888 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/06/16(土) 00:00:16.20 ID:ArvzwL98
>>872
>あれほど執着した茶入にも関わらずそのことを知らされたご隠居の三斎忠興は惜しむ様子を全く見せず
>忠利が茶の湯も上達せり、と一笑したのみであったという。

忠興(早めにすり替えておいて助かったぜ!(笑))

889 名前:人間七七四年[] 投稿日:2012/06/16(土) 00:07:51.15 ID:kI71WzQf
忠宗「うちにも、いろいろ高価な物があるはずだから売ろう!」

890 名前:人間七七四年[] 投稿日:2012/06/16(土) 01:53:34.33 ID:zZJ2CBf4
>>887
侘び数寄は価値などには拘らずに自然体が一番

891 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/06/16(土) 02:10:29.86 ID:KFV2WIV2
無理したり見栄をはらなければ使い方は自由自在

892 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/06/16(土) 02:22:54.14 ID:edAxyqWQ
本当の名刀は自分の為に使うのではなく家臣に対して使うもの

893 名前:人間七七四年[] 投稿日:2012/06/16(土) 03:04:04.65 ID:kI71WzQf
忠興「その通り!」

894 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/06/16(土) 06:14:23.78 ID:Ms4UScA0
いや家臣に対して与えるもの

895 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/06/16(土) 06:58:21.78 ID:edAxyqWQ
正則「え、酒呑み競べて勝った方じゃなかったの?」

例によって、あの人からあの人にお手紙ついた

2011年09月19日 22:09

18 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/09/19(月) 12:52:52.23 ID:gu90hm1/
例によって、あの人からあの人にお手紙ついた

「この間もらったお茶、セキが出て体調悪かったもんで手を付けられなかったけど、昨夜飲んでみました。
他のお茶より色あいが一段と良く、味もこれほど違うものかと驚きました。茶入はお返しします。

先日、淀川を舟で上った時、ウチの馬丁二人が人前でケンカおっ始めたんで、二人とも監禁して置いたけど
試し斬りしたい新刀も無いので、もし試したい刀があったら言って下さい。コイツら、そっちに送ります。

(我々馬取共、喧嘩を仕候。両人ながらとらへ置候へ共、此方ニためし可申刀一ツも無之候。
若ためされ度刀候ハバ、両人ともニそれへひかせ進之候)

六月二十六日 越中殿(忠利)へ 三斎 」


敬老の日に、七十歳にして殺る気マンマンな三斎様を。お父さんの手紙には大抵返信してる忠利さんが
この件だけスルーしてるのが気になる。まあ、一応同じ時期に

三歳「あれ~?そっちに書き損じの手紙、送ってない?もし届いてたら、この手紙と差換えといて。」
忠利「いえ、来てませんよ父上…」

てな、年齢相応のやり取りもしてますが。




23 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/09/19(月) 19:51:31.95 ID:Qlu3/Ul5
>>18
そんな巻き藁感覚で馬丁送りますっつーてもなあ…
かの庭師の例もあるし、下っ端にとっちゃかなりのブラック職場なんじゃね細川家?

24 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/09/19(月) 19:55:31.98 ID:d3E8wXoX
関ヶ原を30~40代に経験した世代は、多かれ少なかれそういうもんじゃないかな
子供世代や後世の人間がドン引きするようなことが日常の一風景になっている

25 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/09/19(月) 20:03:08.26 ID:ds6CTBIr
関ヶ原どころか元禄あたりまでそんな感じ。
で、綱吉がものすごい勢いで「命は大切」って啓蒙して、当時の一般庶民から非常にうざがられたw

26 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/09/19(月) 20:05:14.98 ID:sS7P7p0a
命を粗末にする奴は死刑だっ!

27 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/09/19(月) 20:12:19.47 ID:u2b41KZT
>>25
この前BSで綱吉特集しててさ
ちょっと神経質すぎるけど、真面目な人だったんだなあとしみじみしたよ
そろそろ教科書にも、生類憐れみの令の本当の理由を書くべきだ

28 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/09/19(月) 20:34:56.70 ID:rkXyz5RE
戦国の遺風が完全に息の根を止められるのが綱吉の時代だからなあ。

29 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/09/19(月) 21:08:09.90 ID:+2EZZdMB
そういや生類憐れみの令以前は江戸には犬一匹いなかったんだってな、住人が食い尽くしたんで

三楽斎様が草葉の影で泣いてますよ……

31 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/09/20(火) 17:12:16.88 ID:/o4M+j+a
>>27
正直、綱吉は今リバウンドの最中だと思うから、評価が定まるのはもうちょっと後だと思うな

細川さんち(?)の島原の話

2010年10月10日 00:00

587 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/10/09(土) 11:45:55 ID:aUfRAxAj
では、細川さんち(?)の島原の話

島原の乱において、細川家では多くの忍びの者を雇った。家老・長岡佐渡守(松井興長)も多くの忍びを放ったが、
彼らの報告は、いつも判を押したように『異状はない』『今、城攻めをするのは厳しい』というものだった。

「おかしい。まさか忍びどもめ、城方と通じているのではあるまいな?」
疑問を抱いたのは佐渡守の養子・寄之だった。納得の行かない寄之はある夜、家臣の上原兵助を監視役として
忍びとともに調査に出した。

兵助は慎重に、物音を立てぬように夜の闇を進んで行き、ついに原城の城壁に取り付き、入り口など調べることに
成功したが、ここまで来て異変に気づいた。(おかしい。いくらなんでも静かすぎる。一緒に来た忍びはどうした・・・?)
不安を胸に城の外へ出た兵助は、そこで信じられないものを見た。


忍びたちが、はるか後方の竹束の陰に隠れ、ブルブル震えているではないか。


つまり、忍びたちは城方の攻撃を恐れるあまり、ロクに仕事もせず、嘘の報告をしていたのだ。日頃温厚な細川忠利も
寄之のこの報告を受けて激怒し、雇っていた忍び二十数人全員を解雇したという、忍者の黄昏の話。




588 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/10/09(土) 11:49:23 ID:l8rQdvsk
忍者仕事しろ。
島原まで行くと将・兵・忍者に至るまでほんとgdgdだな…。

589 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/10/09(土) 11:53:53 ID:iveouAtU
三斎さんだったら間違いなく首が飛ぶレベル。
しかもその場合三斎さん間違ってないw

590 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/10/09(土) 12:02:40 ID:UMsIq0T/
戦争を知らない忍者たち

591 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/10/09(土) 12:05:41 ID:WN/iFx9o
>>587
この寄之って人も、三歳様の息子なのね

592 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/10/09(土) 12:24:25 ID:G6qfC0No
汚いなさすが忍者きたないw

593 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/10/09(土) 13:19:18 ID:IArNCTsd
大阪のときでさえ家康がどうのこうの言ってるから、島原の乱だとこうなるのは何をかいわんやだなあ

>>590
不覚にも吹いたw

594 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/10/09(土) 14:38:39 ID:5QudvDPt
忍者「戦国時代もこの方法で乗り切った、って爺さんが言ってたのに…」

595 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/10/09(土) 14:58:10 ID:JLfoVSFn
よくクビで済んだな

596 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/10/09(土) 15:34:07 ID:6orKrSQJ
忍を敵にまわすと面倒くさいからジャマイカ?

597 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/10/09(土) 15:35:47 ID:GLJdjA/o
|:::::::::::::::::::::::::::::::   城壁に貼付くと撃たれちゃうんだ
|" ̄ ゙゙̄`∩::::::::::::::::
|,ノ  ヽ, ヽ:::::::::::::::::::::::::
|●   ● i'゙ ゙゙゙̄`''、::::::::::::::::  怖いね、兄ィ・・・・・
| (_●_)  ミノ  ヽ ヾつ::::::::::
| ヽノ  ノ●   ● i::::::::::
{ヽ,__   )´(_●_) `,ミ:::::::
| ヽ   /  ヽノ  ,ノ::::::


598 名前:人間七七四年[] 投稿日:2010/10/09(土) 15:41:05 ID:JLfoVSFn
>>597
不覚にも茶吹いた

599 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/10/09(土) 15:51:55 ID:B3OYBG7i
影の軍団も形無しだね

600 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/10/09(土) 15:52:19 ID:31Ui+mxB
雇ったという事はこの忍者はただの傭兵っつうか、現代で言う派遣の外部社員みたいなもんだから、
派遣先の大名に裁量権がないだけでしょ。

徳川の伊賀者みたいに下級武士として仕官させてたなら別なんだろうけど。

609 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/10/09(土) 18:28:16 ID:C1TRReGE
>>587
ぷるぷる。ぼくわるいニンジャじゃないよう。

610 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/10/09(土) 18:28:30 ID:4FX15j2n
島原の乱って大阪の役から20年ぐらい?
それぐらいで此処まで劣化するのか忍者。
これは、忍者って聞いただけでワクテカする外人さんになんか申し訳ないな。

613 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/10/09(土) 19:55:26 ID:W9DhX0Pb
つか忍者ってたいていどこの大名家でも雇うからそのツテで情報回してもらってたという話も
城が落ちそうな時は攻め手の忍者に逃げ道教わるバーター

原城には知り合いがいないから情報集められなかったとかとか?

細川忠興「何だこの焼き鮎は!」

2010年09月28日 00:00

322 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/09/27(月) 21:10:21 ID:+J+LgG29
三斎さんといえば息子の細川忠利に宛てた書状に

「何だこの間の焼き鮎は!鮎はカリッと香ばしく焼けと言っただろう!」

ってのがあって、海原雄山かお前は!と思ったなあw




323 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/09/27(月) 21:15:12 ID:72ZG448q
やる夫家康でも
幽斎のAAが海原雄山で、三斎が山岡だったよねw
あれはすごく嵌ってたw

細川忠利と『南蛮起請』

2010年09月09日 00:01

837 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/09/07(火) 23:33:06 ID:sYHBuVTN
細川忠興の三男で、忠興の後を継いだ細川忠利。
このスレの人たちには、伊達政宗の江戸での行状などを赤裸々に記録した『細川忠興・忠利往復書簡』などで
その名を知られているだろう。

ところでこの忠利、キリシタンである細川ガラシアを母としているにもかかわらず、いや、むしろ
母としているためと言うべきか、大のキリシタン嫌いであった。

彼は自分の領内のみらなず、幕府にも積極的に対キリシタン対策の必要を訴えていた。
そして寛永12年(1653)、忠利は幕府老中に

「日本国きりしたん改一同につかまつるべし(日本国中のキリシタンの改宗を、一斉に行ないましょう)」

との提言をした。この忠利の提言により『南蛮起請』という、非常にえぐい政策が生まれる。

さて、南蛮起請とは何か。
これはキリシタンからの改宗を宣言し、二度とキリシタンに立ち返ることはないと約束する起請文である。

が、この南蛮起請のえぐさは、ここから先である。この起請文を破ると罰がある。
その罰がどんなものか、原文から見てみよう


『上には天公・デウス・サンタマリアをはじめたてまつり、諸々のアンジョ(エンジェル・天使)の御罰を蒙り、
死にてはインフェルノ(地獄)と言う獄所において諸天狗の手に渡り、永々五衰三熱の苦しみを請け、
重ねてまた現世にては、おっつけラザル(らい病者)になり、人に白らい黒らいと呼ばれるべきもの也。
よって恐ろしきシュラメント(誓詞)、件の如し。』

そう、キリシタンに立ち返れば、キリシタンの神の罰を受ける、と言う内容を、キリシタンの言葉で記した
恐るべき誓約書であったのだ。
これは当時「きりしたんのいやがり候文言の書き物」と表現された。


細川忠利の提言によって生まれた「南蛮起請」についてのお話。




844 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/09/08(水) 11:04:32 ID:c+/CnA4y
忠利は、ガラシャの子供じゃなくて、
ガラシャが細川家に嫁いできたときに一緒にきた、
小侍従を三歳が孕ませて、ガラシャと自分の子だとした、
という話を熊本の本妙寺の一族から聞いたんだが、
アレどうなんだろうなあ。
小侍従の方は家臣に下げ渡されたんだが。


851 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/09/08(水) 13:20:19 ID:ZWK6xvSz
>>844
山田風太郎の小説でも、ガラシャの子じゃないってなってたな。
忠興が謀反人の子供に細川家の家督を継がす事はできないからって。

862 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/09/08(水) 22:29:43 ID:WMwx+cv6
>>844
ときたま聞く話だけど、どうなんだろうなあ。
有名な「霜女覚書」によると、当時ガラシャのそばで仕えていた忠利の乳母に、
内記様(忠利)への形見をを託した、という話が出てくるし、まあおそらく忠興の男子の
上三人はガラシャの子とみるのが自然だろうな。
小侍従というと、ガラシャの代わりに秀吉のところへ行ったという話が出てくる侍女だよね確か。

865 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/09/08(水) 23:11:55 ID:GCvOMTff
どうでもいいけど「ガラシャ」と「乳」が同じ行に出てくると「ブラジャ」みたいに見えてくるな…

865 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/09/08(水) 23:11:55 ID:GCvOMTff
どうでもいいけど「ガラシャ」と「乳」が同じ行に出てくると「ブラジャ」みたいに見えてくるな…

875 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/09/09(木) 02:27:03 ID:LGA3Mvz0
>>865

三斎さんが「三十六歌仙」を「百人一首」にすべく
アップをはじめました

876 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/09/09(木) 03:02:06 ID:rEIW7TRq
まとめブログなんで>>865まで含んだw