織田勘七郎と赤星内膳

2015年05月23日 15:58

839 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2015/05/22(金) 23:43:07.91 ID:+/6/Q1lC
秀頼公の旗本である織田勘七郎(織田信長の甥・津田信澄の孫であり
明智光秀の孫)と赤星内膳(親武。元・加藤清正十六将の一人)が、
淀殿の侍女たちの東大寺へのお参りに護衛として同行したことがあった。
玉造から十三峠道を通って若江まで至ったところ、そこにたむろしていた
者どもが汚い言葉を発しながら侍女たちにふざけかかった。
勘七郎がこれを制しようとしたが、無道者(無法者)たちは言うことを聞かない。
おもむろに内膳が進み出て大喝すると、無道者の頭をいきなり槍で突き殺した。
驚いた無道者たちは逃げ散ったが、内膳は逃げようとした小者の一人の
足を突き、これを捕まえた。
そして、その素性を問いただしたところ、内膳が殺した男は土井大炊(利勝)の
家中で、主命で浮浪(牢人)を装って大坂の様子を探りに来た者であることが
わかった。
これを聞いた内膳は、「関東は秀頼公を滅ぼしに来るつもりだろう」と嘆息し、
勘七郎は「その時には必ず功をたててみせる」と憤った。
この次の年、大坂の陣が起き、関東からの軍勢が十三峠道を通って
攻め寄せた。
内膳も勘七郎も秀頼公のために戦い、命を落としたということである。
                                  十三街道記



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