草鬼(草苅)塚の祟り

2014年08月22日 13:47

990 名前:sc→net未反映分のコピー[sage] 投稿日:2014/08/22(金) 07:37:06.53 ID:k/wP8bZN
草鬼(草苅)塚の祟り

口は是禍の門 舌は是禍の根なり とは誠哉
庄内鶴岡酒井御家中衆四五人 加茂浦へ釣に出 其帰り千安河の辺東禅寺右馬頭 草苅虎之助両人討死したる塚の前通る時 一人申しけるは
昔の時 此所千安(十五里ヶ原)合戦の時 草苅虎之助十七歳にて 漢のハンクァイが威を奮い 多くの敵を打ち亡し 其身も討死してカバネは此塚の白骨となれりと 諸人云り
当代ならばかかる冠者は一足も働かせず 則時に可討捕 彼に討れたる越後勢は 定て腰抜け侍たるべし
と大音声に笑ける
言葉の下面色変り狂人と成て 此塚より遥かに馳り通橋の麓に至りどふと伏にける
同道の人々追付見れば 彼人本心失ひ顔色尋常ならず青醒り 漸々介錯して帰りけり
其後大病に煩ひける時語りけるは
我千安川の辺にて草苅虎之助を嘲弄致しける時 カレが塚の中より虎之助と覚しき若侍出現れ
其いかれる顔色すさまじく 紺色威の鎧を着し 鹿毛の馬に乗り 鉄砲提げ 兜の鉢を輝し 我を目掛けて追来る間 怖く思ひ逃しが
後より鉄砲にて打れし時 我伏たりと夢のごとくに覚る
と云り
実にも彼が云ごとく背黒血染みたる鉄砲玉の跡有とかや
虎之助のカバネは土中に埋ると云へ共 亡魂つきず繁念無量功末代に亡威を遺せり
『奥羽軍談』



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