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荒木は思わず計らず、信長の敵と

2018年03月18日 19:10

610 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2018/03/17(土) 20:24:38.14 ID:3TbVHzKY
天正6年の秋の頃より、摂津国有岡方面では雑説が流れ、しきりにこの方面の者達が
織田信長の敵に成るとの風聞が聞こえた。それはあってはならないことであると、
信長より織田政権の歴々が差し下され調査が行われるということで、荒木信濃守(村重)にも
雑説があったため、彼は茨木城まで移動し、そこから安土へと向かおうとしたところ、
茨木城の守備を担当していた中川瀬兵衛(清秀)がこのように諫言をした

「絶対に安土に行くべきではありません。安土に置いて切腹させられるよりも、摂津国表へ
軍勢を引き請けるべきです。合戦に及んだとしても、手に溜めず切り崩せるのに、安土に置いて
犬死するなど、沙汰の限りです。」

もう申し留めたため、荒木は有岡に立ち返り、思わず計らず、信長の敵となってしまった。

この時荒木は、国中の年寄共を集めて談合に及んだのだが、皆も中川瀬兵衛が申す所に
同心した。
その中で、高槻城守であり、高山飛騨守の息子である高山右近だけは
「言語道断である!荒木摂津守の普段の覚悟と相違した、曲事の仔細である!
信長の御芳志のかたじけなさを、たった今忘れ去り御敵申し上げるなど、
沙汰の限りである!」

そう、一人反対したが、彼以外は尽く中川の意見に同心し、高山の意見には同意しなかった。
ために是非に及ばず、高山も最後には摂津国衆の総意に同心した。

(立入左京亮入道隆佐記)

ちなみに荒木村重、「信濃守」は自称(受領名)で、「摂津守」は正式な任官ですね



611 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2018/03/17(土) 21:04:41.19 ID:jtiZDeeJ
このあと、清秀は右近に説得されて荒木を裏切るんだよね

612 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2018/03/18(日) 00:21:49.38 ID:yFZe1MKP
そもそも荒木が翻身しようとしたきっかけも中川が原因なんだよな
早死にしても仕方ないわなこのオッサン

613 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2018/03/18(日) 05:58:38.93 ID:jdyuLToD
でも賤ヶ岳だと…よく分からない人ですよね…

614 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2018/03/18(日) 07:38:22.99 ID:4WKc0lBa
人望はあったらしい
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摂州白井河原の戦い

2017年10月02日 10:30

158 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2017/10/02(月) 09:48:09.84 ID:I3B0BlWP
永井隼人佐道利は、濃州金山城の城主であったが、織田信長による美濃平均の時流浪し、
その後足利義昭に仕えた。

ある時、摂津において、池田正勝を追放し池田衆を率いる荒木村重と、和田伊賀守(惟政)とが相戦う
ことがあったが、この頃、道利が和田の元へ使節に参った。その時、合戦について言った

「今の敵に対する軍立ては心得られませんし、地利も良くない。ここは待って戦うべきです。
さもなければ必ず敗北するでしょう。」

しかし和田は
「池田衆との戦では、普段から見方が少人数でも大利を得ている。池田方の兵の事など全く気にならない」
そう、大いに侮った。

和田は糠塚に陣をはり、荒木は馬塚に陣をはっていた。
この間は、荒木の方がつま先上がりの地で、和田方のほうが地形低く、掛かりやすい場所であった。

果たしてこの日、和田は敗軍し、義昭の使節であった永井道利も巻き込まれ討ち死にした。
これを摂州白井河原の戦いといい、元亀2年(1571)8月28日の事だという。

(士談)



生きて五鼎に食まずんば、死して即ち五鼎に烹られん!

2017年04月29日 15:00

名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2017/04/29(土) 02:52:33.56 ID:piYyeD9Z
荒木村重は俵藤太秀郷の末葉・宇治次郎義定の9代の後胤である。曽祖父・安芸守は、
大永7年の桂川合戦(桂川原の戦い)で道永(細川高国)の陣に従って戦死した。

その子・荒木大蔵大輔は丹波国に住んだが、摂津へと越えて豊島郡坂根というところに
居住した。その子は信濃守義村と称し、その頃、当国の六人衆の中で随一の人だった。

ところが信濃守は中年に及んでも子がいないので、これをいたく憂いて夫婦一緒に同国
中山の観音へ参籠して、12の灯火を掲げて28品の経を転読し、

「哀れ願わくは1人の男子を授けなさり、その子が成人の後には、天下に威名を振るう
弓取りとなしてください!」と肝胆を砕き、心根を投げて祈祷した。

すると不思議なことに、7日に満ずる暁(七日参籠)に至って、義村は12の灯火の光の
中から明珠が飛んで来て、彼の女房の懐中に入るという夢を見て目を覚ました。

夫婦は大願成就したと喜びの眉を開いて帰ったところ、女房はやがて妊娠し、それから
15ヶ月目というのに子が出生した。その子は世に優れて大きく逞しい赤子であった。

夫婦はたいへん喜んで、12の灯火の光から出た玉の男子であるからとして“十二郎”
と名付けた。後に弥介と称し、また信濃守と改め、しまいには攝津守と称した。

十二郎は幼少の時、その身長は年齢よりもはるかに伸びて力強く、常に弓馬の芸術を
好み、槍や太刀の勝負を試みていた。しかし、この子は世にも優る大食であったので、

父・義村は彼に向かい、「汝は食を費やすことについては、甚だ余人以上だ。その益は
何かあるのだろうか?」と、問うた。村重はこれを聞き、「武将たる者は筋力無くては

叶いますまい! 槍を突いたり、太刀を打つにしても、余人以上の兵具を持てばどうして
勝てないということがありましょう!」と言い、その場をズンと立ち、

側の碁盤を掻い掴んで引き寄せると、義村をその上に乗せて盤の小角を取り、座敷の
隅の柱どもを3遍数えて廻りつつ、もとの座に置いたので、父は大いに感心し、

「汝は中山の観音に祈ってもうけた子なれば、ひとえに千手の力を受けたのである。
『好堅地底に萌し、芽百囲を生ず』と言われている。今年12歳でこのような大力で

あれば、これからは項羽の山を抜き、樊カイが門を押す力をも得ることであろう。大食
するのも道理であるな」と、微笑して喜んだ。すると村重は、

「大食多力だけで、どうして益ありと申せましょう。“貞松は巌嶺に産す”と言われています。
いま乱世に生まれたことこそ幸いです。悪逆の国賊を誅し、数カ国を領してのちにこそ、

我が大力の益を現すでしょう。生きて五鼎に食まずんば、死して即ち五鼎に烹られん!」
と言ったので、父はますます歓喜し、寵愛は日頃に増益した。

――『陰徳太平記』



865 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2017/04/29(土) 08:21:02.75 ID:QYwFUQZ/
後に道糞となるとは思いもしない頃の話である

866 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2017/04/29(土) 08:27:52.93 ID:XoVJM2Bt
一瞬、荒木大輔がなにゆえ戦国時代に?と思ってしまったのは内緒

坂上頼泰の鉢植え

2016年11月07日 09:42

304 名前:人間七七四年[] 投稿日:2016/11/07(月) 07:21:03.05 ID:jnLT3IFc
天文元年(1532年)に多田院御家人衆筆頭の塩川伯耆守国満が、織田信長の台頭という時世から荒木村重について多田新田城を攻めた。
この時に山本郷(今の宝塚市周辺)も焼いて、多田院御家人だった34代山本荘司家の坂上頼泰は郷士となる。

しかし塩川国満は豊臣秀吉の九州征伐の間に挙兵して、謀反の疑いで誅されたため山本郷は豊臣家の天領となった。
秀吉が有馬温泉に湯治に行く際に山本郷に立ち寄った関係から、頼泰は秀吉の旗本になり朝鮮出兵へも参戦した。
頼泰は齢を重ねて隠居し、山本郷で農園を営みながら穏やかに過ごしていたところ、接木の技術を発明する。

ある時、天下人秀吉の元に見事な鉢植えが献上され大変気に入り、それが坂上頼泰のものと知り昔を懐かしんだ。
京や大阪での贅沢品の売買を禁止していたが、秀吉は頼泰に木接太夫の称号を与えて山本郷の植木に特別な配慮をしたという。

源満仲が摂津守に任官した際に、坂上田村麻呂七代孫の坂上頼次を摂津介にして多田院を警備させたのが山本荘司家の初代で坂上是則は従兄弟。
三代目の坂上季猛は源頼光に使えて卜部季武のモデルともされる。
仁平年間の坂上尚親の頃に平姓を賜り平尚親とし、その分家は今出川家諸大夫山本家として山本敬勝まで続く。



荒木村重の女房たち

2015年03月27日 18:02

609 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2015/03/26(木) 23:16:08.80 ID:4eV+rYEN
有岡城から荒木村重が逃げた後、村重の妻子一族は織田方に捕らえられ、処刑されることになった。
京都にて磔にされる時、細川忠興は奉行としてその場にいた。
村重の女房たちは忠興と顔見知りだったので、「与一郎様頼みまする」と声々に泣き叫んだ。
光秀の娘が村重の息子に嫁いでいて、村重謀反の際に離縁し、戻されたという経緯があるが、
忠興は光秀の娘を通じて女房たちと顔見知りになったらしい。
(その娘はのちに明智左馬助に嫁いでいる)
忠興はその時のことについて、度々「哀れなことだ」と述べていたらしい。

そんな村重妻子のうち、郡主馬宗保の娘は乳母に隠され、織田信澄や明智光春のもとを転々としたあげく、玉のところに行き着いた。
それが後の忠興の側室、娘のおこほを産んだお藤(松の丸)である。

綿考輯録より




古き怨みを忘れない秀吉は無道である

2014年12月30日 18:34

119 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/12/29(月) 23:14:17.86 ID:FB0ukr39
秀吉が信長の使者として荒木村重の有岡城へやって来た時、村重の士・河原林越後守治冬は、

「猿めの面魂からして最後には仇をなすことでしょう。いま刺し殺すことはたやすいはずです」

と、村重に囁いたが、村重は聞き入れず、この事を秀吉に語ったので、秀吉は治冬を呼び出して
手厚く言葉をかけ、差している脇差を抜いて贈り物にしたのであった。

このため、村重が「差し替えの脇差が無くて」と言うと、秀吉は「私は刀一つを頼りにして
信長に奉公する者ではない」と、言った。

後に秀吉は世を平定すると、治冬を深く憎み、探し出して殺害した。その時、治冬は、

「主君のためにその仇を除くことは武士の常である。古き怨みを忘れない秀吉は無道である」

と言って、死んだのであった。

――『常山紀談』



120 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/12/29(月) 23:22:22.78 ID:WZAOC8yo
なんだこの展開

121 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/12/30(火) 00:08:44.09 ID:vm/ru0Tb
ともあれ、忘れた頃に怒りがぶり返して殺しちゃうって、いかにも秀吉らしい逸話だなぁ。

122 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/12/30(火) 00:38:44.55 ID:bR3TdRI4
この前出てた筑前守名乗れない状況にまで追い詰められてたのなら然もありなん

官兵衛が荒木にために害せられても

2014年06月18日 19:58

535 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/06/17(火) 19:20:01.22 ID:r3XG2UXF
この頃摂津の荒木摂津守村重は、伊丹の有岡城に籠って織田信長に背いた。
信長は家臣を遣わして荒木を諭したが、同心せず、その上荒木から御着の小寺加賀守政職へ
使いを遣わし、『もとのように我々と一味して、毛利家に属すべきである』と薦めると、
小寺政職は元より荒木と一味していたので、志を変じて、再び毛利家に従うことにした。

これを知った黒田孝高(官兵衛)は小寺政職を諌めたものの同心せず、政職はこのように
官兵衛に言った

「私は今度信長に叛き毛利家に属そうと思うが、これは、元来我々は荒木と一味しており、
彼が俄に志を変じて、我々にもそれを薦めたためである。
であるので、荒木が元のように信長に心を属するのであれば、我々もまた信長に属すであろう。
貴殿は荒木ともとより知人である。なので先に荒木のもとに行って、いかにもして彼を諌め、
信長方に引き入れるべきであろう。」

官兵衛は荒木の心底はかりがたく、この事はどうかとも思ったが、信長への忠節でもあるので
辞するにも及ばず、10月下旬に伊丹へ行き、町から城内に使いを遣わし、事の由を伝えた所、
荒木は官兵衛を城内に招き入れ、力者を多数隠しおき、彼を捕らえて生け捕りにし、をのまま城中に
監禁した。

この事が姫路に聞こえると、黒田の一族家人等は、隠居の黒田職隆にこのように聞いた
「官兵衛殿は不慮に荒木のために捕らわれてしまいました。
御孫である松寿殿は、先年より信長公のもとに人質にまいらされています。

官兵衛殿をお助け、松寿殿をお捨てになって、毛利に従うのでしょうか?
それとも松寿殿をお助け、官兵衛殿をお捨てになって、いよいよ信長公に御従いになりますか?

御子と御孫の間、何れをお捨てになるのでしょうか!?」

職隆は答えた

「官兵衛を捨て、今までどおり信長公に従うべきである。

何故ならば、松寿は我々が決定して人質に参らせたものであり、信長公に従うのは我々の本意である。
一方、官兵衛は荒木を諌めるために行ったのを、理不尽に荒木が留め置いた。この荒木の不義は
是非に及ばぬ所である。
であれば、荒木に従って毛利家に与するのは我々の本意ではない。官兵衛が荒木にために害せられても、
不慮の天災に会ったと思うべきである。

どうして官兵衛を助けるために、我々自身の本意に背いて、敵に従うべきだろうか!」

この言葉に、一族家臣は皆尤もと感じ、その理に伏したのである。

(黒田家譜)

黒田家譜の、黒田官兵衛有岡城幽閉事件に関しての記事である。




536 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/06/17(火) 21:40:46.48 ID:wug+UzVu
悪い話かな?
どっちも大事!なんてマンガじゃあるまいし

537 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/06/17(火) 23:12:00.19 ID:I7ESIrrA
至極真っ当な正論です

538 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/06/17(火) 23:19:44.02 ID:ToqCBF+E
しごくじゃなくてすごくだろ、お前訛りが酷すぎ
これだからゆとりは困るわw

539 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/06/17(火) 23:31:40.07 ID:PuMmim47
【テレビ】大河ドラマ「軍師官兵衛」 第24話の視聴率17.5%・・・一時12%台まで低迷もここにきて“V字回復”
http://hayabusa3.2ch.net/test/read.cgi/mnewsplus/1402903469/

誰が見てるの?

540 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/06/17(火) 23:35:49.11 ID:cYQk51sZ
>>539
ノシ

541 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/06/18(水) 01:22:39.19 ID:MGO4Qu/k
これから仙石や大友、伊東との絡みが出てくるのかと思うと胸アツです

542 名前:人間七七四年[] 投稿日:2014/06/18(水) 01:24:55.51 ID:tk+00PyV
九州戦楽しみだな。

543 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/06/18(水) 01:56:59.32 ID:aLlJ7cpc
懸念だった城井氏にもどういう展開かはまだわからないけど触れるみたいだしな

雑談・官兵衛、幽閉への遺恨なし? 荒木村重への書状確認

2013年12月03日 18:58

804 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/12/02(月) 23:02:42.27 ID:J0NbU8Tx
官兵衛、幽閉への遺恨なし? 荒木村重への書状確認

兵庫県伊丹市は2日、来年のNHK大河ドラマで描かれる戦国武将・黒田官兵衛が伊丹の武将・荒木村重
宛てた書状を確認した、と発表した。
ともに織田信長の家臣だったが、村重は信長に反旗を翻し、説得に訪れた官兵衛を有岡城に幽閉。
“敵同士”のイメージが強いが、有岡城落城4年後の書状からは、豊臣秀吉の下で協力する
2人の姿が浮かび上がる。
同市によると、書状は京都市の光源院所蔵で、1583(天正11)年11月12日付。
光源院は当時、現在の鳥取県にあった領地を地元豪族に奪われたため、秀吉に茶人として仕えていた
村重に調停を願い出ていた。
村重は、中国地方の領地問題を担当していた官兵衛に意見を求めたとみられ、この書状は官兵衛からの返事。
解決への協力を約束した上で、「(秀吉の)お供で姫路においでになると思っていたが、
おいでにならず残念。機会があれば会うことを考えている」などと記されている。
書状の存在は昭和初期の歴史書に記載されていたが、検証されたことはなかった。
神戸女子大の今井修平教授(日本近世史)によると、所蔵の書状は原本の写しで、村重が
光源院へ送った可能性があるという。
今井教授は「幽閉後の2人の交流を示す唯一の史料。官兵衛は非道な扱いをされた印象があるが、
両者には一定の信頼関係があったことが分かる」と分析している。(太中麻美)

http://www.kobe-np.co.jp/news/bunka/201312/0006542207.shtml
http://www.kobe-np.co.jp/news/bunka/201312/img/b_06542208.jpg
黒田官兵衛から荒木村重(茶人名・道薫)に送られた書状の写し(光源院所蔵)


ニュース系板からコピペですが、クロカン良い人すぎワラタ



805 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/12/02(月) 23:23:05.67 ID:Bb5zUdFM
天正11年だとまだ中国の取次だった頃かな

806 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/12/02(月) 23:23:16.39 ID:gsrnmq4p
だって村重はクロカンを匿ってたみたいなものだからな

807 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/12/02(月) 23:27:23.06 ID:e7KOlFA7
いやあ知らなかった、村重は乱後に当然死んだと思ってた

808 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/12/03(火) 00:11:13.95 ID:DPKM0+wh
>>807
え・・・さすが歴史認識の乏しい日本人だな。
こんな知識だから独島や釣魚島を日本領とか妄言はくようになるんだ。

809 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/12/03(火) 01:53:10.14 ID:HIEgv+lX
釣られるなよ

810 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/12/03(火) 01:54:52.42 ID:fncee4oq
>>808
結びつけ方が突拍子もなくてわらた。明らかに誘ってんだろw

811 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/12/03(火) 02:19:22.28 ID:GEkk+HwM
村重って自らうんこ名乗った点ぐらいにしか内省の意欲感じられないよね
復活前も後も下衆行為ばっかしてるし

812 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/12/03(火) 07:16:21.71 ID:6h+xyWXU
>>811
宣教師乙

813 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/12/03(火) 07:39:09.50 ID:cGqg1pxH
へうげもの道に薫る道糞か

黒田官兵衛、仇を恩で返す

2013年10月28日 19:49

437 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/10/27(日) 19:50:33.83 ID:Hsl4ksYA
天正7年(1579)10月19日、信長に反乱した荒木村重の有岡城が陥落すると、荒木に同心した
小寺政職は、自身への追求は逃れ難いと御着城を出奔し、中国所々を流浪しながら信長に対し
赦免を乞うたが、一旦味方に属しながら敵に寝返ったことへの信長の憤りは激しく、それを許すことは
無かった。その後、備後の鞆に居住し、天正十年に卒した。

小寺政職は男子一人、その後を付いて加賀守氏職と称した。その他、娘が数人あった。
小寺の家が滅び、その子がこのように零落したことを、黒田宗円・官兵衛親子は深く嘆き、
ある時秀吉に申し上げた

小寺政職の不義によってその家はすでに滅び、流浪の身と成って、終に死去いたしました。
然る上は、その子供の罪は御免して頂けないでしょうか?
彼を召し寄せ、養育したいと考えています。」

秀吉は、旧好を忘れぬ志に感じ入り、その願いを許した。

これによって官兵衛は家臣の衣笠久右衛門を使いとして備後の鞆に派遣し、小寺氏職を迎えて
懇ろに養育した。

世の人々は
小寺政職は信長公に背き、罪なき官兵衛を疑い、その身を危うくさせたと言うのに、
今その旧悪を忘れ、却ってこのように情深く憐憫される事。
誠に、恩を以って仇を報ずるとはかかる事である。』
と、感じ思ったそうである。

(黒田家譜)

黒田官兵衛、仇を恩で返すというお話




438 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/10/27(日) 20:57:09.51 ID:sghIEC8B
仇って言うけど黒田家を引き上げたのは政職だし、主君の言うこと聞かずに織田に肩入れしたのは官兵衛大先生だけどな

439 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/10/27(日) 21:06:26.43 ID:6tbPYIo9
まあ黒田家譜だし、仕方ないじゃないか

440 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/10/28(月) 11:33:13.84 ID:w7yJGO+8
人がいいのか真っ黒なのかクロカンはよくわからん

441 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/10/28(月) 12:29:55.64 ID:0PvVS5nz
>>438
主君を利用したとも言えるね、陪臣から直属になれた

442 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/10/28(月) 18:31:49.29 ID:v4M7Lw6D
>>400
人の良い腹黒オヤジ

443 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/10/28(月) 18:33:03.90 ID:v4M7Lw6D
しまった>>440だおい、富田さんに喧嘩売ってくるわ

天正12年、荒木村重

2012年08月23日 20:58

114 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/08/23(木) 17:42:28.64 ID:0hZ60kwz
荒木摂津(村重)は摂津国の領主であったが、3年間信長と戦い、その頃彼に使えていたジェスト(高山右近)の言を
用いなかったため、その領地を尽く失ったことは、尊師の既にご存知のところです。
彼はそれ以来五畿内のキリシタンに対し、心底からの憎悪の念を抱きました。

信長の死後、彼は大いに謙遜を示して羽柴殿(秀吉)に仕え、他の小姓と等しく茶の用を務めていました。
そして彼は海の司令官アゴスチニョ(小西行長)とその父が羽柴殿より寵を受けるのを妬み、
羽柴殿の前で密かに、また極めて巧みに彼らに対する重大なる偽の証言をしたのです。

彼が巧妙にこれを為したため、羽柴殿はこれを信じ、ジョーチンとアゴスチニョ父子の任を解き、
全キリシタンに大いなる打撃と恐怖の念を与えました。
ですが我等の主デウスは罪なきものに慈悲の目を向け給い、荒木は大いに信用を失い、
ジョーチンとその子アゴスチニョは最初に地位に復帰したのみならず、今はさらに恩寵を加えられ、その収入もまた
倍増するに至っています。

その荒木が羽柴殿と共に茶の湯の場にあった時、羽柴殿はジュスト(高山右近)の事について、その類い稀な
才知と善良なることを語り始めました。彼は荒木にとって甚だしき敵なので直ちにこれに答えました

「そうではありません。殿下が賞賛されている所は彼が外見を偽ったものであり、心中にそのような善良さは
持っていません。」

この言葉に羽柴殿は大いに怒り、彼を呼ぶのに再び「汝」という言葉を使って言われました

「去れ!かくの如き言葉を発してはならぬ!余は彼が内心も外見も異なる所がない事を良く知っておる!」

これによって荒木は直ちに羽柴殿の寵を失い、羽柴殿は再び彼を見ることを欲しませんでした。
荒木は多数の仲介者を通じて宥免を請いましたが、羽柴殿はついに彼を許しませんでした。

そして今度の戦争(小牧・長久手の戦い)において羽柴殿が多数の人を殺した時、荒木は都において彼を軽蔑する
発言をしました。この事が大阪にあった羽柴殿の夫人の耳に入り、彼女より使者を以って厳しく譴責されたのです。
荒木は羽柴殿が帰京した後、殺害されることを恐れて、妻と家を捨てて寺院に入り坊主となりました。
ですが果たして死罪を免れる事ができるかどうか、明らかではありません。
(ルイス・フロイス・天正12年次日本耶蘇会年報)

ルイス・フロイスによって伝えられる、天正12年(1584)ごろの荒木村重の動向である。




115 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/08/23(木) 19:24:16.36 ID:ijGl90yK
そりゃ村重は右近に梯子外されて酷い目にあってるんだから文句の一つも出るだろうよw

116 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/08/23(木) 20:17:50.77 ID:pm0V7Yjv
>>114 妻を捨てたということは、道糞になって以降に再び妻帯したのかな? 単なる妾?

117 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/08/24(金) 07:48:53.20 ID:tZ3UYXU1
道糞さんは波乱万丈の結果、比較的良い晩年だったよね。
フロイスの記述は貴重な歴史なのに、もう少しフェアに記述されていれば・・・

118 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/08/24(金) 10:35:02.23 ID:g66CsgaY
道糞は賤ヶ岳で中川清秀討ち死にして嬉しかっただろうな
もうちょっと長生きしてればジュストが追放されるのも
見れたのに

119 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/08/24(金) 10:51:45.73 ID:38zWfZKr
道糞て見るとつい「みちぐそ」さんて読んでまう…

荒木村重と羽柴秀吉

2012年06月01日 21:01

511 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/06/01(金) 17:21:57.36 ID:WyGCBjnL
荒木村重織田信長が讒言を信じ、自分を殺そうとしているのを察知した。
怖れを抱いた村重はついに叛乱を起こした。

羽柴秀吉は村重の叛意は讒言によるものと知り、信長に請うて説得のために有岡まで
やってきた。しかしどんなに秀吉が言葉を尽くして諌めても村重は耳を貸さなかった。

この時、河原林越後守が「秀吉を殺して信長の片腕を奪いましょう」と勧めてきた。

「お前の言う事はもっともだが、わしと秀吉はここ数年のあいだ断金の好みがあった。
だからこそ、秀吉はわが家の絶えることを悲しんでここまで説得に来たのだ。

秀吉はわしの心を知る者だ。だから『村重は義をもって絶対に自分を殺さない』と
信じてここに来たのだろう。懐に入った窮鳥を殺さないのが人の心だ。

それに、朋友を信じて諫言に来た者を殺すのは禽獣にも劣る振る舞いであろう。
秀吉を殺して負ける軍が勝つわけではない。帰して勝つ軍が負けるわけでもない」

村重は河原林の言葉に従わず、秀吉とにこやかに対面し酒肴をもって饗応した。
そして秀吉が帰る時には手を携えて玄関まで送り出して別れた。




512 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/06/01(金) 17:24:48.16 ID:6oYruMbj
秀吉と官兵衛…何故差がついたのか…慢心、環境の違い

513 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/06/01(金) 17:28:24.92 ID:P8kRno0x
村重さん謀反の原因って、陰徳記だと本願寺に兵糧を横流しした部下がいて、それが信長に知れそうだから先手を打ったとか……。
これが本当なら讒言でもなんでもなく、普通に利敵行為かばいじゃ。

514 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/06/01(金) 17:29:41.71 ID:2ZaZyRhF
道糞さんて基本的にいい人だよね

515 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/06/01(金) 17:33:10.22 ID:XPBplObM
断金の好みって、断金の交わりのことか?

516 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/06/01(金) 17:48:29.53 ID:Nr+pNUOq
>>513
どうも村重謀反の実態としては、荒木勢が敗亡した後も領民の反織田活動が続いて、織田軍もその掃討を
続けざるを得ない状況だったところから、どうやら村重が主導したのではなく領民のほうが織田体制に
(多分その重税と軍役の負担から)反発して、それが抑えきれなくなって領主として領民に同調した、
という所らしい。

517 名前:人間七七四年[] 投稿日:2012/06/01(金) 19:12:59.44 ID:B8ILllWQ
秀吉は官兵衛が捕まってから行ったのかな?

518 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/06/01(金) 19:16:20.96 ID:Kuw0CXSQ
>>515

好み(よしみ)だからどう考えてもそれだろ

519 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/06/01(金) 19:19:08.19 ID:qIdpJJEP
うわー、俺もこのみって読んでた…
恥ずかしいw

520 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/06/01(金) 20:00:38.24 ID:6lmRnTgF
秀吉は信長に折檻されまくってたらしいから
仕方なく信長に従ってる仲間みたいに思えたのかも

521 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/06/01(金) 20:10:48.21 ID:L+HLZcF3
荒木村重って、信長が天王寺合戦で大暴れした時に先鋒を命じられたのに断った事あったっけ。
あれ以外ぎくしゃくしたのかな……。
村重の武士の面目丸つぶれだろう(もっとも、信長以外だれがあんな無茶やってしかも勝てるねん、というレベルだが)。
もっとも信長は三度も村重に使者を出して慰留につとめているから、村重の一方的被害妄想だった可能性大だが。

522 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/06/01(金) 20:13:38.10 ID:6lmRnTgF
>>521
信長は一回弟を暗殺してるからな
似た方法で暗殺されると思われても仕方ない

523 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/06/01(金) 20:15:36.22 ID:YpObaqrI
約束破る男ですから信長は

524 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/06/01(金) 20:27:40.98 ID:fcJnZBub
>>511
黒官ディスリすぎだろwww

525 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/06/01(金) 20:33:38.84 ID:WNJPUpo0
こういうのを宋襄の仁っていうんだっけ。実力考えず謀反した奴が、相手の幹部潰すチャンス逃してどうするんだと。
それに黒田さんは……。

526 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/06/01(金) 20:36:58.76 ID:2ZaZyRhF
黒田さんは黒田さんの主家の小寺さんにはめられたんじゃなかったっけ

527 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/06/01(金) 20:44:13.68 ID:vp+u21JC
>>516
もともと国人・地侍の力が強いところだっただけで、体制や税は特に関係ないかと。

528 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/06/01(金) 21:29:10.21 ID:8l2nlPTG
>>525
まあ秀吉が天下をとった後は堂々と茶人として生きられるようになったわけだし

調子に乗ったのかはっちゃけ過ぎて秀吉に怒られたりしてるが

529 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/06/01(金) 21:35:46.60 ID:6C1Tg7XK
>>516
信徒が多い地域なだけじゃないの?

530 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/06/01(金) 21:58:17.12 ID:ruAwSseb
信長「何?官兵衛が帰ってこない?奴も裏切ったか!息子を殺しておしまい!」
秀吉・半兵衛「アラホラサッサー!!」

531 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/06/01(金) 22:01:17.95 ID:HcCfmW67
黒官はさらにこの会談のあとに自分が説得してみせる、って乗り込んだんじゃなかったっけ?

この人策士のわりにはお人よしだよね、敵はだませても味方を騙せないというか

532 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/06/01(金) 23:51:44.07 ID:WinjFMig
>>531
黒官はおだてに弱いからなあ

533 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/06/01(金) 23:55:30.18 ID:oC7BrIcs
つまり荒木村重を一時的にでも謀叛を思いとどまらせた
明智光秀は秀吉や黒官に勝っていると
順番の違いだろうけど

534 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/06/02(土) 00:01:15.22 ID:8fZXJxex
むしろ秀吉は村重煽ってたりして

535 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/06/02(土) 00:11:00.58 ID:5hI6Ld1I
それはゲヒヒ史観

536 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/06/02(土) 06:15:27.29 ID:pG5mphBQ
>>531
黒官は村重に呼応しようとした主君の小寺政職を止めるために村重を説得しようとして
政職から黒官を殺すように伝えられていた村重により捉えられたとなっている

村重からしても呼応しようとしている政職を止めようとする黒官を
政職の元へ帰すという選択肢は無かったと

命を張ってきた黒官を哀れんだ村重のこれもいい話だと思う

その後の村重の逃亡と
城中に残された家臣の皆殺しさえ無ければなあ

「某は決して命を惜しんでなどいない。だが…」

2012年05月30日 21:00

458 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/30(水) 17:38:43.77 ID:+9t1O/w2
織田軍が有岡城を攻めた時、四十歳ほどの武者が一番乗りと声を上げながら
堀を越えてきたものの、敵に取囲まれて万策尽きてしまった。

「某は先を争ってここに来たのだ。決して命を惜しんでなどいない。

だが某には七十歳の母がいる。明日も知れない身で某以外に養うことが
できる者もいない。この期に及んでもなお頭に掛かるのは母のことだけだ。

ここで某が討たれれば、老母は明日より飢えと寒さに苦しみ死んでしまう。
それはあまりにもうらめしいではありませんか。

どうか哀れとお思いなら私を逃がして下さい」

この時、荒木村重は武者の顔に溢れ出る孝心を感じ取った。

「なんと不憫なことであろうか。親を大切にする気持ちは誰でも同じだ。
早く帰って老母をいたわってやれ」

そう言うと村重は武者に金銭を与え、門外まで人を添えて送り返したという。




459 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/30(水) 17:57:44.94 ID:b+z6tHCD
なんだその気の弱いコンビニ強盗みたいな奴は

460 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/30(水) 18:03:38.76 ID:h3oCyGhs
これ全部言うまで手を出さなかった荒木の兵達も優しいな。

461 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/30(水) 18:05:59.20 ID:cxMB0KuZ
スパルタ先生で鍛えればいいんじゃね?
戦国の教師っていうと道雪、小十郎さん、工場長、あと誰がいる?

462 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/30(水) 18:40:55.42 ID:lnrPfrHR
>>458
生易しくてポロリとする話
略してナマポ

463 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/30(水) 19:06:53.24 ID:4wxySj+S
>>459と合わせて
いい話というより笑える話になってしまった

464 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/30(水) 19:36:13.01 ID:4pMcy+Lb
>>461
武田信玄が臆病な武士を合戦のど真ん中に縛り付けて放置して勇猛な武士にクラスチェンジさせた話がw

465 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/30(水) 19:42:16.00 ID:7ngvSc1X
>>458
もし見逃してもらえなかったら
「今になって考えてみると、むちゃくちゃ甘い考えだったと深く反省しています」
と言おう

466 名前:人間七七四年[] 投稿日:2012/05/30(水) 19:49:15.99 ID:ynBd7fdc
>>458
一番乗りっていうかもう完全に一人で突っ込みすぎて取り残されたんだろうな
荒木側ものんびりしてるしw

467 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/30(水) 20:37:31.50 ID:TTevQghn
>>466
敵味方両方とも、あーあー飛び込んじゃったよwみたいな空気になってる情景が頭に浮かんだw

468 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/30(水) 20:40:42.61 ID:IxCRiw0K
一番槍とか一番乗りが評価されるのは、その場に至れる勇敢さだけじゃなくて
その最も危険な状況から生きて帰って来れる戦術眼を含めてだもんね

森家のかがみんとか真田家の人々みたいな、やらかしたけど槍一本でナントカしてしまうような
一線を超越した人外もいるのはけどw

469 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/30(水) 20:57:04.85 ID:tMjjgKC4
荒木村重が家族思いだったとは
[ 続きを読む ]

荒木村重は幼名を十二郎といい

2012年05月25日 22:51

333 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/25(金) 01:05:35.07 ID:sHh0Ay2n
荒木村重は幼名を十二郎といい、子供の時分より武芸全般にすぐれていた。
12才の時、十二郎は父の義村を碁盤の上に載せると、碁盤の小角を掴んで持ち上げ、

座敷の隅の柱を三度廻って元の位置に戻した。これを見た義村は喜んだが、十二郎は

「力だけで一体何の役に立つでしょうか。ですが乱世に生まれたのは幸いでした。
この時に乗じて暴徒を誅し、乱を平らげ、数国を領してこそ、この力も役に立つ
というものです」

と、大志を語ったので義村はますます喜んだという。


碁盤の上に親父を載せて歩き回る少年ってシュールな光景だなw




334 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/25(金) 05:26:11.34 ID:h9cMAIjR
暑くもないのに碁盤を軽々と左手で持って涼しい顔で扇ぎながら
『いや~羨ましい、うちわ、駄目ですよ、うちわ。
御家も安泰で左団扇でしょうなぁ』
とかいつもの調子で言ってそうな幽斉先生の姿が真っ先に頭に浮かんだ。

『当代記』より、荒木村重謀反の理由

2012年04月28日 21:06

904 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/04/28(土) 14:19:06.95 ID:lxgRHWqB
『天正6年(1578)10月、荒木摂津守(村重)反逆のこと、方々より注進があった。
信長はこれを聞き及び、
『これはきっと、村重が何者かに騙されているのだ。そうであれば宥めることが出来るはずだ!』
そう考え、松井友閑、惟任(明智光秀)、万見仙千代を10月下旬に遣わした。

村重は家老に対し、彼らと対面し、近いうちに信長のもとに出仕すると言うつもりだ、と伝えた。
しかしこれを聞いた家老は、すかさず諫言に及んだ

「この度の事は、もはやその科を逃れることは出来ません!このまま出仕を止められるべきです!」

村重も内々にそう考えていたので、家老の意見に同調し、使いの三人に対面すると、そう言い切って、
信長への敵対の姿勢をはっきりと打ち出した。

そもそも荒木村重は、信長の厚恩により出頭した者であって、特に摂津一国を与えられ、反逆など
有り様はずもなかったのだが、彼に対して、信長の寵愛する小姓、長谷川藤五郎(秀一)がしきりに慮外を企てた。

ある時のこと、信長が三河岡崎城を訪問した時、それに従っていた荒木村重が門の所に立っていたところ、
長谷川は2階から、村重に向かって尿をしかけた。

これに気がついた人が、村重にそのことを伝えたが、村重は「苦しからず」と言ってその場を立ち去ろうとしなかった。

こんな事があったために、謀反に及んだのだ、と言われている。』

つまり、当時信長の寵童であった長谷川の嫌がらせに当初は耐えたものの、これが原因で、そんな長谷川を
重用している信長に対し逆心を抱いたのだ、ということである。

『当代記』より、荒木村重謀反の理由についての記載である。




905 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/04/28(土) 16:13:06.62 ID:5D9Lsl0e
竹中半兵衛「その程度で逆心とは、なんと器の小さい男」

906 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/04/28(土) 16:33:07.14 ID:IAX/Zo7P
長谷川がこういう軽薄なことするイメージにピンとこない
逸話レベルとしても人選がどうしてこうなったかに興味

907 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/04/28(土) 17:14:11.30 ID:Uc5/dZXL
織田家中で重用されてなかったうえに
信長の小姓にまでこんな扱いされたら謀反するかもしれん

908 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/04/28(土) 20:00:04.57 ID:dNIuXleX
創作臭いが、実際になぜ荒木が謀反したのかって謎が多いからな……。
ボンバーマンと違って……おやだれk(ry

909 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/04/28(土) 20:04:31.53 ID:43tvGGII
>>906
江戸時代まで残ってた家は悪役に使いづらいからじゃね?
長谷川家って途絶えてたよね?

910 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/04/28(土) 20:39:47.48 ID:ZWEDU/G3
>>905
先越された

911 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/04/28(土) 22:59:08.32 ID:w5fKeVgs
秀吉もトイレでわざとおしっこかけられて相手に謝罪させた上で
名前を売っていたらしいがw

914 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/04/29(日) 00:00:14.41 ID:KLkzLPcu
>>909
荒木攻めで死んだ万見仙千代あたりで因縁話にする方が分かりやすい気もするなぁ

918 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/04/29(日) 17:42:46.39 ID:TbMbEuJJ
>>908
中川清秀にハメられただけのような気がしないでもない

村重、出家する

2011年09月05日 22:04

702 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/09/05(月) 00:24:20.49 ID:in8MiQF5
村重、出家する


信長に謀反して敗れ、天下に汚名を轟かせた荒木村重
彼は反省するどころか、いち早く降伏して助かった高山右近を恨み、そのためにキリシタン嫌いになっていた。
坊主憎けりゃ袈裟まで憎い。
荒木はキリシタンである小西行長を讒訴した。
が、これは失敗し、小西は何ともなかった。

しかし懲りない村重。
ある茶会で秀吉と同席した時、秀吉が右近の話をし始めると、右近を讒訴しようとした。
「殿の讃えられる右近の勇気は実は見せかけのもので、本物ではございません」
「出て行け!右近が裏表の全くない人物であることは俺が良く知っておるわ!」
秀吉の怒りを買った村重は、長く引見を許されなかった。

まだ懲りない村重。
秀吉が小牧・長久手の戦いに出陣すると、京にいた村重は、今度は秀吉の悪口を言い始めた。
これが運悪く北政所の耳に入ってしまい、彼女に叱責された村重は、死刑にされることを恐れ、ついに出家したという。




703 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/09/05(月) 00:30:08.67 ID:91CMIHtn
小物すぎだろ。出家するだけで命が助かってよかったな。

704 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/09/05(月) 00:31:19.43 ID:kXaVKb61
さすが道糞の名にふさわしい男

705 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/09/05(月) 00:38:20.69 ID:8CcnIR3T
>>702
なんか、荒木道糞と名のる人間とは思えない小物振りだな。

706 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/09/05(月) 01:00:09.18 ID:S34bd7Vb
謙遜して道糞名乗ったんじゃなくて
本当に心根クソな奴が開き直っただけに見えてくる

707 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/09/05(月) 01:52:16.05 ID:HzJyI8Kr
秀吉が大物に見える

708 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/09/05(月) 02:05:30.49 ID:67lIseDQ
言った後で周りの反応見て後悔するタイプなんかねw

709 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/09/05(月) 08:32:52.36 ID:qICeGW/6
結局はウコンも追放されキリシタンも絶滅だから荒木さんの言ったことは効いていたわけだ
さすがだ

710 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/09/05(月) 11:41:39.21 ID:UwBRUzbm
元ネタ宣教師くさいなw

711 名前:人間七七四年[] 投稿日:2011/09/05(月) 12:59:20.67 ID:BO/3Tn1L
糞だけに肥やしになったわけだw

712 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/09/05(月) 13:31:53.49 ID:m84arMM+
と言うか荒木は秀吉とトラブッテ織田家から離反したのに何やってんだww

黒田宗円、官兵衛幽閉の報に

2011年06月01日 00:07

438 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/05/31(火) 01:39:21.67 ID:6ou96sCR
http://iiwarui.blog90.fc2.com/blog-entry-5450.html の直前のお話。

天正6年(1578)黒田官兵衛が摂津有岡城にて荒木村重に捕らえられ幽閉される。

さて、この事が姫路の黒田家に伝わると、黒田家の家臣たちは皆すぐにこう思った。
「これは御着にある主君、小寺政職が荒木に頼んでそうさせたのだ!」と。
織田に付くか毛利に付くかで官兵衛と対立していた小寺政職は、黒田家の者からは
そのくらいのことはする、と確信されていた程、関係が悪化していたのである。
黒田家の重臣たちは官兵衛幽閉の一報を聞くやいなや官兵衛の父宗円のもとに集まり、

「官兵衛様の今回の事、最初からこうなるのではと予想はしておりました。
なので差し出たことを申すようですが、今更驚くことはありません。
そしてこの上は弔い合戦として、今回のことを主導したに違いない小寺の殿のある御着へ攻め寄せ、
彼を討ち果たすことがかなわねば討ち死にする、我らはそう決めました!」

と、口々にこう申し上げた。これを聞いた黒田宗円

「皆の者達がこのように忠義の心を持ってくれているのは、今に始まったことではないが
実に感じ入っている。だが、聞いてほしい

官兵衛が腹を切らされるか、あるいは牢の中で病死するような事態になれば、私はそれを
許さない。その時はこの法師頭に兜を被り、主君である小寺の殿に対し弔い合戦を仕掛け
そこで討死をし、本望を遂げる覚悟である。
その時は勿論、お主達にも協力を頼むつもりだ。

しかし官兵衛のことだが、小寺の殿が荒木に頼んでこれを生け捕りにしたこと、それは間違い
無いだろう。
だが荒木が少しでも弓箭の道を知っているなら、拙速にこれを殺すような真似はするまい。
分別があるのならむしろ、良き弓箭の種を求めたと喜び、身体に危害を加えること無く
丁重に礼遇して置くであろう。そんな所に、お前たちが言うように合戦をしたらどうなるか?

御着の城を取るのは簡単な事だ。だがそれをすれば、荒木は残念だと思いながらも、官兵衛を
殺すだろう。これを良く考え、とにかく冷静になるのだ。その時が来れば、私が指図をする。

見よ、先日まで能をさせていた能舞台も、この上はいらぬ物であり、舞台も桟敷も打ち壊した。
この城は今や、戦備を整えることだけに集中している。
もともと1年2年籠城しても、兵量・弾薬・その他の武具であって事欠かないこと、皆知っている
通りだ。御着にも常々我等と心通じている者たちがある。御着からここに参りたいという者たちは
皆連れて来るといい。どれほど入城させても兵量は豊富に備蓄してある。

これから御着より使いが来るだろう。それまでは一切表立った行動をしてはならない。
使いが帰れば、御着の官兵衛の屋敷に火をかけ、留守居の者たちを急ぎ引き取らせよ。
こんなこともあるだろうと思って、官兵衛の妻はあらかじめこちらに越させておいた。
気遣いすることは何も無いぞ!

御着の官兵衛屋敷を自焼させ、留守居の者たちを引き取れば、御着と姫路との境を封鎖し
通行する者たちは切り捨てよ。

…さてこれからは、若者共が面白がる展開になるぞ。」

そう、法師頭を打ち振りながらそれらの方策を指示したという
(古郷物語)




440 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/05/31(火) 16:28:27.40 ID:hpBciY+L
最後のセリフに一番古強者の匂いを感じるw

441 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/05/31(火) 19:03:19.29 ID:TL2rjv/D
渋いね。この親にしてあの子あり、か。

442 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/06/01(水) 10:33:05.80 ID:nQ8YvOqN
それに比べて若殿は

443 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/06/01(水) 10:37:50.31 ID:0i9s4Xag
50万石の大大名

444 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/06/01(水) 20:00:18.40 ID:8r1ZGZju
その時左手はなにをしていた!

445 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/06/01(水) 20:41:47.33 ID:lIUgISRI
ティッシュを広げて発射に備えてました

446 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/06/01(水) 21:46:56.00 ID:vpEgk3ra
>>444
それって創作なんだよな

447 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/06/01(水) 21:50:55.94 ID:qB9+a0r1
でも如水が関ケ原のとき大暴れしてたのは本当なんだろ?