名ある勇士である上は

2017年04月25日 18:40

854 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2017/04/25(火) 05:13:46.15 ID:+SgLkxQo
蒲生氏郷が伊勢国松島在城の時、蒲生主計栗生美濃との間に口論があった。
ふと気づくと、蒲生主計の後ろには山中大運が、栗生美濃の後ろには倅の東が小脇差を持って
つめかけ、この二人が刀を抜けば、即座に突き掛かろうとの風情であった。
これに主計も美濃も、冬であるというのに大汗を流したという。

この時の評に、主計も美濃も大汗を流すほどに思っていたが、両人ともに相手を討ち果たせば
この場で多くの人が損ずると思って、そのようにならなかったのだ、という。
どちらも特別な勇士どもであり、いずれにも越度という物はない。
「両人ともに後ろ詰めに迷惑して汗を流した」と言うべきだが、その頃の評も殊勝である。

加藤清正、加藤嘉明、福島正則といった人々も、1年に2,3度づつは口論問答があったが、
それによって争いごとに成るということは聊かも無かった。
名ある勇士である上は、そうあるべき事である。

(士談)


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