これこそ、我が一代の快き振る舞いである

2016年01月07日 08:21

147 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2016/01/06(水) 18:44:23.75 ID:QAqgW5J8
加藤清正公がある時の夜咄に語ったことである

「賤ヶ岳の一戦の折、私は秀吉公のお側近くにいたが、先に合戦が始まると見及んだため、一人抜け駆けして
良き敵あらば討ち取ろうと思い、何でも無い体で抜けだそうとした所、秀吉公は屹とこれを見つけ、
「虎之助、法螺貝を吹け」と命じた。
しかし私は聞こえなかったふりをして2,3間(3~50メートル)ほど進んだが、そこで急に思い直した

『事の急なる時、臆病者が吹く貝は音が出ないと、世間では言い習わしている。ならば、私も
心臆しているため貝を吹かなかったのかと、秀吉公も思われ、また諸人もそう考えるであろう。
そうなったら、仮に手柄をいたし、もしくは討ち死にした後までも弓矢の上の恥辱、これに過ぎたる
物は無い。』

そう考え、立ち戻って貝を取り、いかにも静かに吹き上げ、法の如くに吹き終わると、馬を引き寄せ
打ち乗って、急ぎ先へと進んだ。

ところがここで、谷兵太夫という者が道の脇で私を見つけて声をかけた
「そこを通るのは虎之助ではないか。若輩なる者が逸りすぎて、敵前近くなって馬に輪をかける(馬の
速度を上げる)のは見苦しいものであるぞ。控えて馬に乗るように。」

私は『近頃にない悪き言葉だ。どのように彼に返答すべきか。」と思い、振り返って見てみると、
谷は少し小高い場所に、馬を横ざまに立てていた。いやまったく、彼は巧の入った老武者である。
味方はわずかの勢であるから、もし追い立てられ、敵が勝ちに乗じて競って来たなら、そこの横槍を入れて
突き返すためにそのように控えているのだと見えた。

とかく曲者である。何も言わないほうがマシだと思い、私はそのまま馬を早め進み、一番鑓を初め、
名のある敵の戸波隼人を討ち取ったため、味方はこれに利を得て、喚き叫んで攻め戦った。

この勢いに敵は辟易し、多く討ち取られる体たらく。天に光り地に響き、血は馬蹄に蹴りかけられ、
多くの死体が野に横たわり、寸尺の地も余さないほど夥しいものであった。

こうして私は戸波隼人の首を秀吉公の実検に備え、その後立ち退いて見ると、あの谷兵太夫は未だに
傍らでうずくまっていた。

「こここそ最前の返答すべき所よ!」
私は戸波隼人の首を彼に向かって投げつけると叫んだ

「先ほど其方が申した如く、若輩者が逸り過ぎて、馬に輪をかけた者は、これほどの手柄を立てたぞ!
能く能く見ておいて、汝の子孫までの物語にせよ!」

そう言い捨てカラカラと笑うと、かの者は目尻でこれを見て、更に一言の返答も出来ず、顔を真赤にして
俯いていた。
これこそ、我が一代の快き振る舞いである。」

清正公が機嫌の良い折は、いつもこれを声高に仰せになり、御喜悦なされていた。

(續撰清正記)

参考
加藤清正「あれはしずヶ岳の戦いの時だ」


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