雪舟渡唐ノ富士云云

2016年07月08日 16:33

雪舟   
918 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2016/07/08(金) 12:28:22.81 ID:/8qXeXoP
雪舟渡唐ノ富士云云

 谷文晃の話に以下のものがあった。
 今細川家[隈本]秘蔵の雪舟渡唐富士の幅は妙心寺の什物である。
三斎の時、妙心寺の住職に求めてそれを借りて、江戸に至り茶席に掛けて愛賞していた。
しかし、表装が粗末であったので佐久間将監に頼んで、趣向を凝らした表装に替えられた。
帰国の時に上方へ持って行かれ。
しばらく国元まで借りたいといって持ち去り、また翌年の参勤の時もそのように断って江戸に持参され、
年月を送る内にいつの日か細川家の物となったという。

 その図は、清見寺の山を前に描いたものである。雪舟が唐国にいて、うっかり寺山列樹の間に塔を描いてしまった。
帰って清見寺を過ぎると塔は無かった。雪舟は嘆いて、
「私は唐人を欺く意がはなかった。ふと描くいてしまったが、今見ればでたらめになってしまった。」
と寺から十八町ほど隔てた所に、新しく塔を建立した。
その方角だとちょうど描いた場所になったという。
 しかし寺の境内ではない所の塔であれば、守る者は誰もいなく、遂に乞食の住家となった。
そして、或る日失火して灰燼となった。
天明中のことであったという。古人の物に厚いこと感ずるに余りある。
 以上は林述斎の話である。

この話で思い出したことに、先年享和壬戌夏、狩野養川院の粉本を見たことがある。
その時に模写しておいた。取り出して見れば、雪舟渡唐富士と記してあり、内に、
此本紙細川越中守殿所持と記してあった。
(甲子夜話続編)

http://www.eiseibunko.com/collection/chusei3.html

どうやらこの絵の逸話だそうで



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