酒井将監の追放

2015年11月02日 13:10

582 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2015/11/02(月) 06:24:33.31 ID:rCRkRMqS
岩淵夜話別集に曰く、今川義元が織田信長に討たれた後、松平元康(徳川家康)は重臣である
酒井将監(忠尚)を召して言った

「今川氏真には、父親の敵を討とうという志無く、家臣は多くてもそれを諌める者は一人もいない。
私はたまたまこの敵討を進言したのだが、氏真はそれを用いないばかりか、却って私は恨まれてしまった。
今川の家の滅ぶべき時は、既に至った。

この上は仕方がない。私は駿府においている人質を捨てると決心した。
汝が駿府に人質においている者達も、末々は捨てるのだと心得よ。」

これに、酒井将監はしかし、今川と仲違いすること然るべからずと元康を諌めて御前を立った。

元康は「彼の気色には二心が見えた。」と速やかに兵を起こして追いかけたため、
将監は自らの上野の居城に入ることも出来ず、そのまま駿河へと落ちていった。
この酒井将監の所領は、彼の甥である小五郎(酒井忠次)に与えられ、左衛門佐と名乗った。

(藩翰譜)



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