『徳は善政に在り。善政は民を養うに在り』

2017年02月07日 15:26

592 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2017/02/06(月) 20:41:30.36 ID:lRnEA01U
三州柏崎の百姓が、公事の不正を言い立てて訴訟に及んだが、終に負けとなった。
この時の町奉行は本多作左衛門重次であったが、この百姓「判決は依怙贔屓である」と、
方々にて悪口を吐き、あまつさえ落書などして誹謗した。

本多作左衛門はこれを聞いて、重ねてその公事人を呼び出し再審査を行ったが、
それでも判決は変わらず、今度は不正を言い立てたこの百姓を斬って捨てた。

その後、酒井河内守重忠が同じような公事を沙汰した。
公事の不正を言い立てて負けた百姓が散々悪口しているということを酒井は聞くと、
彼は地下人達を呼びつけ、どうしてそういう判決に至ったかを順々に説明し、敗訴した側にも
どこに非があったのかを言い聞かせ、得心するように理を解いた上で、悪口した百姓も
そのまま差し許した。

徳川家康はこの二つの裁判について、両人にその道理を尋ねた。
本多作左衛門は
「上を侵す者をそのまま差し置いては締まり無く、悪事も募りますから、毅然として申し付けました。」
と答えた。

一方酒井重忠
「こんな事で人を殺していたら、今後の奉行は必ず威を振るい、驕りが出てしまうでしょう。」
と答えた。

両人それぞれの政道であり、家康はこの事について、物を知る者に尋ねた。彼が申し上げるに
「上に逆らう者を刑罰するのは、定まった決まりですが、殺さずに治まることであれば、
殺すべきではありません。人を殺すというのは、やむを得ぬ上に行うものです。
尚書にも『徳は善政に在り。善政は民を養うに在り』と見えます。」

これを聞いて家康は、酒井重忠を一層大切に思ったとのことである。

(武野燭談)



595 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2017/02/06(月) 22:44:49.94 ID:tjUQOI5Q
>>592
>それでも判決は変わらず、今度は不正を言い立てたこの百姓を斬って捨てた。

さくざがしかる(物理)
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両人取り取りの政道である

2012年11月06日 19:59

220 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/11/05(月) 19:33:52.32 ID:gMarZj1v
三河柏崎の百姓たちが、とある紛争における判決の非公事(敗訴)を不当だと言い立てて裁判で争ったが、
しかし負けてしまった。
この時の町奉行は、あの本多作左衛門重次であった。

百姓たちは敗訴に納得せず、勝訴した側への作左衛門の依怙贔屓であるとして方々で悪口を吐き、
あまつさえ落書までしてこの裁判を誹謗した。

本多作左衛門はこれを聞いて、再びその裁判における公事人(裁判関係者)を呼び出し、
再吟味を行ったが、やはり同じ判決となった。

そこで作左衛門、今度は非公事を言い立てた百姓たちを、全員斬って捨てた。


それから暫くして酒井河内守重忠が、これとほぼ同じような訴訟の奉行となった。
非公事を言い立て敗訴した百姓たちが散々悪口を言っている、とのことを重忠は聞いて、
再び裁判関係者を全員呼び出した。

そこで忠重は全員に対して、その判決に至った理由を順を追って説明し、非公事を言い立てた
者達にも、その理を言い聞かせ、得心するように理由を説明した上で、悪口をした百姓も
そのままにさし赦した。


この両裁判のことを聞いた徳川家康は、本多、酒井を呼び出し両人がどうしてそのような
処分をしたのか理由を聞いた。

本多作左衛門は
「上を犯すものをそのまま差し置いていては、秩序の締りが無くなり悪事が募るものです。
ですので毅然としてそう申し付けました。」
と答えた。

酒井河内守重忠は
「この様な裁判で人を殺してしまえば、以後奉行人は必ず事あるごとに威を振るい、
驕りが出てしまうものです。」
と答えた。

まさしく両人取り取りの政道である。

(武野燭談)






221 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/11/05(月) 20:07:50.02 ID:4R9zL7AU
似た状況って言っても、具体的にはそれぞれ別のことだし、
本多作左と酒井重忠のどちらが正しということはないんだろうな。
それにしても百姓が好きな事を言って、一度はその言い分を聞いてもらえるって社会は、なかなか良い社会だな。


225 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/11/05(月) 22:03:40.58 ID:sIbB3lqJ

>>220
ものすごくざっくり見れば作左と兼続やってること一緒なんだな
やっぱそっちのタイプの人間だな


227 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/11/06(火) 04:40:04.06 ID:TerQt6Ow
隣にいる人がテンション高いと逆に冷静になるってパターンでは

虎姫観音由来

2012年04月29日 21:08

915 名前:人間七七四年[] 投稿日:2012/04/29(日) 03:54:30.71 ID:ATFqVyNA
虎姫観音由来

前橋城の西、利根川の流れが城につきあたったところ旧競輪場あたりをお虎が渕とよんでいた。

酒井 重忠の頃、城内にお虎というそれは美しいおなごがいた。
赤城山麓の農家の娘で、重忠が鷹狩りに出た際みそめられ、城に召された。
重忠はたいへん気に入って身近において世話をさせたが、
こうなると奥女中は嫉妬して、とんでもない悪だくみを実行した。
重忠のご飯椀の中に針を忍ばせ、給仕役のお虎はそのお膳を重忠の前に・・・・・・・
こうしてお虎は身に覚えのない罪をきせられ、蛇やムカデをつめた木箱に入れられ利根川の渕に沈められた。

その後、毎年秋には利根川は洪水になり本丸まで川底にしずんでしまった。
人々はお虎の怨念にちがいないと、お虎の霊をお虎稲荷大明神として祭った。
お堂の中には150cmほどの愛らしい観音様と水の神である弁財天を
右には幾重にもとぐろをまいたヘビがまつられており、
ぼけ封じのご利益もある。




916 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/04/29(日) 07:10:48.72 ID:PGTEv/YS
なんのひねりもないストレートな悪い話だなw

917 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/04/29(日) 13:50:43.62 ID:yJVimFpK
酒井家は前橋城だけでなく利根川の水害に悩まされ続けて代々転封を願い続けていたらしいが、
こんな逸話まであったのか