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勝成、一代の不覚

2014年10月02日 18:52

425 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/10/01(水) 20:38:13.25 ID:i9ZSPCrP
水野勝成が放浪していた壮年の頃、佐々成政の元に居た頃、佐々の家臣に阿波鳴門之助という壮士があった。
彼は度々戦功を成した者であり、その戦功を他人は『越すに越されぬ』という心でその名を付けたと言われた。

水野勝成はそれを聞いて大いに腹を立て、合戦の有る時に鳴門之助に対面して

「貴殿の名は越すに越されぬという心で名付けられたと聞き及びました。明日の合戦、
越せるか越せないか、私と貴殿とで先陣を争おうではありませんか!」

鳴門之助これを聞くと
「それは皆、そんなことを言っている者達の誤りです。私の名は祖父より受け継いだものであり、
貴公の言うような意味ではありません。その上貴公の武勇は比類無いものですから、私ごときが
先陣を争うなど、到底及びの付くことではありません。ですのでその事は、どうか御免下さるように。」

そう自らを下卑した。勝成はそれでも食い下がり、何度も先陣争いを求めたが、硬く辞したため
ついに「この上は」と諦めた。

その夜子の刻(午前0時頃)、鳴門之助は密かに勝成の陣屋に人を送り伺わせ、気が緩み
油断しているのを確認すると、そのまま単騎出陣し敵陣に馬を一文字に乗り入れ鑓を合わせた。

が、当然ながらたちまち多勢に取り巻かれ、数カ所の傷を受け、終に息切れて倒れた。
そこで敵兵が首を取ろうとした、まさにその時、佐々成政の総軍が押しかかった。
これにより敵も首を取らずに引き返し、鳴門之助は従者が肩に担いで自陣へと戻り、幸いにも
蘇生した。

すると鳴門之助は勝成の元へと使いを立てこう伝えた

『今日の合戦の先陣はきっと貴公であった事でしょう。』

勝成はこれに甚だ面目を失い、後年に成っても「あれはこの勝成、一代の不覚であった。」と
人に語っていたという。

(明良洪範)




426 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/10/01(水) 20:40:47.97 ID:9IR4zcwC
ろくでなしがいつものノリなのはともかくこの人もこの人で戦闘マシーンだったw

427 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/10/01(水) 20:57:47.30 ID:UwA7Wa/z
http://iiwarui.blog90.fc2.com/blog-entry-5514.html
同じ話だが出典は違うか

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水野勝成、佐々成政家臣・阿波鳴門之助に

2011年06月18日 00:00

681 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/06/17(金) 11:21:27.20 ID:kfM/wvlb
佐々成政の家臣に、阿波鳴門之助という者が居た。
この者たびたに戦功をなし、剛勇の士として有名であった。

ところでこの「阿波鳴門之助」という名前、どうも当時「越すに越されぬ阿波鳴門」という慣用句の
ようなものがあったらしく、世間では彼の名はここから、「武功で自分を越そうと思っても越すことは出来ない」
という意味を込めたものだ、とのもっぱらの噂であった。

さて、佐々成政が肥後を豊臣秀吉から拝領した頃、その秀吉の元を出奔した水野勝成佐々成政
ところに潜り込んでいた。ちなみに出奔の際勝成は、激怒した秀吉から刺客まで出されたらしい。
何をやったんだ勝成w

それはともかく、勝成は阿波鳴門之助の名のことを聞き小憎たらしく思い、ある合戦の折
わざわざ鳴門之助に対面してこう言い放った

「貴殿の名は越すに越されぬという意味で付けられたのだと聞く!
明日の合戦で越せるものか越せないものか、私と貴殿とで先陣争いをしたいと思うが
いかがか!?」

これを聞いて鳴門之助

「それはそういう事を申す者の誤りです。
私の名は祖父より引き継いだものであって、そんな意味はありません。
その上貴殿の武勇は比類のないもので、私ごときがあなたと先陣争いをするなど
思いも寄らないことです。只々そのことは御免候へ。」

とへりくだる。それでも勝成は先陣競争を再三要求したが、鳴門之助は固く拒否したため
「この上は致し方なし」と諦めた。
しかしこれを聞いた人々は、鳴門之助が勝成との勝負を逃げたと思い、皆彼を嘲った。

そうしてその夜子の刻(夜11時から1時ごろ)、鳴門之助は密かに人をやり勝成の陣屋を伺わせ、
彼の陣に動きがないことを確認すると、なんと、自分の手のものだけで敵陣に突撃!
槍を合わせる。

元より無謀である。最初こそ敵を混乱させたものの、やがて鳴門之助は多勢に取り囲まれ
数ヵ所傷を負い終に地面に突っ伏した。今まさに頚を取られようとする、その時、

敵陣の混乱を見た佐々成政の軍勢が押しよせた!

これに動揺した敵軍は撤退。おかげで鳴門之助は頚を取られすにすみ、重症を負ったが
従者の肩を借りて自陣まで戻った。

さて、鳴門之助はその日のうちに水野勝成のもとに使いを出した。
使いは勝成に鳴門之助の伝言を伝える。曰く

『今日の合戦の先登は、さだめて貴殿であったのでしょうね。』
(今日の先登は定めて貴殿にて候はん)

これに水野勝成は、全く面目を失ったという。

暴れん坊水野勝成阿波鳴門之助にしてやられる、と言うお話。(近古武談)


関連
水野勝成と阿波鳴門之介の小姓・清吉
http://iiwarui.blog90.fc2.com/blog-entry-5516.html


682 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/06/17(金) 11:32:36.18 ID:yHbt+zN7
阿波鳴門之助って、尼子十勇士じゃなかったっけ

683 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/06/17(金) 11:46:27.22 ID:yexxep6n
このての塙団右衛門みたいなタイプって全体の統率からするとえらい迷惑だよなあ

684 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/06/17(金) 12:09:30.00 ID:5519396i
>敵陣の混乱を見た佐々成政の軍勢が押しよせた!


こういうフットワークの軽さが場数を踏んでるってことなんだろうな。

685 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/06/17(金) 15:13:07.79 ID:OgEDkgFm
成政が後から来てくれるっていう信頼関係にあったんだろうかしら

686 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/06/17(金) 17:01:56.33 ID:YDL358eu
単騎突出してる奴を助けないと「勇者を見殺しにした」とか言われるし士気に関わるんじゃね?

687 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/06/17(金) 18:03:45.24 ID:op+AT8lC
鳴門之介の機略よりこれだけ恥かかされた勝成が腹切ってないのが不思議だ

688 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/06/17(金) 18:08:45.75 ID:MZ4vVsMu
おれはその後の鳴門さんの身が心配だw
天寿を全うできたのだろうか。
夜道で鬼日向が待ち伏せしてたりしてw

689 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/06/17(金) 18:39:10.87 ID:9PSGSm+4
>>687
恥じ入ったとしても敵陣か味方の陣に斬り込むタイプで
間違っても大人しく腹切るタマじゃあるまい

690 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/06/17(金) 19:11:31.50 ID:kMDFpmbb
>>689
ngmsさんなら、頭をまた丸めてるんだろうか

691 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/06/17(金) 19:44:27.74 ID:8JqDsTia
>>682
慣用句由来だとしたら全国に無数の阿波鳴門之助がいたのかもしれん。

692 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/06/17(金) 21:08:32.52 ID:I56A6vog
あれが最後の阿波鳴門之助とは思えない。人々が争い続ける限り第二第三の……

695 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/06/17(金) 23:32:20.27 ID:wpG6V92s
つか、この時代はまだ腹を切るって感覚はないんじゃね?
むしろ無茶な突撃で華々しく討死するって感じだろうね~

696 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/06/17(金) 23:40:12.55 ID:gtnk8HD3
そんなことないよ