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願うところの幸いに候

2017年09月28日 19:04

258 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2017/09/28(木) 18:02:08.18 ID:hprxhZ3H
大阪夏の陣の折、青山伯耆守(忠俊)の備えは敵を真向に受け非常な激戦を繰り広げたが、
伯耆守は青山組の侍に向かって叫んだ

「願うところの幸いに候!何れも悪びれたりするな、誰も誰も、今日を討ち死にと思い定めよ!」

しかし、これを聞いた野一色頼母が言い返した

「これは仰せとも思えない!他は知らないが、私は江戸を出る時から既に討ち死にと思い定めて
いるのだから、今日を限りの討ち死になどと存ずるまでもない!」

この一言に人々は勇気を励まし

「そうだ!頼母の言うとおりだ!」

と一同して勇んだ。野一色はその日、討ち死にを遂げた。

(士談)



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青山忠俊の諫言

2012年12月02日 19:03

593 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/12/02(日) 14:30:32.51 ID:DhGJv2v5
青山伯耆守忠俊は、三代将軍家光の老中であった。
ある時、将軍自ら美麗な印籠を求め、忠俊に「どうだ?中々見事なものだろう?」と、自慢げに見せた。

これを手にとった青山忠俊

「上様にはなんとなさる!!!」

激怒

「御祖父様(家康)は一生のうち、かような印籠を持たれたことはありませぬ!全て長門の黒塗りでありましたぞ!
そもそも印籠などというものは、薬が入れば用が足りるもの。上様のご治世未だ間もない折柄、かような華美なものを
ご自身が好まれれば、皆がこれに習いまする!!」

と、この印籠を庭石に向かって投げつけた!
それでも未だ怒りが収まらなかったか、そのまま庭に出てこれを足蹴にし踏み砕いた!
全て家光の目の前、他の家臣たちもいる前での出来事である。

当然ながら家光はこれに激怒し、即座に所領召し上げを命じたが、忠俊は「こんな事もあろうとは、かねてより覚悟!」
と、嫡男の宗俊を伴い、相模藤沢に蟄居した。

これに対し家光は
「罪をなしたのは忠俊であって、子息には何ら罪はない。従前通り出仕するよう」と、
宗俊に戻ってくるよう伝えたのだが、

「父が勘気を受けたのに、子供だけがどうして栄えられましょうか!」

そう言って出仕しようとはしなかった。

後に家光は大いに後悔し、忠俊に対して再三出仕するように命じたのだが、ついに出仕することはなく、
蟄居のまま一生を終えた。

青山忠俊、将軍の面目を丸つぶしにしてまでの諫言であった。
(駿江雑説弁)




594 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/12/02(日) 14:45:40.20 ID:u6VZGYqj
諫言はいいとして息子と家全体を巻き込むなよ・・・

597 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/12/02(日) 19:01:05.12 ID:VPBbHfJr
>>593
足蹴にして踏み砕くあたり単に蟄居する理由が欲しかっただけなんじゃ・・・
めんどくさいなあ

青山忠俊と知恵伊豆、記憶力について

2012年11月26日 19:58

498 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/11/26(月) 18:41:29.94 ID:VSIyx/om
聞いたこと見たこと、何であってもよく覚えて忘れないというのは、その身の徳であり、第一の宝である。
見ても覚えず、学問・講習の筋を習っても、忘れ果てては何の役に立つだろうか?
人と近付きになっても、一度ばかりではその名前も顔も覚えられない、という例は多い。
記憶力が強いというのは、人の羨むことである。

青山伯耆守忠俊は記憶力に非常に優れ、旗本・小身の輩まで、一度その名を聞きその顔を見れば
能く覚えて、再び会った時には、必ずその名を呼んで挨拶をした。
その様であったので青山も自分の物覚えの良さを自慢していたが、ある会合において、
一座のものから青山に
「真似ようとしても出来ないことだ。有り体に言って中々及ばないことです。」
と声をかけられると、青山これに対し

「だいたい物覚えなどというものは、努力次第でどうにか成る事ですよ。」
と言い出した。これを聞いて同席・末座の人々、口をそろえて
「稽古によって出来る事なら、是非習いたい!」と、その答えを所望すると、青山は笑いながら

「意地がキレイか、意地が汚いかという事です。」
という。一座の人々困惑し、「そう言われても、全く理解できない。」と言えば青山

「されば、である。あなた達も、御三家・国持大名などの顔名前はきっと覚えているでしょう?
しかし小身の者たちに対しては侮っているから、その名も知りません。
私は末々まで、人であることに替わりはないと、平等に考えているので、能く覚えるのです。」

この言葉に一座のもの、皆感じ入った様子であった。

と、この場の遙か末座に、未だ無官の、若き日の知恵伊豆、松平伊豆守信綱があった。
彼は一人、青山の答えに感心した様子も見せずに嘯いていた。

青山はこの信綱の様子をいち早く見て取り、彼の方を見て声をかけた
「どうした!そこに居る小癪仁はどう思うのか!?」

これに信綱、冷然と
「…私の考えとは違う了見です。感じ入る所までは行きませんね。」と言う。
青山「では、お主の考えを聞きたい!」と、信綱の話を聞く姿勢を見せる。
すると信綱、少し進み出て

「太陽・月の事はきっと知っておられるでしょう。では、その他の星の名、星座の名など、
それをすべて覚えていらっしゃいますか?」

青山はこれを聞くと「どうやってすべての星の名を究め知ることが出来るだろうか?
天文の家であっても、細かな星は粟三斗分の数ほどもあると言っているが、それでも尚
具体的な数はわからないのだ。そうであるものを、どうしてその名を知ることが出来るだろうか?

この答えに信綱

「さて、あなたもそうお考えになりますね。
例えば、私のような愚かなものであっても、御三家は勿論、国取り大名も数が少ないので、
日月・五星・二十八宿と同じように、覚えるのが楽です。

しかし小身の衆は天の星の数よりも多いほどですので、どうして覚えられるでしょうか?
伯耆守殿のように、生まれつき記憶力の良い人には、そういったものも覚えられるのでしょう。
あなたがどう申されても、自分の意地の清濁とは関係ないことです。」

これには流石の青山伯耆守忠俊も閉口してしまったそうである。

ちなみに、物覚えには少しはコツがあるらしいよ!(物を覚ゆるは少しは傅も有る事とか)
(武野燭談)

青山忠俊と知恵伊豆の、記憶力についてのお話。





499 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/11/26(月) 20:55:34.56 ID:luN+5ubm
伊豆守に聞いた青山が悪かったなw

500 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/11/26(月) 21:16:46.67 ID:A9QZagF9
>私は末々まで、人であることに替わりはないと、平等に考えているので

江戸時代にこんな奴いる訳ないだろうが

501 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/11/26(月) 21:21:01.19 ID:VSIyx/om
>>500
ちなみに原文

『我等は末々までも人に替りなき處を考へて、平等に存ずる故に能く覚え候』

武野燭談は宝永6年(1709)成立

502 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/11/26(月) 21:25:32.97 ID:T7w6fXkL
http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/772575/21
の53p見たらそのまんま書いてある

503 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/11/26(月) 21:33:57.24 ID:Z47zLL3B
人類皆平等的なのは実際にはともかく宗教ではよくある表現だし
表現としてはそうおかしくないんでないの

504 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/11/26(月) 21:54:09.00 ID:luN+5ubm
平等とか公平観は江戸時代にあった。最近読んだ東遊雑記にも出てきてた

505 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/11/26(月) 21:59:08.26 ID:MtgoaPV4
差別は許さん 大名、小名、旗本を、俺は見下さん!すべて…平等に価値がない!
口で焼き味噌垂れる前と後に権現様と言え!

こうですか?

506 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/11/26(月) 22:34:59.64 ID:fv8Yc8Y/
家光乙

507 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/11/26(月) 23:33:23.45 ID:/sxQ+pTx
※但しイケメンはのぞく

508 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/11/27(火) 00:54:18.38 ID:/cGhAlBG
本音と建前を忘れちゃいかんよ
人類平等という思想と社会秩序のための階級格差は別なのだ

「あぁ宗俊よ、今一つ命じる」

2011年09月27日 22:26

814 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/09/27(火) 21:11:04.01 ID:SfoeI6Uk
青山忠俊徳川家光の守役であったが、家光が成長してからも直言を繰り返し、ついに改易・配流となった。
のちに家光は己の行いを後悔し、忠俊を呼び戻したが、忠俊はこれを断った。
http://iiwarui.blog90.fc2.com/blog-entry-4666.html

それに代わって、忠俊に連座して蟄居した者たちが再出仕を許された。特に嫡男の宗俊は、父譲りの実直さを
認められ、書院番・大番頭と昇進を重ねていった。
青山家が再び家光の信頼を得たのを見届けた忠俊は、配所で66年の生涯を閉じた。



それから何年か後、青山因幡守宗俊は、将軍家光の呼び出しを受けた。
「お前の所領3千石に、信州小諸2万7千石を加えて、3万石とする。」
「ははーっ!有難き幸せにございまする!」

「お前の父は、わしの幼き時より犬馬の労をいとわず尽くしてくれた。しかし若き日のわしには、
その事が分からず、良き忠臣を配所で死なせてしまった。その事、未だに悔やまれてならぬ。
ここに青山家を大名に復す。宗俊よ、忠俊がわしに仕えたのと同様に、竹千代(家綱)に仕えよ。」

「ははっ!・・・亡き父も・・・さぞや・・・・・・」
眼からあふれるものを平伏して隠し、ようやく落ち着いて退出しようとする宗俊に、再び家光が声をかけた。

「あぁ宗俊よ、今一つ命じる!お前はこれより下城した後は、どこにも立ち寄ってはならぬ。
まっすぐに帰宅して忠俊の位牌に、この事を伝えるのだ。良いな、頼んだぞ。」

宗俊は、もはや涙を隠すこともなく退出した。(榊原日記他より)




815 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/09/27(火) 23:45:01.95 ID:syAC0ltj
君子豹変か
家光=DQNというイメージだったけど少し修正w

820 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/09/28(水) 00:46:22.43 ID:Ye6uONLy
>>814
いい話なんだけど、どうせなら元通りの五万石にしてやればいいのにと思ったw

821 名前:人間七七四年[] 投稿日:2011/09/28(水) 01:40:57.61 ID:BnJeMsMb
>>814
>「宗俊よ、忠俊がわしに仕えたのと同様に、竹千代(家綱)に仕えよ。」

「蟄居になって配所で死ね」って意味ですか?

827 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/09/28(水) 05:45:00.34 ID:zfcktFr6
>>814
改易の原因の半分は春日局の讒言を家光が真に受けたからなんだよな

828 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/09/28(水) 13:27:59.68 ID:pC8wEAvU
>>827
井上正就が殺された事件も春日が絡んでなかったっけ?

830 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/09/28(水) 19:06:35.42 ID:kWXCF/D3
春日局オソロシス

833 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/09/28(水) 22:18:37.48 ID:VoH0GepN
>>828
井上正就の子息と鳥居成次(徳川忠長の家老)の娘の縁談を春日局が持ってきたため、
もともとの縁談を正就が取り消したところ、仲介役だった豊島信満が面目を潰されたことを
怒り、正就は殺されてしまう。という流れだったはず。