『蜻蛉不留(とんぼとまらず)』

2015年03月20日 18:41

755 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2015/03/19(木) 21:48:56.97 ID:Xlo9luNo
『蜻蛉不留(とんぼとまらず)』

中村一氏の家臣に、飯田新右衛門正国という剛勇の侍があった。
この人の父は越後守正義といい、父子共に一氏に仕えて度々の戦功を現した。

一氏は長男が誕生した時、この飯田正国を命名親として、幼名を一角とつけさせたほど、
正国を信任していた。

その頃、豊臣秀吉は正宗作の鑓を秘蔵し、これを「蜻蛉不留」と名づけた。
それは、ある時この槍の先に蜻蛉が止まると、たちまち二つに断たれ地に落ちたという事から、
天晴天下の名器なりと名付けられたものであった。
そして紀州根来退治の時、一氏の軍功に、秀吉より「わが秘蔵の鑓であるが汝に与える」と
下賜したのである。

一氏の嫡男一角が元服して一忠と名乗った時、この槍も一氏より譲られた。
しかし一忠は
「飯田新右衛門は、私が幼少の頃より武芸の指南をし。万事忠勤を尽くしています。
ですのでこの蜻蛉不留の鑓は、新右衛門に与えたいと思います。」と言った。

一氏も尤もだと思ったが、秀吉に一度伺いを立ててからでないと後日の咎もも測りがたいと思い、
その旨お伺いを立てると
「あの新右衛門か!彼は先年小田原討ち入りの時、二子山にて数ヶ所の敵の篝火を消した男だ。
その時の働き比類なかった。あの鑓は天下に二つ無きものだが、あの男が持つ事に
少しも仔細はない。

ただし、あれは鹿の腹籠の革で鞘を作っているのだが、他に同じものがあっては新右衛門の面目にも
係るであろう。であれば、今後天下に触れて、鹿の腹籠の革で鑓の鞘を作ることを禁止する!」

そう言って飯田新右衛門に与えることを許可した。この事は彼の評判を更に輝かせた。

時に、福島正則の家臣に可児才蔵という者があった、彼も名高き鑓の名人であったのだが、
飯田新右衛門が天下無双の鑓を賜ったと聞くと激しく怒り
「この才蔵を差し置いて新右衛門に天下の鑓を与えるというのは心得がたい!一度新右衛門と
鑓の試合をなし、何れが優れているか世の人に知らせ、かの鑓は私が奪い取る!」
そう人々に吹聴していた。

そしてある時、箱根の山中で偶然にもこの二人が鉢合わせと成った。
可児才蔵は言った「良い折りだ、私と試合をして腕前を試そう!よろしいか?私が勝てばその鑓申し受ける!」
これに飯田新右衛門「言うに及ばず!」と両人鑓を取って突き合う。
一時ばかりの間に、才蔵は三ヶ所、新右衛門は四ヶ所を負傷したが、勝負はついに決せず、
互いに再開を約し物別れと成った。
この事も、正国の名をさらに高くしたという。

(刀剣談)



756 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2015/03/20(金) 02:26:54.07 ID:CQ3hmjb2
また蜻蛉が切られてしまったのか

757 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2015/03/20(金) 09:20:24.00 ID:tR6y122d
可児才蔵って何で自信過剰だったんだろう
主君から干されまくってるのに

758 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2015/03/20(金) 09:27:42.27 ID:3QC19a9C
試合形式だと宝蔵院の方が強そう

759 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2015/03/20(金) 09:56:35.68 ID:bS4Zoia5
日本号の時は何もしてないのにな

760 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2015/03/20(金) 15:12:52.01 ID:2aJzZiA7
正宗の時代に槍・・・あ(察し)

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