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<title>戦国ちょっといい話・悪い話まとめ</title>
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<description>２ちゃんねる戦国時代板、「戦国ちょっといい話」 「戦国ちょっと悪い話」スレのまとめサイトです。戦国時代板　 http://gimpo.2ch.net/sengoku/</description>
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<title>上州厩橋城の不思議な一軍</title>
<description> 381 名前：人間七七四年[sage] 投稿日：2010/02/09(火) 13:25:32 ID:JSt2VNvd&gt;318の狸の話を仕入れてきました。悪い話ではないのでいい話スレに投下しておきます。723 名前：人間七七四年[sage] 投稿日：2010/02/09(火) 13:26:28 ID:JSt2VNvd上杉謙信が関東攻略の拠点とした上州厩橋城。この城に北条、武田の連合軍が攻め寄せた。謙信も懸命に防戦するが、夜になっても攻撃は続き、城下の街は焼き払われ、城門をも打ち破られてしま
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<![CDATA[ 381 名前：人間七七四年[sage] 投稿日：2010/02/09(火) 13:25:32 ID:JSt2VNvd<br /><a href="http://iiwarui.blog90.fc2.com/blog-entry-3608.html" target="_blank" title="&gt;318の狸の話">>318の狸の話</a>を仕入れてきました。<br />悪い話ではないのでいい話スレに投下しておきます。<br /><br />723 名前：人間七七四年[sage] 投稿日：2010/02/09(火) 13:26:28 ID:JSt2VNvd<br />上杉謙信が関東攻略の拠点とした上州厩橋城。<br />この城に北条、武田の連合軍が攻め寄せた。<br />謙信も懸命に防戦するが、夜になっても攻撃は続き、城下の街は焼き払われ、城門をも打ち破られてしまう。<br />さぁ城内へ北条軍が雪崩込もうか、という時、城の一角から敵味方誰にも見覚えのない不思議な一軍が現れ、<br />手に手に松明を翳して北条勢の只中に切り込んでいった。<br /><br />この見知らぬ軍勢の勢いに乗じて城方は反撃に出た為、流石の北条、武田連合軍も敗走してしまった。<br />上杉軍は追撃をしようと意気が上がるが、謙信は「逃げたと見せかけて伏兵を置いてる危険がある」と追撃を禁止した。<br /><br />翌朝、もっとも激しい戦いが行われていた城門の辺りを見ると、そこかしこにおびただしい獣の毛が散らばっている。<br />「さても怪しきこと」<br />一同で不思議がっていると、近くの草むらから一匹の獣が発見された。<br />なんと、びっくりするほど大きな狸が甲冑を着て蹲っているのだ。手と言い、足と言い、身体中傷がない所はないという有様で、<br />息も絶え絶えの様子であった。<br /><br />一人の武士が狸に走り寄ると、狸は「私は古くからこの城に棲んでいる狸です」と人の声で話し始める。<br />昔から将兵達にも見知られており、あたかも城で飼われているようであった。<br />その恩ある将兵達が昨夜の戦いで苦しみ、落城してしまうかも知れない。<br />獣の身ながらこの事態を傍観している事は出来なかったのだ。そこで多数の兵士がいるかのように変化し、力の尽きるまで戦い抜いた。<br />ご覧の通り傷は深く、もう長くは生きられまいが、この城を守りぬけたのは本望である。<br />そう語り終えた後、大狸は静かに息を引き取ったと言う。<br /><br /><br />永禄年間となっているようで、その時期に北条武田連合軍が厩橋城に攻め寄せたのは永禄六年かな？<br />「関八州古戦録」ではその場に謙信はおらず、<br />北条山城守が防戦の指揮を取った事になってる戦ですね。謙信の援軍が沼田に着いたと聞いて<br />連合軍は引き上げたようです。<br /><br />ちなみにこの大狸はココで死んでしまいますが、ラスボスの関東仕置きの際にも厩橋城には狸軍が出現しているとの事。<br />石垣の上にずらりと並んだ軍勢が石飛礫で北国軍を悩ませたんですが、蟇目の矢を射られると綺麗さっぱり掻き消えてしまったとか。<br />落城後の厩橋城では「茂林寺の分福茶釜狸が援軍に駆けつけたのだろう」と噂したとか。<br /><br /><br /><hr size="1" /><br />724 名前：人間七七四年[sage] 投稿日：2010/02/09(火) 13:39:43 ID:LjEqBp+K<br />この秀吉の仕置きに歯向かうとはさても憎い狸よ<br />狸を殲滅せよ<br /><br />とかオチがつかなくてよかった<br /><br />725 名前：人間七七四年[sage] 投稿日：2010/02/09(火) 13:47:01 ID:1iobDkjq<br />いい狸だな。<br /><br />狸だらけの国、関東だから家康の経略がうまくいったのか。<br /><br /><br />726 名前：人間七七四年[sage] 投稿日：2010/02/09(火) 13:51:56 ID:k2SfLWUd<br />狸を殲滅せよ！<br />ほらそこにいるではないか！！<br />そこの人に化けた狸を討て！！！<br /><br />とだな<br /><br />727 名前：人間七七四年[sage] 投稿日：2010/02/09(火) 16:03:10 ID:QB90/Ut7<br />野々村真が声優をやる訳だな<br /><br />728 名前：人間七七四年[sage] 投稿日：2010/02/09(火) 16:58:27 ID:W95o+9JV<br />動物が健気にも人に尽くすタイプの話は駄目だ・・・<br />仕事中なのに、泣きそうじゃないか<br /><br /><br />730 名前：人間七七四年[sage] 投稿日：2010/02/09(火) 17:16:13 ID:hyrZmAaj<br />ここの狸は厩橋城が火事の時にも助けに来たんだぜ。<br /><br />731 名前：人間七七四年[sage] 投稿日：2010/02/09(火) 19:34:18 ID:IhlBMWx0<br />何という義理堅い狸・・・・<br />人間が裏切りまくりの時代だというのに<br /><br />732 名前：人間七七四年[sage] 投稿日：2010/02/09(火) 20:06:06 ID:Nc5QoP6P<br />狸って奴は日露の戦争にも出征したって話があるし意外と郷土愛があるんかね<br /><br />733 名前：人間七七四年[sage] 投稿日：2010/02/09(火) 20:21:48 ID:z/RHotmC<br />だから人間も獲らず皮算用だけで済ませた、と。<br /><br />734 名前：人間七七四年[sage] 投稿日：2010/02/09(火) 20:59:39 ID:M4QsFxhc<br />大東亜戦争ではどうだったんだろうか。<br /><br /><br />735 名前：人間七七四年[sage] 投稿日：2010/02/09(火) 21:01:13 ID:578llGqm<br />狸だけに他を抜く軍功を挙げたわけだな。<br /><br />736 名前：人間七七四年[sage] 投稿日：2010/02/09(火) 21:23:39 ID:mc2KAfeB<br />俺の知ってるタヌキはバアサン殺して鍋にして食ってたぞ。<br />まあ、俺の婆さんはタヌキ殺して鍋にして食ってたが…。<br /><br />737 名前：人間七七四年[sage] 投稿日：2010/02/09(火) 21:26:24 ID:Lqcl8lbK<br />泥船に乗って沈んだんじゃなかったっけ？<br /><br />738 名前：人間七七四年[sage] 投稿日：2010/02/09(火) 21:33:37 ID:SyRkC80+<br />>>736<br />あれはタヌキ鍋ではなく正確にはアナグマ鍋な。<br />タヌキは臭くて食えたものではないというのがひとつ、<br />それから、昔は地方によって『タヌキ』と呼ばれた生き物が異なっていたらしい。<br />必ずしも現在の動物学で言う『タヌキ』とはイコールでないってさ。<br /><br />だから>>723の言う『狸』も<br />今で言うアナグマの可能性はあるね。<br /><br />739 名前：人間七七四年[sage] 投稿日：2010/02/09(火) 21:39:05 ID:vonjJcBJ<br />>>735みたいな人物が気の利いた和歌詠んで<br />処罰を免れたり加増されたりするんだろうなｗ<br /><br /> ]]>
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<dc:subject>上杉謙信</dc:subject>
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<title>足利義輝、激怒する</title>
<description> 374 名前：人間七七四年[sage] 投稿日：2010/02/09(火) 02:03:41 ID:JbK359LW足利義輝、激怒する永禄年間のこと、ある相論が政所沙汰によって処理され、政所の長官伊勢貞孝がこれを裁定したことがあった。敗訴した側が将軍足利義輝に泣きついたために、義輝は政所沙汰の過程を調査しようとする動きを見せたが、それに対し松永久秀が噛み付いた。久秀が言うには「義輝の行為は政所沙汰の裁決を改変しようとする意図のものであり、そ
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<![CDATA[ 374 名前：人間七七四年[sage] 投稿日：2010/02/09(火) 02:03:41 ID:JbK359LW<br />足利義輝、激怒する<br /><br />永禄年間のこと、ある相論が政所沙汰によって処理され、政所の長官<br />伊勢貞孝がこれを裁定したことがあった。<br />敗訴した側が将軍足利義輝に泣きついたために、義輝は政所沙汰の<br />過程を調査しようとする動きを見せたが、それに対し松永久秀が噛み付いた。<br /><br />久秀が言うには「義輝の行為は政所沙汰の裁決を改変しようとする意図のものであり、<br />そのようなことは伊勢貞孝の面目を失わせるものであるから、容認はできない」<br />ということだった。<br />（伊勢氏は三好長慶入京以来、三好氏と緊密な関係を築いており、貞孝は義輝の朽木敗走へ随行していない）<br />これに対して義輝は、沙汰の改変という意図はないと弁明したものの、やはり久秀の回答は同じだったため、<br />ついに義輝も激怒。<br /><br />「少ひつ、よきやうにいたし候え（弾正、好きなようにするがいいわ！）」と「あらあらと」言うに至ってしまった（「蜷川家文書」774）。<br /><br />さらに、上野信孝などといった義輝の近臣たちも久秀を批判しており、結局久秀は裁定の改変は拒否したものの、<br />判決に至るまでの経緯の調査については、譲歩を示すという形で決着を見たとのこと。<br />積極的に独自の活動を行おうとする義輝とそれを掣肘しようとする三好氏（松永久秀）の図だが、結局両者の関係は<br />将軍殺害という形にいきついたのだった、という話。<br /><br /><br /><hr size="1" /><br />375 名前：人間七七四年[sage] 投稿日：2010/02/09(火) 03:52:21 ID:VzTu9/4Q<br />>>374<br />伊勢貞孝はこの後三好、松永とも関係を悪化させて、失脚、最終的に<br />滅ぼされて、幕府政所の伊勢氏支配を終焉させることになるが…<br /><br />幕府の京都行政の中心である政所が実質的に解体されたのは、<br />義輝に取ってよかったのかどうか、考えどころだなあ。<br /><br /><br />376 名前：人間七七四年[sage] 投稿日：2010/02/09(火) 09:34:24 ID:CJ1k701r<br />>>376<br />実はこれが契機になって後北条が上方との繋がりを決定的に絶たれ<br />後年の滅亡の布石を作ったってトンデモ説見たなあ<br />面白いけど<br /><br /> ]]>
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<dc:subject>足利義輝</dc:subject>
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<title>落書と蘆名盛氏</title>
<description> 382 名前：人間七七四年[sage] 投稿日：2010/02/09(火) 16:49:08 ID:VzTu9/4Q会津蘆名氏の最盛期を築いた、蘆名盛氏の時代耶麻郡藍川の城主は、七ノ宮自然斎と言った。この自然斎、盛氏に非常に重用されていたのだが、それにはこんな事があった。その頃は朝夕と無く兵乱が起こり、地下にはその度に軍役がかかった上、しばしば課役も無理強いされた。しかしそのような庶民の苦しみを上に伝える者も無く、蘆名氏の居城、黒川城下には
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<![CDATA[ 382 名前：人間七七四年[sage] 投稿日：2010/02/09(火) 16:49:08 ID:VzTu9/4Q<br />会津蘆名氏の最盛期を築いた、蘆名盛氏の時代<br /><br />耶麻郡藍川の城主は、七ノ宮自然斎と言った。<br />この自然斎、盛氏に非常に重用されていたのだが、それにはこんな事があった。<br /><br />その頃は朝夕と無く兵乱が起こり、地下にはその度に軍役がかかった上、<br />しばしば課役も無理強いされた。<br />しかしそのような庶民の苦しみを上に伝える者も無く、蘆名氏の居城、黒川城下には<br /><br />『天寧寺　河原の石は大和殿　町の小役は或人が取る』<br /><br />と言う落書が広まった。この大和殿と言うのは蘆名家家臣佐瀬大和守の事で、<br />彼は泉水の数寄で、天寧寺河原から怪石を探し出しては、大勢の人夫を雇って<br />自分の庭園に集めていた。<br />ちなみに彼の庭に集めた怪石は、江戸時代までその跡を見ることが出きたそうだ。<br /><br />そして「或人」とは当然、蘆名盛氏その人の事である。<br /><br />この落書の事も、盛氏の耳に入れる者はいなかったが、ただ自然斎一人が、<br />ありのままに盛氏に語ったのだそうだ。<br /><br /><br />またある時のこと、<br />盛氏が黒川城下に立った市に集まる商品を買取ったが、この時その価格を無理に下げさせ、<br />半額だけしか支払いをしなかった（こういう買い手による無理な買い叩きは、この時代<br />珍しくなかったそうだ）<br /><br />これにもさっそく落書が出る<br /><br />『市町に　半を買いぬるむりうじは　外の聞こえをあしなとぞ思ふ』<br /><br />これも自然斎ただ一人だけが、ありのままに報告した。<br />このようであったので、盛氏は七ノ宮自然斎を非常に信用した、というのである。<br /><br /><br />まあいい話なんですが、英主と呼ばれたほどの盛氏ですら、地下からの批判を<br />きちんと報告するものが一人しかいないと言うのは、大名と言うのも大変な環境に居るんだな、<br />と思ったので、こっちに。<br /><br /><br /><hr size="1" /><br />383 名前：人間七七四年[sage] 投稿日：2010/02/09(火) 19:30:31 ID:qJH5RVNB<br />父親の盛舜の頃の方が治世は安定していたとかいう話も聞くね<br /><br />384 名前：人間七七四年[sage] 投稿日：2010/02/09(火) 22:20:50 ID:x6RxW8xi<br />>>383<br />盛氏の時、全盛期だけど、無理な戦を繰り返して疲弊していて、滅びる時はあっと言う間だったらしい<br /><br />385 名前：人間七七四年[sage] 投稿日：2010/02/09(火) 22:34:43 ID:7vAhELt+<br />武田家がもっとも拡大したのは武田勝頼の代<br />山口がもっとも繁栄したのは大内義隆の代<br /><br />>>384<br />盛氏の積極策で溜った歪みがその死で一気に噴き出したような…<br /><br />386 名前：人間七七四年[sage] 投稿日：2010/02/09(火) 22:43:42 ID:ISphlmc7<br />蘆名は後継者が若死にしすぎだろう…<br /><br />387 名前：人間七七四年[sage] 投稿日：2010/02/09(火) 23:22:53 ID:9hnEjf4g<br />盛氏時代以降は正直外交策も失敗ばっかりだったからなぁ<br />その失敗が内部の分裂まで招くわけで<br /><br />決定打は反上杉親北条路線で上杉のお家騒動に介入した辺りだろうな<br />これで伊達を継いで早々と新発田支援を取りやめた政宗とも仲が悪くなった<br />上杉なんて全く会津方面に目が向いてなかったんだから、ほっておけばいいのに<br /><br />388 名前：人間七七四年[sage] 投稿日：2010/02/09(火) 23:39:04 ID:VzTu9/4Q<br />>>387<br />上杉は佐竹を援助していたからね。<br />上杉が弱ればその分蘆名が敵対している佐竹も弱る。<br /><br />上杉との敵対も北条への接近も、全部佐竹との対立から出たもの。<br /><br /> ]]>
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<dc:subject>蘆名盛氏</dc:subject>
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<title>芭蕉、光秀の妻を詠む</title>
<description> 712 名前：人間七七四年[] 投稿日：2010/02/07(日) 21:31:28 ID:HUndgckH「月さびよ 明智が妻の 咄（はな）しせむ」　・・芭蕉（趣のある月明かりのもと、明智の妻の話をしよう。　あなたの心遣いが、報いられますように）芭蕉が伊勢参詣のため、門下の又玄の家に泊まりました。又玄は神職間の勢力争いに負け、貧窮にありましたがけなげなその妻のまかないに感動し、歌を贈ったそうです。【明智の妻】連歌会という、食事しながら兵
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<![CDATA[ 712 名前：人間七七四年[] 投稿日：2010/02/07(日) 21:31:28 ID:HUndgckH<br />「月さびよ 明智が妻の 咄（はな）しせむ」　・・芭蕉<br /><br />（趣のある月明かりのもと、明智の妻の話をしよう。<br />　あなたの心遣いが、報いられますように）<br /><br />芭蕉が伊勢参詣のため、門下の又玄の家に泊まりました。<br />又玄は神職間の勢力争いに負け、貧窮にありましたが<br />けなげなその妻のまかないに感動し、歌を贈ったそうです。<br /><br />【明智の妻】<br />連歌会という、食事しながら兵法や合戦を語る会がありました。<br />当時の光秀には、ホスト番の費用が工面できず、気落ちしていました。<br />ところが妻が密かに髪を売り、この費用を工面しました。<br />会の後、妻の髪を見た光秀は驚き、不憫に思い<br />「五十日以内に出世し、必ず玉の輿に乗せてやる」と誓ったそうです。<br /><br />やがて1572年、近江志賀郡坂本城主となります。<br />しかし1576年、妻煕子は病にかかり生涯を閉じます。<br /><br />月さびよ　あけちがつまの　はなしせむ ・・<br /><br /><br /><hr size="1" /><br />713 名前：人間七七四年[sage] 投稿日：2010/02/07(日) 23:15:15 ID:4re10Sdk<br />利休「下の句は…？」<br /><br />なるほど、これ芭蕉の句だったのか<br /><br />714 名前：人間七七四年[sage] 投稿日：2010/02/07(日) 23:20:41 ID:uzf0GZHg<br />うろ覚えだが、江戸の狂歌に<br /><br />「賢妻は　髪切る尻に　酒を買い」　ていう明智妻をパロった句があったな<br /><br />715 名前：人間七七四年[sage] 投稿日：2010/02/08(月) 14:29:36 ID:Hk77GJ/f<br />Ｏ・ヘンリーの「賢者の贈り物」みたいにはいかなかったんだね<br /><br />718 名前：人間七七四年[sage] 投稿日：2010/02/08(月) 18:48:01 ID:DZfGhAM6<br />新田義貞の墓がある福井の称念寺に浪人時代の明智光秀が訪れ、<br />江戸時代に称念寺を訪れた松尾芭蕉がその歌を詠んだという壮大な話。<br /><br /> ]]>
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<dc:subject>明智光秀</dc:subject>
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<title>島原の乱の一番乗りは？</title>
<description> 716 名前：人間七七四年[sage] 投稿日：2010/02/08(月) 17:26:17 ID:sZsLy9Cx島原の乱の話で勝成の事が出てたので、この話のその後のお話を一つhttp://iiwarui.blog90.fc2.com/blog-entry-2780.html上の話の最後にあるように水野家の軍は、城の本丸一番乗りを有馬康純と争ってた訳だけどでは、どちらが先に一番乗りであったのか？という訳で、これにはある逸話がある。当初、本丸一番乗りを果たしたのは、水野家の者達であったらし
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<![CDATA[ 716 名前：人間七七四年[sage] 投稿日：2010/02/08(月) 17:26:17 ID:sZsLy9Cx<br />島原の乱の話で<br />勝成の事が出てたので、この話のその後のお話を一つ<br /><a href="http://iiwarui.blog90.fc2.com/blog-entry-2780.html" target="_blank" title="http://iiwarui.blog90.fc2.com/blog-entry-2780.html">http://iiwarui.blog90.fc2.com/blog-entry-2780.html</a><br /><br />上の話の最後にあるように<br />水野家の軍は、城の本丸一番乗りを有馬康純と争ってた訳だけど<br />では、どちらが先に一番乗りであったのか？<br />という訳で、これにはある逸話がある。<br /><br /><br />当初、本丸一番乗りを果たしたのは、水野家の者達であったらしいのだが<br />ここで待ったをかけたのは、有馬家の者達<br />そう、こちらも別方面から攻めて、本丸に来ていたのだ。<br /><br />有馬家の方は、大将自ら本丸に来ており<br />有馬康純は自ら周りの兵士達に｢俺が一番乗り｣と言い<br />その場でアピールをした。<br /><br />これには水野家の方でも譲らず<br /><br />｢何が一番だ、俺たちはもう既に旗も立ててる<br />お前達が自ら二番目を認めるなら、ここに登ってきても良いぜw｣<br /><br />と煽り口調で家中の者達が反論。<br /><br />そう既に水野家の方では、兵士達が本丸に旗を立ててアピールし<br />｢俺たちが一番乗り｣を印象づけていたのだ。<br /><br />有馬家の方では、それを見たうえでこう反論した。<br /><br />｢おまえ達の大将はまだ下の陣にいるじゃん<br />俺たちの大将は今この本丸にいる。<br />だから、おまえ達は二番乗りだ｣<br /><br />こう言い、さらには、なんと大将の康純自ら<br />｢美作守（勝俊）は何処にいるんだ？｣と<br />水野家家中に尋ねて、この場にいないことを知ると<br />｢じゃあ俺より後じゃないか｣<br />と言い、なんとその場にずっと居座ったw<br /><br />勿論、まだ戦が完全に終わった訳じゃないので<br />有馬の家中の方々は必死になってその場で守るような状況に。<br />鉄砲を前に並べて、鉄の盾を構えて朝まで必死にガードw<br /><br />717 名前：人間七七四年[sage] 投稿日：2010/02/08(月) 17:28:42 ID:sZsLy9Cx<br />それから、次の日になって<br />ようやくその場に、勝成の息子で<br />水野家の軍を指揮してた勝俊が到着。<br /><br />ここで本丸に居座った康純と、ようやく対面を果たすが、<br />勿論、勝俊は真っ先に、水野家が本丸一番乗りである事を反論する。<br />その場には、水野家一番乗りの証人でもある部下もいた。<br /><br />｢たとえ自分達大将が陣地にいても<br />軍法において、旗を最初に入れた者がいれば、一番なのは当然じゃないですか？<br />我々は力攻めで多くの犠牲が出てしまいましたが、<br />そのおかげで本丸一番乗りを果たしました。この事は誰にも譲りません｣<br />といい一歩も譲らなかったが<br /><br />康純の方は康純の方で<br />｢旗の前後なんか関係あるか、この場には俺が一番最初に乗りこんだんだ。<br />俺以外の将がその場に誰がいたか？｣<br />と、こちらも怒った口調で一歩も譲らない。<br /><br />これでは埒があかないので、そこで勝俊<br />｢今ここで争っては無益です。ですので、あとで戦に慣れた方に<br />どちらが一番乗りだったのか、決めてもらうのはどうでしょうか？｣と言うと<br /><br />途端に康純は打ち解けた様子になりw<br />その場で小姓を呼んで、そこでお茶を飲み、<br />一緒に来ていた勝俊の部下にも優しく言葉をかけ、<br />その場から去ったそうな。<br /><br />これには勝俊｢康純という方、並々ならぬ人だ｣と<br />康純、勝俊共に互いに褒めあったそうな。<br /><br /><br />大将だからこそ、一番乗りにこだわる康純さんと<br />一番槍好きで、癇癪持ちの勝成さんの息子なのに<br />妙に人間が出来てる、勝俊さんの対比が見えるのが何とも。<br /><br /><br /><hr size="1" /><br />719 名前：人間七七四年[sage] 投稿日：2010/02/08(月) 20:27:59 ID:Jv5ZJkpF<br />>>716-717<br />有馬康純さん、いかにも戦国の気風を残した武人って感じでいいですねーｗ<br />これだけアクが強いのに嫌味が無い。<br /><br />720 名前：人間七七四年[sage] 投稿日：2010/02/08(月) 21:39:50 ID:ny0NKRDI<br />めったに無い名を上げる機会なので皆必死なんだよな<br />参戦して無いはずの大名も「陣中見舞い」と称して人派遣して<br />そのまま居残りあわよくば家中の名を上げようと虎視眈々とチャンスを狙ってたとか<br /><br />721 名前：人間七七四年[sage] 投稿日：2010/02/08(月) 22:28:10 ID:Gjd+uPA1<br />有馬とか池田は別系統がいるから系譜がごっちゃになる<br /><br />722 名前：人間七七四年[sage] 投稿日：2010/02/09(火) 12:35:45 ID:Lv/mpRtt<br />有馬康純の嫁の親父が水野勝成の弟だね。<br />義理の従兄弟か<br /><br /><br />729 名前：人間七七四年[sage] 投稿日：2010/02/09(火) 17:14:25 ID:CBIOewsT<br />>>722<br />調べてみたら康純さん<br />女系とはいえ家康の玄孫なのか。<br />と言うことは、遠いながらも<br />こちらの方からも水野さんとは血縁関係。<br />あと本田忠勝の孫でもあるのね。<br /><br /> ]]>
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<dc:subject>有馬康純</dc:subject>
<dc:date>2010-02-09T00:05:49+09:00</dc:date>
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<title>解せぬ。理解できぬ。悩んだ末、上杉景勝は</title>
<description> 347 名前：1/2[sage] 投稿日：2010/02/07(日) 23:38:38 ID:d7x/amH0「………」解せぬ。理解できぬ。悩んだ末、上杉景勝は沼田城主・矢沢頼綱に書状を出した。＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝未だに上手く書き表せないが、書状を送る。まず、貴殿が紛争地帯の沼田に在城するのは仕方ない事である。問題は貴殿の主君、真田昌幸だ。彼奴は去年、上杉に臣従しておきながら、時を経ず
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<![CDATA[ 347 名前：1/2[sage] 投稿日：2010/02/07(日) 23:38:38 ID:d7x/amH0<br />「………」解せぬ。理解できぬ。悩んだ末、上杉景勝は沼田城主・矢沢頼綱に書状を出した。<br /><br />＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝<br />未だに上手く書き表せないが、書状を送る。<br />まず、貴殿が紛争地帯の沼田に在城するのは仕方ない事である。問題は貴殿の主君、真田昌幸だ。<br />彼奴は去年、上杉に臣従しておきながら、時を経ずして当方と疎遠になった。<br />何を考えているのか、疑わしい事この上ないと思ったほどだ。<br />（中略）<br />今後はこれまでの罪を赦し親密になるが、その関係に少しも支障があってはならない。<br />これらの趣旨を、そちらの家臣一同にも広く知らせるべきである。<br />詳しくは、使いの僧が申し上げる。　謹んで申す。<br /><br />天正十三年　七月十三日　景勝<br />＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝<br /><br />景勝の疑念をもっともと思ったか、昌幸はすぐさま人質として次男・源次郎（信繁）を送って来た。<br />これに応じた景勝は、徳川軍と対峙した昌幸に援軍を派遣。横腹に上杉軍をにらんだ徳川軍は<br />八月二日の一度しか上田城を本格的に攻めることが出来ず、十一月に撤退した。<br /><br />だが、昌幸はこの行動を「消極的に過ぎる」として不服を申し立て、上杉領に嫡男・信幸を送り、<br />放火するなど破壊活動を行なわせた。<br />「………！」さすがに怒った景勝は、天下人・秀吉に抗議した。翌年八月、秀吉から返事が来た。<br /><br />348 名前：2/2[sage] 投稿日：2010/02/07(日) 23:39:21 ID:d7x/amH0<br />＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝<br />（真田は）オモテウラのある卑怯者なので、成敗する事が決まった。そのために多分、徳川軍が動く<br />事になるだろうが、貴殿から絶対に（真田へ）援助してはならない。<br />（原文：表裏比興者に候間、成敗を加えらるべき旨仰せ出され候間、定めて家康人数相働くべく候<br />の条、其の方より一切見続ぎ等これあるまじき由候。）<br />＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝<br /><br />「………♪」喜んだ景勝だったが、わずか１ヶ月後、秀吉からこんな書状が届いた。<br /><br />＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝<br />（前略）<br />さて、真田昌幸の事だが、先の書状で申し渡した通り、卑怯者なので成敗する旨決定していたが、<br />とりあえずこのたびは中止にしておく。次いで関東他諸国の面々について、臣従したらすぐ取り次ぎ<br />命を伝えてほしい。<br />＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝<br /><br />「………？」わけが分からない。<br />しかも、なぜかまた真田が臣従して来たと思ったら、景勝が上洛しているスキに「景勝の命」と称して<br />春日山城から人質の信繁を連れ去り、大坂城へ送ってしまった。<br />激怒した景勝が秀吉に抗議すると、これまたなぜか、昌幸が直接秀吉に臣従する仲介を取らされ、<br />信幸が家康のもとに出仕することになっていた。<br /><br />「………？？？？？」<br />上杉中納言景勝が、真田安房守昌幸を理解することは、ついに無かったのではなかろうか。<br /><br /><br /><hr size="1" /><br />349 名前：人間七七四年[sage] 投稿日：2010/02/07(日) 23:43:21 ID:+RSGxV+g<br />遊泳術がすご過ぎるｗ<br />昌幸は一体どんな手管を使ったのだろうｗ<br /><br />350 名前：人間七七四年[sage] 投稿日：2010/02/07(日) 23:53:15 ID:tbHDwvTA<br />ちなみに真田による上田城築城に際し、景勝は配下にある信濃の土豪島津氏へ協力を命ずる書状を出している。<br />上杉方の対徳川最前線の事故に、他の信濃の豪族たちへもおそらく同じような命が下ったと思われるが…<br />その結果がこれだよ!!<br /><br />築城開始時期から勘案するに、徳川からも同じような助力を引き出していた可能性もあるとか。<br /><br />351 名前：人間七七四年[sage] 投稿日：2010/02/08(月) 01:14:40 ID:njejBhVm<br />これだから昌幸は…ｗｗ<br />俺が三成でも勝頼でも絶対に信用できないなあ<br /><br />352 名前：人間七七四年[sage] 投稿日：2010/02/08(月) 01:26:46 ID:Jv5ZJkpF<br />まあこういう煮ても焼いても食えない国人領主が、上手く状況にマッチすると<br />毛利元就みたいになれるんだけどね。<br /><br /><br />成功例は元就か宇喜多直家位だとも思うがｗ<br /><br />353 名前：人間七七四年[sage] 投稿日：2010/02/08(月) 01:31:42 ID:gLQmsSJ7<span class="aa"><br />　　　.　. .... ..: : :: :: ::: :::::: :::::::::::: : :::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::<br />　　　　　　　 Λ＿Λ . . . .: : : ::: : :: ::::::::: :::::::::::::::::::::::::::::<br />　　　　　 　/:彡ミ゛ヽ;）ー､　. . .: : : :::::: :::::::::::::::::::::::::::::::::<br />　　　　　 / :::/:: ヽ、ヽ、 ::i . .:: :.: ::: . :::::::::::::::::::::::::::::::::::::::<br />　　 　　 / :::/;;: 　 ヽ　ヽ ::ｌ　. :. :. .:: : :: :: :::::::: : ::::::::::::::::::<br />￣￣￣（_,ノ ￣￣￣ヽ､_ノ￣</span><br />これが他人ならまだしも、身内にも同じ事をやるんだから・・・<br />そりゃストレスで嫡男も早逝するっての・・・<br /><br />354 名前：人間七七四年[sage] 投稿日：2010/02/08(月) 04:21:28 ID:aGxu+sDF<br />周りの親族がもっとおとなしかったらあと３０年は長生き出来ただろうねぇ<br /><br />355 名前：人間七七四年[sage] 投稿日：2010/02/08(月) 08:09:18 ID:JU0Pimo5<br />こりゃ秀吉と昌幸はツーカーの仲だなｗ<br />秀吉もよくこんな表裏卑怯者をたらしこんだなぁ<br /><br />356 名前：人間七七四年[sage] 投稿日：2010/02/08(月) 08:46:27 ID:7ZT6Paj9<br />>>347<br />景勝殿は独り言でも声に出さないのですなあw<br /><br />357 名前：人間七七四年[sage] 投稿日：2010/02/08(月) 08:54:45 ID:8ml6w/f9<br />>>353<br />父と弟が迷惑かけなけりゃ明治ぐらいまで生きれたのに・・・<br /><br />358 名前：人間七七四年[sage] 投稿日：2010/02/08(月) 12:39:21 ID:c0uNAMJC<br />>>352<br />元就はこんな不誠実な人間ではない。<br />こういう生意気な人間が終わりを全うできるはずが無い。<br /><br />大国の伊達家は、チンピラでも実力があるから生き残ったけどね。<br /><br />359 名前：人間七七四年[sage] 投稿日：2010/02/08(月) 13:36:19 ID:njejBhVm<br />昌幸って地味に運がないよね<br />それを性格の悪さと頭の良さでカバーできるのがすごいんだけど<br /><br />360 名前：人間七七四年[sage] 投稿日：2010/02/08(月) 14:09:42 ID:hW3r5BcT<br />信州のド田舎じゃなくて、近畿や中国あたりだともうちょっとでかい大名になれたかもね。<br /><br />361 名前：人間七七四年[sage] 投稿日：2010/02/08(月) 14:12:40 ID:c0uNAMJC<br />>>359<br />山内一豊みたいに、実力相応の態度を示せばいいのに<br /><br />それを性格の悪さと頭の良さで自滅した。<br /><br /><br />362 名前：人間七七四年[sage] 投稿日：2010/02/08(月) 14:13:38 ID:kdr4DzNV<br />景勝は真面目な奴だなあ。<br /><br />370 名前：人間七七四年[sage] 投稿日：2010/02/08(月) 20:25:35 ID:RqgprEX3<br />>>355<br />秀吉の周りには似ても焼いても食えない腹黒いオッサンがわんさかいたからなあ<br /><br /> ]]>
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<dc:subject>真田昌幸</dc:subject>
<dc:date>2010-02-09T00:03:24+09:00</dc:date>
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<title>前田利家、老人が盛大にコケたときに</title>
<description> 363 名前：人間七七四年[sage] 投稿日：2010/02/08(月) 14:13:50 ID:KPDICvhh前田利家が筑前守だったころの話。ある日利家の屋敷に何某という老人の来客があった。ところがこの何某、利家の部屋に入る折に袴の裾を踏み、盛大にコケてしまったのである。これを見た利家の近習はﾌﾟｰｸｽｸｽと笑いまくった。しかし利家はこれにブチ切れ。「年とりゃ誰にでも起こりうることなのに笑うとは何事か。よっしゃ今笑った奴はクジ引け。当たりが
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<![CDATA[ 363 名前：人間七七四年[sage] 投稿日：2010/02/08(月) 14:13:50 ID:KPDICvhh<br />前田利家が筑前守だったころの話。<br /><br />ある日利家の屋敷に何某という老人の来客があった。<br />ところがこの何某、利家の部屋に入る折に袴の裾を踏み、盛大にコケてしまったのである。<br />これを見た利家の近習はﾌﾟｰｸｽｸｽと笑いまくった。<br />しかし利家はこれにブチ切れ。<br />「年とりゃ誰にでも起こりうることなのに笑うとは何事か。よっしゃ今笑った奴はクジ引け。当たりが出たらそいつは死刑」<br />と、いきなり死のクジ引きをおっぱじめるものだから、焦ったのは何某老人である。<br />自分が転んだくらいで人が死んではたまらんと、何とか利家をなだめすかし、近習たちは命拾いしたそうだ。<br /><br /><br /><hr size="1" /><br />364 名前：人間七七四年[sage] 投稿日：2010/02/08(月) 14:14:09 ID:c0uNAMJC<br />三国志の鍾会みたいなタイプ<br /><br />366 名前：人間七七四年[sage] 投稿日：2010/02/08(月) 17:18:13 ID:23/WWWt2<br />>>363<br />絶対に笑ってはいけない前田家<br />「○○、アウトー！」（人生の終わり的な意味で）<br /><br />367 名前：人間七七四年[sage] 投稿日：2010/02/08(月) 17:31:46 ID:JU0Pimo5<br />>>366<br />あの番組、そろそろネタ切れだから、<br />「絶対に笑ってはいけない○○家武士」やるかもよ<br /><br />368 名前：人間七七四年[sage] 投稿日：2010/02/08(月) 17:33:26 ID:Jv5ZJkpF<br />宴会の場で屁をこいた家臣を叱り飛ばしたら、逆恨みされて殺された千葉さんなんて人もｗ<br /><br />369 名前：人間七七四年[sage] 投稿日：2010/02/08(月) 19:18:41 ID:7ZT6Paj9<br />ヘイポー@千葉さん<br />浜田さん@屁こき侍<br />ですね<br /><br /> ]]>
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<dc:subject>前田利家</dc:subject>
<dc:date>2010-02-09T00:02:17+09:00</dc:date>
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<title>行動を起こしたのは家康の側室於奈津だった</title>
<description> 683 名前：人間七七四年[sage] 投稿日：2010/02/06(土) 21:44:43 ID:ByWezmar徳川家康は上杉景勝が関東を攻めると聞いて、関東に向かった。そして家康が近江水口まで来ると、水口城主の長束正家から使者がやって来て「食事をもてなしたいので是非来てください」と伝えてきた。しかし家康のスパイによると正家は石田三成と組んで家康を亡き者にしようとしているという。「うーむ、不味いな。寡兵の我々では水口城の兵とは戦えぬ…」
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<![CDATA[ 683 名前：人間七七四年[sage] 投稿日：2010/02/06(土) 21:44:43 ID:ByWezmar<br />徳川家康は上杉景勝が関東を攻めると聞いて、関東に向かった。<br />そして家康が近江水口まで来ると、水口城主の長束正家から使者<br />がやって来て「食事をもてなしたいので是非来てください」と伝えてきた。<br /><br />しかし家康のスパイによると正家は石田三成と組んで家康を亡き者に<br />しようとしているという。<br />「うーむ、不味いな。寡兵の我々では水口城の兵とは戦えぬ…」<br />「私に良い考えがあります」<br /><br />行動を起こしたのは家康の側室於奈津だった。<br />行動とは男装女装である。於奈津は自分の衣類を家康に<br />着せて女籠にのせると、自分は家康の陣笠、陣羽織をつけて<br />家康の代わりに馬に乗り、軍の先頭にたった。そして一向は<br />夜中に水口城下を走りぬけ、伊勢経由で三河にたどり着いた。<br /><br />「お前は危ないときにいつも身替わりとなってわしを救ってくれるな。<br />これからもわしの側を離れないでくれよ」<br />三河に着いた家康はそう言うと、於奈津に愛刀を授けた。<br /><br />そういうことがあったからか、於奈津は関ヶ原の戦いでも大坂の陣<br />でも家康の側にあっていつも男装であったといわれている。<br /><br /><br /><hr size="1" /><br />685 名前：人間七七四年[sage] 投稿日：2010/02/06(土) 22:03:08 ID:RyGm8wzq<br />うーん…関ヶ原の時は凛々しい娘だったかもしれないが、<br />大阪の時は男らしいオバハンに。。。<br /><br />686 名前：人間七七四年[sage] 投稿日：2010/02/06(土) 22:06:18 ID:sfU/cvhk<br />家康のふりができるってことは遠目にも恰幅の良い女だったんだろうな<br />当時はそれも美人の条件か<br /><br />687 名前：人間七七四年[sage] 投稿日：2010/02/06(土) 23:47:55 ID:n4ybctFM<br />家康のチョイスならなおさらだな<br />きっと安産型だろう<br /><br />690 名前：人間七七四年[sage] 投稿日：2010/02/07(日) 09:14:34 ID:KvrkWMsP<br />家康に似ていたとするとげんなりだが、狸娘と考えると萌えるな。<br /><br />691 名前：人間七七四年[sage] 投稿日：2010/02/07(日) 11:12:22 ID:pb+5C9RN<br />>>690<br />ああ、宮崎アニメにでっかい母ちゃんがいたよな<br /><br /> ]]>
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<dc:subject>於奈津の方</dc:subject>
<dc:date>2010-02-08T00:10:54+09:00</dc:date>
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<title>家光、立花宗茂に松平信綱の仕儀を問う</title>
<description> 694 名前：人間七七四年[] 投稿日：2010/02/07(日) 13:01:47 ID:pQKYcs4d家光と宗茂といえばこんな逸話もある。島原の乱に思いのほかに時間がかかってしまったというのが世間の評判。総指揮をとった松平信綱はhttp://iiwarui.blog90.fc2.com/blog-entry-3219.htmlこんな話で笑われているように百姓連中に手間取ったと中傷をされていた。当然そういった評判は将軍・家光の耳にも入る。生まれながらの将軍とはいえ大規模な戦闘ははじ
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<![CDATA[ 694 名前：人間七七四年[] 投稿日：2010/02/07(日) 13:01:47 ID:pQKYcs4d<br />家光と宗茂といえばこんな逸話もある。<br /><br />島原の乱に思いのほかに時間がかかってしまったというのが世間の評判。<br />総指揮をとった松平信綱は<br /><a href="http://iiwarui.blog90.fc2.com/blog-entry-3219.html" target="_blank" title="http://iiwarui.blog90.fc2.com/blog-entry-3219.html">http://iiwarui.blog90.fc2.com/blog-entry-3219.html</a><br />こんな話で笑われているように百姓連中に手間取ったと中傷をされていた。<br /><br />当然そういった評判は将軍・家光の耳にも入る。<br />生まれながらの将軍とはいえ大規模な戦闘ははじめて。<br />信綱の仕儀がよかったけど時間がかかったのが手際が悪く時間がかかったのわからなかったので<br />褒めてもよいものか苦言を伝えるべきか悩んでいた。<br /><br />そんな折、一人の老将が登城してきた。立花宗茂である。<br />まあ、現場にいて経験もあり発言も確か。この件を正しく裁定できるのはこの人か水野勝成ぐらいだろう。<br /><br />すぐに宗茂を召し、信綱の仕儀を問うたところ、<br />宗茂は<br />｢全く持って完全万端な仕儀。それがしが考えていたよりもよほど早く治まりました。」<br /><br /><br />家光はそれ以後この件で信綱を中傷する者に耳をかさなかったという。<br /><br /><br /><br />もともと長期戦を訴えていた宗茂にしてみれば信綱に対する嘲笑なんて<br />「物を知らない口ほどよく動くｗ」<br />と言ったところだったんだろうなwww<br /><br /><br /><hr size="1" /><br />695 名前：人間七七四年[sage] 投稿日：2010/02/07(日) 13:04:59 ID:XE5bEUOW<br />勝成もなんというか、ある意味で正しく裁定出来るのか怪しい気もするがなあ……ｗ<br /><br />696 名前：人間七七四年[sage] 投稿日：2010/02/07(日) 13:07:26 ID:KsQJxXPy<br />>>695<br />森忠政の口車で城昌茂を即日クビにしたりしてるもんなぁ<br /><br />697 名前：人間七七四年[sage] 投稿日：2010/02/07(日) 13:26:35 ID:JdT05n0F<br />小説だけど「出星前夜」では水野さんとこも (ﾉ∀`)な感じに<br />書かれてたような<br />出典あるのかなー<br /><br />698 名前：人間七七四年[sage] 投稿日：2010/02/07(日) 13:31:09 ID:TUxd3o13<br />まぁ宗茂が公正な判断するのは間違いないから聞く相手は間違ってはいないかｗ<br /><br />700 名前：人間七七四年[sage] 投稿日：2010/02/07(日) 13:54:15 ID:un3tZpiB<br />>>694<span class="aa"><br />　　　.　. .... ..: : :: :: ::: :::::: :::::::::::: : :::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::<br />　　　　　　　 Λ＿Λ . . . .: : : ::: : :: ::::::::: :::::::::::::::::::::::::::::<br />　　　　　 　/:彡ミ゛ヽ;）ー､　. . .: : : :::::: :::::::::::::::::::::::::::::::::<br />　　　　　 / :::/:: ヽ、ヽ、 ::i . .:: :.: ::: . :::::::::::::::::::::::::::::::::::::::<br />　　 　　 / :::/;;: 　 ヽ　ヽ ::ｌ　. :. :. .:: : :: :: :::::::: : ::::::::::::::::::<br />￣￣￣（_,ノ ￣￣￣ヽ､_ノ￣<br /></span><br />もう一人いると思うんだよななぁ・・・<br />17歳の頃にあの北条を手玉に取って大活躍して<br />腹黒親父やKYな弟に振り回されて<br />鬼嫁に頭が上がらなかった名将がさ・・・<br /><br /><br /><br />701 名前：人間七七四年[sage] 投稿日：2010/02/07(日) 13:56:08 ID:zjHHw30p<br />>>700<br />兄ちゃん・・・<br /><br />702 名前：人間七七四年[] 投稿日：2010/02/07(日) 14:11:35 ID:pQKYcs4d<br />>>700<br />あんた、島原に居なかったじゃん<br />それにちゃんと細川さんが名将の言う事を聞いて手柄立てたんだから<br />これぐらいのことは気にしない<br /><br />703 名前：人間七七四年[sage] 投稿日：2010/02/07(日) 14:42:45 ID:lABf2Otc<br />影薄いネタで自己主張する真田さん<br /><br />704 名前：人間七七四年[sage] 投稿日：2010/02/07(日) 15:04:31 ID:XbnpCXPE<br />鍋島勝茂・・・は絶対に公正な意見は言わないか<br /><br /> ]]>
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<dc:subject>立花宗茂</dc:subject>
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<title>ある時とある柳生新陰流の道場に男が入門した</title>
<description> 324 名前：人間七七四年[sage] 投稿日：2010/02/07(日) 06:44:00 ID:tbHDwvTAある時とある柳生新陰流の道場に男が入門した。男には元々素質があったらしく、わずかな間に頭角を現しなかなかの評判となった。男は次第に天狗になり、素行も悪くなっていく。ある日普段稽古に参加しない高弟が男の稽古の相手をしようと言った。自身の才を信じる男は当然受けて立ったのだが、結果は惨敗。まったく打ち込めず一方的に負けてしまった。鼻
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<![CDATA[ 324 名前：人間七七四年[sage] 投稿日：2010/02/07(日) 06:44:00 ID:tbHDwvTA<br />ある時とある柳生新陰流の道場に男が入門した。<br />男には元々素質があったらしく、わずかな間に頭角を現しなかなかの評判となった。<br />男は次第に天狗になり、素行も悪くなっていく。<br />ある日普段稽古に参加しない高弟が男の稽古の相手をしようと言った。<br />自身の才を信じる男は当然受けて立ったのだが、結果は惨敗。<br />まったく打ち込めず一方的に負けてしまった。<br /><br />鼻っ柱をへし折られたこの男、これを機に熱心に稽古に励むようになったかというとさにあらず<br />なんとそのまま道場を辞して剃髪し、雲水となって修行の旅に出てしまった。<br /><br />諸国を放浪するうちに男は伊達氏の所領仙台へとたどり着いた。<br />その地で托鉢をしていると、ふと一軒の道場が目にとまった。<br />道場では多くの若者が師範とともに槍術に励んでおり<br />男はかつての自分を思い出してしばしその場に佇んだ。<br /><br />が、そのうちふと妙なことを思いつく。槍の妙手が思い浮かんだのだ。<br />男は道場にあがり込むと、槍を手に取り師範に立ち合いを申し込んだ。<br />僧形の道場破りにあっけにとられながらも受けて立つ師範<br />そして勝負は…男の勝ち。<br /><br />突如現れ師範を打ち破った男の噂は瞬く間に広まり、多くの腕自慢が男に挑んだ。<br />そして男はそのすべてを打ち破ったのだ。<br />もはや敵なしとなった男は仙台で道場を開き、自らの流派を立ち上げた。<br />無双の槍名人の道場は大いに流行り、仙台一の大道場となる。<br /><br />しかしながらこの男、やはりどこか抜けた人物だったらしい。<br />かの「槍の妙手」を弟子に説明することがどうしてもできなかったのだ。<br />結局その技を受け継げた者は誰もおらず、男の死後道場は廃れ流派も消滅してしまった。<br /><br /><br /><hr size="1" /><br />325 名前：人間七七四年[sage] 投稿日：2010/02/07(日) 06:58:10 ID:JdT05n0F<br />師匠の技を盗むことができなかった弟子達の悪い話でもあり・・・<br /><br />326 名前：人間七七四年[sage] 投稿日：2010/02/07(日) 07:37:14 ID:FODpNDGv<br />一流のアスリートが一流の指導者とは限らない、そんな話だな。<br /><br />327 名前：人間七七四年[sage] 投稿日：2010/02/07(日) 07:53:21 ID:R2jxMWTi<br />名人はそれが当たり前の状態だから自分のやってる事にコツがいるとか思わないんだよね<br />何でこんな簡単な事がわかんないの？って感じ<br />むしろ苦労して失敗しながら身に着けた人の方が何処を改善すればいいか教えるのには向いてる<br /><br />328 名前：人間七七四年[sage] 投稿日：2010/02/07(日) 08:26:30 ID:lqFiJgDg<br />世界の盗塁王の福本豊は阪神のコーチになったとき<br />走塁指導で投手の背中見たらいけるかどうかわかるやろ？<br />という有様でだめだこりゃだったとか<br />やっぱ天才過ぎるのもだめなんだろね<br /><br />329 名前：人間七七四年[sage] 投稿日：2010/02/07(日) 09:24:29 ID:Q5Inedwe<br />天才系でも理詰めで思考できるタイプなら指導者になれるんだけど<br />感覚＝思考のタイプは指導者にすると危険<br />わからないということがわからない<br /><br />330 名前：人間七七四年[sage] 投稿日：2010/02/07(日) 11:48:54 ID:R+1PHJsR<br />こういうことか？<br />ttp://2chart.fc2web.com/2chart/sengokunonagashimakyojingun.html<br /><br />331 名前：人間七七四年[sage] 投稿日：2010/02/07(日) 12:40:47 ID:MlRiEaBa<span class="aa"><br />　　　　　　　　　　　　　　＿＿＿_<br />　　　　　　　　　　　　／　　　　　＼　　　　　<br />　　　　　　　　　　 ／　 _ノ　　　ヽ、＼<br />　　　　　　　　　／　 　（○）　　（Ｏ)　 ＼ 　　　　<br />　　　　　　　　　| 　 　 　 ||　 ＼ ・・ ／　..|　投手で甲子園優勝したのに<br />　　　　　　　　　＼　 　　ﾉi　 　| ◎ |　 ／　 投手起用が下手だお<br />　　　　　　　　　　/　 　 し' 　 　　　　.ﾉ　　　<br />　　　　　　　　　　|　　　　　　　.／ .／<br /></span><br /><br /> ]]>
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<dc:subject>■■剣客・武芸者■■■</dc:subject>
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<title>与次郎狐</title>
<description> 332 名前：人間七七四年[sage] 投稿日：2010/02/07(日) 13:07:09 ID:M7zRt50Gここでガイシュツのこの話「與次郎稲荷・むかし話」と多分同じ話？とは思うんだが、http://iiwarui.blog90.fc2.com/blog-entry-1609.html細かい所が違う文章を読んだので投下。「与次郎狐」1600年ごろの話、佐竹義宣が水戸の領地を没収され、秋田に転封となった。東北の地にありながらも前向きに再興を夢見、久保田山に立派な城を築こうと日夜人を集めて
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<![CDATA[ 332 名前：人間七七四年[sage] 投稿日：2010/02/07(日) 13:07:09 ID:M7zRt50G<br />ここでガイシュツのこの話「與次郎稲荷・むかし話」と多分同じ話？とは思うんだが、<br /><a href="http://iiwarui.blog90.fc2.com/blog-entry-1609.html" target="_blank" title="http://iiwarui.blog90.fc2.com/blog-entry-1609.html">http://iiwarui.blog90.fc2.com/blog-entry-1609.html</a><br />細かい所が違う文章を読んだので投下。<br /><br /><br />「与次郎狐」<br /><br />1600年ごろの話、佐竹義宣が水戸の領地を没収され、秋田に転封となった。<br />東北の地にありながらも前向きに再興を夢見、<br />久保田山に立派な城を築こうと日夜人を集めて一大工事を行っていた。<br />そんな義宣が、ある夜から毎晩同じ夢を見るようになった。<br />白狐が夢に現れて、切々とこう訴える。<br />「城の工事で、私たち狐が暮らすところがなくなってしまう。<br />少しだけでいいので、狐が暮らせる場所を残して欲しい。<br />願いを聞いてくれるなら、きっと私たち狐が貴方の城を守る」<br />毎晩同じ夢を見続けた義宣は不思議な因縁を感じ、<br />夢の中で狐に土地を残すことを約束し、<br />「狐の領地」なる手付かずの場所を久保田山の一角に設けた。<br /><br />そんなある日のこと、与次郎と名乗る飛脚が義宣の前に現れた。<br />「私はとても早く走ることができます。貴方にお仕えしたいので、何なりとお申し付け下さい」<br />ちょうど江戸に送る便りがあったので、義宣は試しに与次郎に託した。<br />すると、与次郎はなんと三日で江戸まで行き着き、返事まで預かって戻ってきたのである。<br />往復たったの六日。<br />義宣はこれに大喜びし、あらゆる手紙を与次郎に頼むようになり、<br />ついには大切な密書まで託すようになった。<br /><br />昼間は走り続ける飛脚だが、夜は休まねば走れない。<br />与次郎はあちこちに常宿を持ったが、東根の六田村の勘右衛門の宿も常宿だった。<br />この宿に、花という美しい娘がおり、いつしか与次郎を恋い慕うようになった。<br />ある夜、再び泊まった与次郎を訪ねたお花は、思い切って恋心を打ち明けた。<br />これに驚いた与次郎だが、しかし与次郎には応えられない秘密があった。<br />「実は、私は人間ではありません。久保田山にすむ白狐です。<br />義宜様への恩返しのため、飛脚として仕えているのです」<br />これを聞いたお花も驚いたが、しかし心が変わることはない。<br />朝になり再び出て行く与次郎を見送りながら、切ない涙を流すのだった。<br /><br />ちょうどその頃、江戸の徳川家で佐竹が不穏な動きをしているとの噂が流れた。<br />飛脚の与次郎という男が手となり足となって暗躍しているというのである。<br />実は、与次郎は飛脚の役目だけではなく、色々な人物に化けることで、<br />徳川家の様子を探り、義宜に密かに伝えていたのだった。<br />家康はついに隠密に、与次郎を討つ事を命じた。<br /><br />六田村に常宿があるという情報をつかんだ隠密たちは、<br />宿の主人の勘右衛門に金を握らせ、手助けするよう依頼した。<br />間右衛門は金に目がくらみ、手助けすることに同意してしまったのだ。<br />そんなことはつゆ知らず、いつものようにやってきた与次郎は、<br />昼間走り続けた疲れから、ばったりと倒れるようにして、ぐっすりと眠っていた。<br />それを揺り起こした者がいる。お花である。<br />「隠密が忍んでいます、父が協力しているのです、このままでは討たれてしまう！」<br />お花は父と隠密の企みを盗み聞いていたのだ。<br />それを聞いた与次郎は急いで支度を整え、お花の手引きで裏口から逃げ出した。<br />「ありがとう、このお礼は、必ず」<br />足の速い与次郎の後姿はすぐに見えなくなってしまったが、<br />お花は愛する与次郎の無事をそっと祈った。<br /><br />333 名前：人間七七四年[sage] 投稿日：2010/02/07(日) 13:07:56 ID:M7zRt50G<br />さて、お花の咄嗟の判断で命を救われた与次郎だったが、<br />隠密が依頼していた者は間右衛門だけではなかった。<br />それは、以前から「あの飛脚は狐の化身ではないのか。いずれ討ち取ってやる」と<br />密かに企んでいた猟師の谷蔵である。<br />与次郎を討ち取ったら懸賞金を出すと、話が告げられていたのだ。<br /><br />宿から逃げ出し、六田村を離れるために必死に走っていた与次郎だが、<br />なにやら良い匂いがして、つい足を止めてしまう。<br />なんと、好物の油揚げが置いてあったのだ。<br />その日与次郎は、疲れてバッタリと眠ってしまったために、一日何も食べていなかったのだ。<br />一瞬、つられて近づいた与次郎だが、お使いの途中だ！と思い直し、踝を返す。<br />その時だ。<br />谷蔵の放った矢が、与次郎の身体を貫いたのである。<br />苦しみながら息を引き取った与次郎は、元の真っ白な狐に戻っていた。<br />「やはり正体は狐だったか！今夜は狐汁だ。懸賞金ももらえるぞ！」<br />隠れていた谷蔵はそう、嬉しそうに雄叫びを上げた。<br /><br />その後。あまりに与次郎が帰るのが遅い事を心配した義宣は、<br />家臣たちに与次郎の様子を探りに行かせた。<br />そして与次郎が六田の村で死んだことを知り、大いに嘆き悲しんだ。<br />そしてお花も、事件の翌日に与次郎の死を知り、悲嘆の涙にくれたあと、<br />どこへともなく旅に出てしまい、二度と六田には戻らなかった。<br /><br />この事件の後、六田村には正体不明の病気や発狂、大火災など、相次ぐ異変が起き、<br />白狐の祟りではないかと恐れた村人と幕府が、与次郎の霊を鎮めるために<br />与次郎稲荷大明神をこの地に祀った。それ以降異変は起こらなくなったという。<br />秋田藩が参勤交代の際には、度々ここにも立ち寄って参拝したと伝わる。<br />ちなみに神社の前には、室町期に作られたという石の大鳥居が立っている。<br /><br />与次郎稲荷は久保田城、現在の千秋公園にもある。<br />こちらは与次郎の死を悼んだ義宣が、庭に祀ったものだといわれている。<br /><br /><br /><hr size="1" /><br />335 名前：人間七七四年[sage] 投稿日：2010/02/07(日) 13:58:29 ID:e4As9bOK<br />坂東は狐や天狗が忙しいな<br /><br />343 名前：人間七七四年[sage] 投稿日：2010/02/07(日) 23:00:53 ID:+RSGxV+g<br />>>332<br />「狐」は被差別部落の人間の隠喩だという説を<br />久保田城の案内をしてくれたボランティアのお爺さんに聞いたよ。<br /><br />344 名前：人間七七四年[sage] 投稿日：2010/02/07(日) 23:25:38 ID:tqNyZ91z<br />>>343<br />東北でか？<br /><br />345 名前：人間七七四年[sage] 投稿日：2010/02/07(日) 23:29:39 ID:+RSGxV+g<br />>>344<br />そりゃ秋田市だからね。<br /><br />346 名前：人間七七四年[sage] 投稿日：2010/02/07(日) 23:35:26 ID:tbHDwvTA<br />>>344<br />東北ではすくないけどないわけじゃないらしい。＞被差別部落<br /><br />365 名前：人間七七四年[sage] 投稿日：2010/02/08(月) 15:30:46 ID:oSenG3rA<br />>>343<br />四国における、狸の怪異譚の多くも狸は遍路等の隠喩ではないかという説があるね。<br />犯罪等を犯して、地元から出奔して遍路してるという人間は今でも時折いる。<br />で、そういう中には特殊技術を持った人間なんかもいる。<br />四国の人間もその辺の事情を分かって技術開発なんかに利用した可能性がある。<br />名前を表に出せないそういうひとた人たちの活躍を「狸の仕業」と称した。<br />もちろん、逆もあって四国でもやっぱりかどわかしなんかの犯罪に手を染める奴もいて、それもやっぱり狸扱い。<br /><br /> ]]>
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<dc:subject>佐竹義宣</dc:subject>
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<title>諏訪大神の歌</title>
<description> 336 名前：人間七七四年[sage] 投稿日：2010/02/07(日) 14:37:47 ID:e4As9bOK武田勝頼が家督を相続した頃の話である甲斐の郡内地方に安左衛門という者がいたこの男は信玄の訃報を聞き大変不安に思って、跡目の勝頼の武運長久を祈るため諏訪大社に詣でて籠り、六月から八月末まで丸々９０日間祈りを捧げたのだがその籠る間に見た夢に、諏訪の神が現れて歌を詠んだのである諏訪明神　たゆる武田の子とうまれ代をつきてこそ家をうしな
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<![CDATA[ 336 名前：人間七七四年[sage] 投稿日：2010/02/07(日) 14:37:47 ID:e4As9bOK<br />武田勝頼が家督を相続した頃の話である<br /><br />甲斐の郡内地方に安左衛門という者がいた<br />この男は信玄の訃報を聞き大変不安に思って、跡目の勝頼の武運長久を祈るため<br />諏訪大社に詣でて籠り、六月から八月末まで丸々９０日間祈りを捧げたのだが<br />その籠る間に見た夢に、諏訪の神が現れて歌を詠んだのである<br /><br />諏訪明神　たゆる武田の子とうまれ<br />代をつきてこそ家をうしなへ<br /><br />大変なものを見てしまったと慌てた安左衛門は急ぎ大祝の元へ訪れ語ったが<br />さすがに大祝も「神さんにしちゃ歌下手じゃね？」と、最初は相手にしなかった<br />ところが夢想状態の安左衛門が書いた歌の紙には、やけに立派な朱印が押されていたのである<br />これが勝頼が家督を継いだ始めの仕事として、諏訪神社をはじめ、<br />信濃・甲斐の国中の寺社仏閣に発給した続目の朱印と同じ印だったのだ<br /><br />これは本当に諏訪の神が武田を滅ぼそうとしていらっしゃるのだ<br />かつて武田が諏訪を討ったことを神はお許しになっていないのだなあと<br />人々は恐ろしく語ったということだ<br /><br /><hr size="1" /><br />337 名前：人間七七四年[sage] 投稿日：2010/02/07(日) 15:26:52 ID:P2vuJbUu<br />信長に勝頼を討たせたら、ついでに焼き討ちされたでござる、ですね。わからないです。<br /><br />338 名前：人間七七四年[sage] 投稿日：2010/02/07(日) 15:45:37 ID:sPoeRxYw<br />こじつけも良いところダよなぁw<br />嫡流では無いけど血統でも実質でも勝頼は諏訪の大将な訳だろ?<br /><br />339 名前：人間七七四年[sage] 投稿日：2010/02/07(日) 16:00:14 ID:B5aLhe2O<br />祭祀も継いでたし滅ぼしちゃったら元も子もないでよ<br /><br />340 名前：人間七七四年[sage] 投稿日：2010/02/07(日) 17:22:13 ID:tbHDwvTA<br />>>338<br />家督を継いでいるとはいえ実際はどうだったか…<br />この後の武田征伐時には諏訪一族は武田から離反している。<br /><br />信玄は子女を信濃の名族に入れているけれど、どこまで従わせていたか。<br />仁科盛信が高遠城で籠った時も<br />付き従った者はほとんどが武田勢で仁科氏の朗党はほとんどいなかったというし。<br /><br />というかこの大祝さんは諏訪頼忠の事じゃないかな。<br /><br />341 名前：人間七七四年[sage] 投稿日：2010/02/07(日) 19:11:37 ID:P2vuJbUu<br />甲州崩れの時は離反してないぜ。<br />頼忠の兄で実質諏訪棟梁の頼豊や弟の頼清を始め多くの一族が武田のために死んでるし<br />諏訪政庁の茶臼山城は武田滅亡後に開城だし<br /><br />勝頼は生れも育ちも甲府だし、<br />成人してからは高遠城主で義信死後は後継者として甲府に戻るし<br />側近は甲衆、旗本は高遠衆で、諏訪衆が与力としてつくことは多少はあったが<br />諏訪郡代配下の諏訪氏とはほとんど接点が無い<br /><br />342 名前：人間七七四年[sage] 投稿日：2010/02/07(日) 21:40:51 ID:HsqaX5wZ<br />仁科信基（盛信の子）って関ヶ原の頃まで八王子にいたのか<br />もうちょっと早くに出てくれば大名になれたかもしれんのに…<br /><br /> ]]>
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<dc:subject>武田勝頼</dc:subject>
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<title>その御代の始めに吉兆をもたらしたとされた少年</title>
<description> 659 名前：人間七七四年[sage] 投稿日：2010/02/06(土) 12:07:44 ID:OgLwmG8Thttp://iiwarui.blog90.fc2.com/blog-entry-1664.htmlといったゴタゴタの末、天正14年(1586)初冬、毛利宮松（のちの秀元）は秀吉への人質として大坂へ行くことになった。大坂城では秀吉が毛利の御曹子を歓迎し、宮松に手づから則重の脇差を与えた。七歳の少年は自分の脇差を外し、拝領したばかりのピカピカの脇差を腰に差し、胸を反らした。「まだ小さい
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<![CDATA[ 659 名前：人間七七四年[sage] 投稿日：2010/02/06(土) 12:07:44 ID:OgLwmG8T<br /><a href="http://iiwarui.blog90.fc2.com/blog-entry-1664.html" target="_blank" title="http://iiwarui.blog90.fc2.com/blog-entry-1664.html">http://iiwarui.blog90.fc2.com/blog-entry-1664.html</a>といったゴタゴタの末、天正14年(1586)初冬、<br />毛利宮松（のちの秀元）は秀吉への人質として大坂へ行くことになった。<br /><br />大坂城では秀吉が毛利の御曹子を歓迎し、宮松に手づから則重の脇差を与えた。<br />七歳の少年は自分の脇差を外し、拝領したばかりのピカピカの脇差を腰に差し、胸を反らした。<br />「まだ小さいのに拝領品の扱いを知るとは、日本の子供ではない、唐の人物のようじゃ。<br />ゆくゆく一かどの者になろうぞ。」見ていた秀吉は感心した。<br /><br />宮松が気に入った秀吉はある日、毛利家の一行を京に誘った。<br />「今日は珍しい行事があるゆえ、見物するが良かろう。」<br />供の者まで歓待されて、あちこちを見て回った宮松は、御所にいた秀吉のもとに一旦戻った。<br />「すまんな、わしはこれから大事な用がある。お前も今朝から方々見物して疲れたろう。<br />御所の局に相手してもらえ。」<br />秀吉は、菊亭晴季を呼び、宮松を長橋の局へ案内するよう預けた。<br /><br />ｷｬｯｷｬｯﾟ+｡:.ﾟヽ( ´∀`)ﾉﾟ.:｡+ﾟ<br />晴季に手を引かれた、御所には珍しい元気の良い七歳児の姿は、やんごとなき御方の目にも止まった。<br />「…右大臣、その子は？」<br />「はっ、毛利一門、穂井田元清が一子、宮松にございます。関白の客人なれば、ご無礼ありとても<br />平にご容赦を……」<br />「ならば、その子は毛利元就の孫でしょう。元就朝臣と言えば、ひいお爺様の後奈良院へ多大な寄進を為し、<br />即位礼に大いに貢献した者。その孫が、わが代始めに参りたる事、何たる吉兆。こちらに連れて来なさい。」<br />「ははーッ！仰せのままに、天子様！」<br /><br />天正14年11月7日、後陽成天皇、皇位に就く。<br /><br />その御代の始めに吉兆をもたらしたとされた少年は、七歳にして天子に拝顔し、宿に戻っても<br />「京中見物の際は、心静かに何時までも逗留あるべし」とのお言葉を賜わった。<br />宮松同行で天皇に面目を施した秀吉は、ますます少年を気に入り、後年宮松こと秀元が秀秋をさし置いて<br />輝元の養子になる際も大した軋轢は起こらず、深まった皇室と毛利家の関係は、280年後に大きな意味を持つ。<br /><br /><br /><a href="http://iiwarui.blog90.fc2.com/blog-entry-3599.html" target="_blank" title="&gt;&gt;603">>>603</a>の有馬さんに感心したので、こんな天下御免のラッキーボーイ（？）の話を。<br /><br /><hr size="1" /><br />660 名前：人間七七四年[sage] 投稿日：2010/02/06(土) 12:21:25 ID:eMVvy2WW<br />>>659<br />ところでその元記事の輝元の北の方の話だけど、<br />そもそも宍戸元秀って五龍の息子だから、一応毛利の血は引いてるよね<br /><br /> ]]>
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<dc:subject>毛利秀元</dc:subject>
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<title>立花宗茂は疲れていた</title>
<description> 677 名前：人間七七四年[sage] 投稿日：2010/02/06(土) 19:20:26 ID:NoMs5Lwj立花宗茂は疲れていた宗茂が2代将軍、徳川秀忠から非常に重用されたこと、これは有名であるが、宗茂はさらに、3代家光からも高い信頼と寵愛を受けた。これは考えてみれば不思議なことで、家光は父秀忠に近い人間に対しては、基本敬して遠ざける、といった態度をとっている。その中で宗茂だけは、秀忠の時代にもまして重用をしたのだ。これは武人としての
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<![CDATA[ 677 名前：人間七七四年[sage] 投稿日：2010/02/06(土) 19:20:26 ID:NoMs5Lwj<br />立花宗茂は疲れていた<br /><br />宗茂が2代将軍、徳川秀忠から非常に重用されたこと、これは有名であるが、<br />宗茂はさらに、3代家光からも高い信頼と寵愛を受けた。<br /><br />これは考えてみれば不思議なことで、家光は父秀忠に近い人間に対しては、基本<br />敬して遠ざける、といった態度をとっている。その中で宗茂だけは、秀忠の時代にもまして<br />重用をしたのだ。これは武人としての宗茂の、その立ち振る舞いと実直さを愛したためとも言われる。<br /><br />さすがの宗茂も、もはや老境である。そんな宗茂に家光は、寒くなったと思えば頭巾を与え、<br />これを貴人の前でも脱がなくて良いとし、足が弱くなったと聞けば手づから杖を与えた。<br />そしてどこに行くにも宗茂を扈従させた。『将軍が宗茂を敬愛すること、父子のごとし』と言われた。<br /><br />この頃の宗茂の書状にはよく<br /><br />「草臥れ申候」<br /><br />と言った言葉が並ぶ。<br />若い家光に付き合うのは、さすがに寄る年波から、疲労も大きかったのだろう。<br /><br /><br />…が、それと同時にこんな言葉も並ぶ<br /><br />「忝ない仕合せに候」<br /><br /><br />『たいへんだけど、嬉しいんだよね』そんな言葉が聞こえてきそうである。<br /><br /><br />波乱万丈の勇将、立花宗茂。彼はその晩年を、幸せにすごしたようである。<br /><br /><br /><hr size="1" /><br />678 名前：人間七七四年[sage] 投稿日：2010/02/06(土) 20:52:06 ID:LV6PZ9US<br />＞これは考えてみれば不思議なことで、家光は父秀忠に近い人間に対しては、基本<br />＞敬して遠ざける、といった態度をとっている。その中で宗茂だけは<br /><br />（ ●∀ﾟ）＜………………<br /><br />679 名前：人間七七四年[sage] 投稿日：2010/02/06(土) 20:59:58 ID:eMVvy2WW<br />忠興や高虎とも仲良しだし、基本ジジイ連中大好きじゃね？＞家光<br />毛利秀元は秀忠とは仲良くなかったっけ？<br /><br />680 名前：人間七七四年[sage] 投稿日：2010/02/06(土) 21:02:26 ID:VTL81N5W<br />父子のごとしって家光親父との仲良かったっけ？<br /><br />682 名前：人間七七四年[sage] 投稿日：2010/02/06(土) 21:39:27 ID:bMPzXYAw<br />ふむ、家光はジジイでもイケるのか<br /><br />684 名前：人間七七四年[sage] 投稿日：2010/02/06(土) 22:02:08 ID:yPgz3mr9<br />>>680<br />家光の方が秀忠を嫌っていたという話はあるな・・・<br />自分の父は権現様だと言ったとか何とか。<br />あやうく廃嫡されるところだったし。<br /><br /> ]]>
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<dc:subject>立花宗茂</dc:subject>
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<title>阿部忠秋と松平信綱</title>
<description> 681 名前：人間七七四年[] 投稿日：2010/02/06(土) 21:08:53 ID:tOBav2L1阿部忠秋と松平信綱は、共に幼少のときから家光に仕え、幕府の体制作りに尽力し、家光亡き後は、寛永の遺老として重きをなした人物である。二人の仲はよかったが、性格は正反対であった。ある日、家光がお供のもの（上記二人を含む。）と共に、鳥撃ちに出かけたときのこと。鳥はたくさん見つけたが、飛び立たせるための石が近くにまったくなかった。鳥が飛ば
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<![CDATA[ 681 名前：人間七七四年[] 投稿日：2010/02/06(土) 21:08:53 ID:tOBav2L1<br />阿部忠秋と松平信綱は、共に幼少のときから家光に仕え、幕府の体制作りに尽力し、家光亡き後は、<br />寛永の遺老として重きをなした人物である。<br />二人の仲はよかったが、性格は正反対であった。<br /><br />ある日、家光がお供のもの（上記二人を含む。）と共に、鳥撃ちに出かけたときのこと。<br />鳥はたくさん見つけたが、飛び立たせるための石が近くにまったくなかった。<br />鳥が飛ばないと撃つこともできない。いらつく家光。途方にくれるお供の者たち。<br />すると、そこで進み出たのが知恵者（というより逸話見る限り頓智といったほうがいいかもしれない）松平信綱である。<br />「おまかせください。」<br /><br />信綱は、近くを通りかかったシジミ売りからシジミを徴収すると、石の代わりにシジミを鳥に投げつける。<br />びっくりした鳥はあわてて飛び立ち、家光の銃の餌食に。<br />思わぬ大漁に家光は大いに満足。信綱もお褒めの言葉を賜った。<br />ここまでは信綱のいい話。<br /><br />さて、鳥撃ちを終えた一行が帰ろうとするとき、阿部忠秋は、シジミ売りを呼び止め、代金を支払った。<br />信綱が、シジミ売りも将軍の役に立てたのだから代金は払わずともよかろうにというと、忠秋は、<br />「シジミ売りも生活があるんだし、将軍一行だからこそ、こういうことはきちんとしなければいけない。」と逆に説教した。<br />庶民への配慮を欠かさない、忠秋のいい話。<br /><br />でも、信綱にしてみれば、<br />「将軍にシジミを献上したといえばいい宣伝効果になるんだから、わざわざ金払わなくてもいいじゃないか。」<br />と考えていたかもしれない。<br /><br /><hr size="1" /><br /> ]]>
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<dc:subject>阿部忠秋</dc:subject>
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<title>藤原惺窩と直江兼続の対面内容</title>
<description> 301 名前：人間七七四年[sage] 投稿日：2010/02/06(土) 00:24:27 ID:NoMs5Lwjここで既出ではありますがhttp://iiwarui.blog90.fc2.com/blog-entry-1100.html対談の内容が出ていたり、兼続に対する感想がちょっと違ったりしているので投下してみる。直江兼続はしばしば学者の藤原惺窩との対面を望んだが、惺窩はそれをまるで受け付けなかった。業を煮やしたのか、兼続はついに京の惺窩の屋敷へと直接に訪ねてきた。ところがその時は
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<![CDATA[ 301 名前：人間七七四年[sage] 投稿日：2010/02/06(土) 00:24:27 ID:NoMs5Lwj<br />ここで既出ではありますが<br /><a href="http://iiwarui.blog90.fc2.com/blog-entry-1100.html" target="_blank" title="http://iiwarui.blog90.fc2.com/blog-entry-1100.html">http://iiwarui.blog90.fc2.com/blog-entry-1100.html</a><br />対談の内容が出ていたり、兼続に対する感想がちょっと違ったりしているので投下してみる。<br /><br /><br /><br />直江兼続はしばしば学者の藤原惺窩との対面を望んだが、惺窩はそれをまるで受け付けなかった。<br />業を煮やしたのか、兼続はついに京の惺窩の屋敷へと直接に訪ねてきた。<br />ところがその時はたまたま惺窩が外出しており、この時も兼続の望みはかなわなかった。<br /><br />惺窩が帰ってきてその事を聞くと、<br />「私は何度望まれても彼に合おうとしなかった。そして今日は、彼が訪ねてきたのに会うことが無かった。<br />おそらくこれは、居留守を使ったと思われているだろう。<br />そう恨みに思われては、後で何をされるかわかったものではない。」<br /><br />と、すぐに兼続の屋敷へと向かった。<br />ところがその日兼続は既に、帰国のため出立していた。惺窩はあわててその跡を追い、<br />大津でようやく追いついた。<br /><br />ここで二人は初めて対談をする。まず兼続は言った<br /><br />「久しく廃れた家を急に取り立てるべき時に、臣下としての心構えはどうあるべきだろうか？」<br /><br />これに惺窩は、「事の急なるは却って破るるの基なり」という事を詳しく語ったと言う。<br /><br />後で惺窩は<br /><br />「兼続と言う人は主君に、家を滅ぼしかねないような事を起こさしめる人である。」<br /><br />そう評したそうだ、<br /><br /><br /><hr size="1" /><br />302 名前：人間七七四年[sage] 投稿日：2010/02/06(土) 01:02:59 ID:UX16o80A<br />＞久しく廃れた家を急に取り立てるべき時<br /><br />この認識持ってる時点で既に家を滅ぼしかねないようなことしそうな人、だよな、実際<br /><br /> ]]>
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<dc:subject>藤原惺窩</dc:subject>
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<title>東の小田氏も相当弱いが</title>
<description> 304 名前：人間七七四年[sage] 投稿日：2010/02/06(土) 10:12:37 ID:dPvcSpTD東の小田氏も相当弱いが西の少弐氏もいい勝負だと思う。弱さが。305 名前：人間七七四年[sage] 投稿日：2010/02/06(土) 10:46:11 ID:+FX4dSAG少弐も弱さとしぶとさは相当なものだが小田氏と違って当主がしょっちゅう戦死するからなぁ306 名前：人間七七四年[sage] 投稿日：2010/02/06(土) 11:08:14 ID:Imz094Dq少弐に仕えてた肥前小田って常陸小田の傍流
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<![CDATA[ 304 名前：人間七七四年[sage] 投稿日：2010/02/06(土) 10:12:37 ID:dPvcSpTD<br />東の小田氏も相当弱いが西の少弐氏もいい勝負だと思う。弱さが。<br /><br /><hr size="1" /><br />305 名前：人間七七四年[sage] 投稿日：2010/02/06(土) 10:46:11 ID:+FX4dSAG<br />少弐も弱さとしぶとさは相当なものだが<br />小田氏と違って当主がしょっちゅう戦死するからなぁ<br /><br />306 名前：人間七七四年[sage] 投稿日：2010/02/06(土) 11:08:14 ID:Imz094Dq<br />少弐に仕えてた肥前小田って常陸小田の傍流なんだよね<br /><br />307 名前：人間七七四年[sage] 投稿日：2010/02/06(土) 11:23:14 ID:dPvcSpTD<br />初代　　武藤資頼<br />二代　　少弐資能　（戦死）<br />三代　　少弐経資<br />四代　　少弐盛経<br />五代　　少弐貞経　（戦死）<br />六代　　少弐頼尚　（菊池に敗北、勢力減衰）<br />七代　　少弐直資　（戦死）<br />八代　　少弐冬資　（今川貞世に消される）<br />九代　　少弐頼澄　（敗戦→亡命→死亡）<br />十代　　少弐貞頼　（英主。勢力復活）<br />十一代 少弐満貞　（戦死）<br />十二代 少弐資嗣　（戦死）<br />十三代 少弐嘉頼　（戦死）<br />十四代 少弐教頼　（戦死）<br />十五代 少弐政資　（敗戦→自害）<br />十六代 少弐高経　（政資から家督を継いだ3日後に戦死）<br />十七代 少弐資元　（自害）<br />十八代 少弐冬尚　（龍造寺一族抹殺で熊を目覚めさせる。最期は自害。）<br /><br />308 名前：人間七七四年[sage] 投稿日：2010/02/06(土) 11:25:26 ID:yPgz3mr9<br />>>307<br />すごい一族だな・・・<br />そんなに当主が戦死してるのに、よく滅びずに何百年も続いたね<br /><br />309 名前：人間七七四年[sage] 投稿日：2010/02/06(土) 12:35:41 ID:O8MFrwZa<br />当主の戦死は多いが精子も多かったという事か<br /><br />310 名前：人間七七四年[sage] 投稿日：2010/02/06(土) 13:07:40 ID:ABQ9+zGw<br />今川も結構、当主や跡取りが戦死や夭折と思っていたけどこれには勝てない。<br /><br />311 名前：人間七七四年[sage] 投稿日：2010/02/06(土) 13:11:22 ID:MSxPQd3w<br />菊池も悲惨<br /><br />312 名前：人間七七四年[sage] 投稿日：2010/02/06(土) 13:11:56 ID:ZW1WUNOW<br />>>307<br />補足すると、少弐景資も兄経資との家督争いに敗れて討たれてる<br /><br /> ]]>
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<dc:subject>少弐冬尚</dc:subject>
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<title>「太美が来たぞ～～～っ！！」</title>
<description> 313 名前：sage[] 投稿日：2010/02/06(土) 13:28:42 ID:QNXcl/8Sまとめサイトに成田長泰が城から締め出された話があったのでもう一つ。ある時、上杉謙信に攻められた武蔵忍城。何とか持ちこたえたモノの、城の目の前に皿尾城という付城を築かれてしまう。皿尾城との間には川や沼があるとは言え、すぐ目の前に敵城があるのはやはり面白くない。謙信が越後に引き上げると、すぐに皿尾城攻略を画策し始めた。長泰「謙信さえ居なくなれ
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<![CDATA[ 313 名前：sage[] 投稿日：2010/02/06(土) 13:28:42 ID:QNXcl/8S<br />まとめサイトに成田長泰が城から締め出された話があったのでもう一つ。<br /><br />ある時、上杉謙信に攻められた武蔵忍城。<br />何とか持ちこたえたモノの、城の目の前に皿尾城という付城を築かれてしまう。<br /><br />皿尾城との間には川や沼があるとは言え、すぐ目の前に敵城があるのはやはり面白くない。<br />謙信が越後に引き上げると、すぐに皿尾城攻略を画策し始めた。<br /><br />長泰「謙信さえ居なくなれば怖いものなんてないモンね！すぐに攻め落としちゃうよ！」<br /><br />と、朝も早よから攻撃を始める。<br />しかし皿尾城主の木戸父子も粘る。中々城を落とせないまま、あっという間に時刻は夕方。<br />冷たくなってきた風に頭が冷えたのか長泰、謙信以外にももう一つ、「怖いもの」があった事を思い出した。<br /><br />「太美が来たぞ～～～っ！！」<br /><br />敵味方に伝令の声が響き渡る。そう、戦が長引いてしまったせいで、長泰のもう一人の天敵、<br />太田美濃守（後の三楽斎）が岩槻城から援軍を連れてやってきたのだ。<br /><br />慌てて逃げ出す成田軍……だったのだが……<br /><br />長泰「えっ？何？何で城門が閉まってんのっ！？ 開けてよっ！！ねぇってば！あ～け～～てぇ～～～！！」<br /><br />突然の天敵の襲来にパニくった城兵が、長泰の部隊が引き上げる前に忍城の城門を閉めてしまったのだ。<br />このままでは自分の城の門前で討ち死にしてしまう。慌てて忍城から逃げ出す長泰。<br />その晩は仕方なく荒川のほとりで野営をし、翌日、改めて軍勢を建て直し、忍城に入城を果たしたのである。<br /><br />氏長「……ご無事で何よりです、父上（美濃守の役立たずめっ）」<br />長泰「そ、そんなにパパの事、キライ？」<br /><br />家督相続がこじれる数年前の話。門を閉めたのは氏長の陰謀だったのでしょうか？<br />何はともあれ生涯で２度も居城から締め出されちゃった成田さんｉｎのぼうの城 のお話。<br />（出典「成田記」「成田系図」）<br /><br />ちなみにその後、皿尾城は無事、長泰によって落とされるのですが、まとめにあった家督相続がこじれた末に長泰が締め出されちゃった話、<br />側室を住まわせていたのが「皿尾の館」となっていたから、落とした皿尾城を側室用の別荘としてリフォームして使ってたようです。<br />……アンタ、皿尾は鬼門だからもう近寄んな。<br /><br /><br /><hr size="1" /><br /> ]]>
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<dc:subject>成田長泰</dc:subject>
<dc:date>2010-02-07T00:05:09+09:00</dc:date>
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<title>成田長泰、忍城の怪異</title>
<description> 314 名前：人間七七四年[sage] 投稿日：2010/02/06(土) 13:36:43 ID:QNXcl/8S名前とメールの欄を間違えた……お詫びがてらに成田さんもいっちょ！氏長に家督を譲った後の長泰は出家して蘆伯斎を号し、以前と変わらず忍城に暮らしていた。そろそろ年を感じてきた蘆伯斎だったが、その頃夜になると部屋の梁が揺れ、身体に重く圧し掛かるモノがある。あまりの重さに息も絶え絶えになり、声も出ない。おかしな様子を感じた宿直の者が助け
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<![CDATA[ 314 名前：人間七七四年[sage] 投稿日：2010/02/06(土) 13:36:43 ID:QNXcl/8S<br />名前とメールの欄を間違えた……<br />お詫びがてらに成田さんもいっちょ！<br /><br />氏長に家督を譲った後の長泰は出家して蘆伯斎を号し、以前と変わらず忍城に暮らしていた。<br />そろそろ年を感じてきた蘆伯斎だったが、その頃夜になると部屋の梁が揺れ、身体に重く圧し掛かるモノがある。<br />あまりの重さに息も絶え絶えになり、声も出ない。おかしな様子を感じた宿直の者が助けに入るまでそれは続き、<br />やがて失神するかのように眠りにつく、そんな日々が続いた。<br /><br />仲が悪いとは言え父の身に起きた怪異、城内での出来事でもある為、氏長や重臣らも頭を悩ませていたが、僧の祈祷も効き目がない。<br />僧がダメならと、家臣の弓の名人に怪異の退治を命じてみる。命じられた三沢七郎左衛門は「自分には荷が重いが父なら……」と老父を推挙。<br />この老父、御年85歳になる三沢浄斎、若い時は京都に上り弓術の奥義を授かった程の名人であったのだ。<br /><br />その夜、蘆伯斎の寝室を警固する浄斎他数名。<br />しかし真夜中になり、警固の者たちが船を漕ぎ始める……と、共に部屋の明かりは消え、家鳴りが響き、<br />蘆伯斎のうめき声が聞こえ始める。<br /><br />浄斎「さては現れたな物の怪！」<br /><br />と弓を一鳴らし。途端に警固の者たちも蘆伯斎も眠気は覚め、意識を取り戻す。<br />そして警固の一人、矢沢玄蕃允は自分の足元を何かが擦り抜けようとしているのに気付いた。<br /><br />矢沢「さてはこれが物の怪！」<br /><br />真っ暗な中、矢沢と何かが取っ組み合いをする音だけが聞こえる。<br />やがて物音が止んだ頃、明かりをつけて見ると矢沢の身体中には獣の爪痕が何ヶ所もついており、血塗れの状態。<br /><br />矢沢「組み伏せたと思った途端、雲のように消えてしまいました」<br /><br />その晩は夜通し城内を捜索したのだが、何も見つからない。<br />「天狗の仕業か」と皆で話し合っていた所に、朝になってある廓の番兵が上役に申し出てきた。<br /><br />番兵「今朝方、私の夢に犬ほどの大きさで全身真っ赤、両目は鏡のように光り、口から火炎を吐く狐が出てきました」<br /><br />夢の中の狐が言うには、<br />「ワシは貴方の受け持つ廓に住む古狐が化けたモノじゃ。昔、若い頃の蘆伯斎めに妻子を殺されたのじゃが、<br />当時長泰と名乗っていた彼の威勢は強く、仕返しが出来なかった。今、老人となり衰えてきた故に妻子の仇を<br />取ろうと狙っていたのじゃ。後三日もあれば蘆伯斎の命を取れたのに、弓に撃たれ、大力の士に組み伏せられ、<br />通力を失ってしまった。ワシはこの城を去るが、貴方は長年、餌を恵んでくれた恩があるのでこの宝玉をあげ<br />よう」<br />男の枕元には確かに石で出来た桃くらいの大きさの玉があったのだと言う。<br /><br />この話が氏長、蘆伯斎に伝わると、<br />蘆伯斎「確かに昔、あの廓で面白半分に狐に弓を射掛けた。母狐が子狐を腹の下に隠すので、まず母を殺した。<br />そしたら子狐が這い出してきたのでそれも殺した。その時の父狐がワシに復讐に来たのか……」<br /><br />その後、蘆伯斎は狐の親子をねんごろに弔い、廓に祠を建てて稲荷として祭ったという。（出典「成田記」）<br /><br />お隣の館林は狐を助けて城を建ててもらたってのに、アンタと来たら……<br />つか蘆伯斎って……アシハクサイって……クレヨンしんちゃんじゃねぇんだからさ……<br /><br /><br /><br /><hr size="1" /><br />315 名前：人間七七四年[sage] 投稿日：2010/02/06(土) 15:01:49 ID:v4cIsvHS<br />>>314のせいで「アシハクサイ」としか読めなくなった。<br />謝罪と賠償ry<br /><br />316 名前：人間七七四年[] 投稿日：2010/02/06(土) 15:11:17 ID:TwxDEkXa<span class="aa"><br />　　　　　 ／￣￣￣￣￣￣ ＼<br />/⌒ヽ　 /　''''''　　　　　''''''　　　ヽ<br />| 　/ 　 |　（●）,　　　､（●）　　　|<br />|　|　 　|　　　 ,,ﾉ(､_, )ヽ､,,　　　　 |<br />|　|　 　|　　　 ｀-=ﾆ=- '　　　　　 |<br />| ｜　　 ! 　　　 ｀ﾆﾆ´　　　　　　.!　　 　　　天狗じゃ、天狗の仕業じゃ！<br />| /　　　 ＼ ＿＿＿_＿＿＿ ／<br />| |　　　　///／Ｗ＼ヽヽヽヽ＼<br />| |　　　////ＷＷＷヽヽヽヽヽヽヽ<br />| |　　////ＷＷＷＷヽヽヽヽヽヽヽ<br />Ｅ⊂////ＷＷＷＷＷヽヽヽヽヽヽヽ<br />Ｅ／///　　　　　　　　　ヽヽヽヽヽヽヽ<br />| |　 //ＷＷＷＷＷＷＷヽヽヽヽヽヽヽ<br /></span><br /><br />317 名前：人間七七四年[sage] 投稿日：2010/02/06(土) 16:25:02 ID:s0KGK69J<br />動物ネタ面白いね。<br />つか小田の猫ネタってなんだっけ？<br /><br />318 名前：人間七七四年[sage] 投稿日：2010/02/06(土) 17:23:00 ID:nNvA9jU2<br />忍の少し北の方に狸に助けられた城もあったよーなw<br />なんにせよ、無意味な殺生はいかんという事ですね。<br /><br /> ]]>
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<dc:subject>成田長泰</dc:subject>
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<title>何とも微妙な河野通直の動物話</title>
<description> 319 名前：人間七七四年[sage] 投稿日：2010/02/06(土) 20:38:30 ID:Xzx3LBeL動物を助けたからといっていつもいいことがある訳じゃないと思うんだ。ということで動物話をもう一つ。何とも微妙な河野通直の動物話。一杯いる通直さんのうち、以下の話と同じ頃、同じ通直さんの話のようです。http://iiwarui.blog90.fc2.com/blog-entry-3317.html通直さんの奥方がある日突然二人になってしまう。見た目も振る舞いにも違いがなく、どち
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<![CDATA[ 319 名前：人間七七四年[sage] 投稿日：2010/02/06(土) 20:38:30 ID:Xzx3LBeL<br />動物を助けたからといっていつもいいことがある訳じゃないと思うんだ。<br />ということで動物話をもう一つ。<br /><br />何とも微妙な河野通直の動物話。<br />一杯いる通直さんのうち、以下の話と同じ頃、同じ通直さんの話のようです。<br /><a href="http://iiwarui.blog90.fc2.com/blog-entry-3317.html" target="_blank" title="http://iiwarui.blog90.fc2.com/blog-entry-3317.html">http://iiwarui.blog90.fc2.com/blog-entry-3317.html</a><br /><br />通直さんの奥方がある日突然二人になってしまう。<br />見た目も振る舞いにも違いがなく、どちらが本物なのか全くわからない。<br />ところが食事を与えると、一方が怪しくガツガツ食うのを見てそちらを捕らえると狐が正体を現した。<br /><br />怒り心頭の通直さん、さっそく火あぶりにしてしまおうとするのだけれど、そこに大勢の狐たちが現れる。<br />そやつらは口を揃えて<br />「貴狐明神の末稲荷の使者長狐という狐の王で、殺してしまうと災いが起こるので命だけは助けてほしい」<br />と通直さんに頼み込んだ。<br /><br />それを聞いた通直さんは狐たちが四国からいなくなることを条件に狐の命を助けることに。<br />誓文を書いた狐たちは四国を立ち去ったとのこと。<br />めでたしめでたし。<br /><br />……で、結局四国から狐がいなくなったそうなのですが、<br />そもそもそんな偉い狐が奥方に化けて何したかったの？、とか<br />恩を返す訳でもなく追放するだけで何かいいことあったの？、とか<br />いろいろツッコミどころもある訳です。<br />挙句に孫の方の通直さんは自分が四国を立ち去る事になって河野氏自体滅んでしまうんですけどね。<br /><br />ということで、タダのいたずらにしても騙す方、騙される方のウィット成分も少ない、<br />地味な戦国四国の狐にまつわる悪い（？）話、でした。<br /><br /><br /><hr size="1" /><br />320 名前：人間七七四年[sage] 投稿日：2010/02/06(土) 21:06:03 ID:1aZx73Ey<br />>>319<br />四国といえば狸らしいから、その起源（ただし後付け？）話なのかな？<br /><br />321 名前：人間七七四年[sage] 投稿日：2010/02/06(土) 21:17:33 ID:PvfqiWZW<br />狐が四国から出て行くのは弘法大師の話<br /><br />322 名前：人間七七四年[sage] 投稿日：2010/02/06(土) 21:21:35 ID:sfU/cvhk<br />>>321<br />それもあるねー。「鉄の橋が架かるまで戻ってこられない」ってやつ。<br />実際橋効果は絶大なのか、今日もニュースで四国では十数年前から狐の目撃例が増えたと言ってた。<br />戦国時代にも狐追い出し逸話があったんだ。<br />やっぱり皆なんで四国には狐いないんだろうと思ってたんだな。<br /><br /> ]]>
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<dc:subject>河野通直</dc:subject>
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