大隅の港で外国船団同志が

2010年03月27日 00:04

676 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/03/26(金) 01:54:59 ID:qEtDpl94
天文十三年のこと。
スペイン人商人のペロ・ディエスは日本の港に到着した。
彼は東南アジアで中国人所有のジャンクに乗り込み、各地で取引をしながら日本まできたのだ。

港内には、同様にポルトガル人商人達が乗る中国ジャンクが数隻泊まっていた。
そこへ近づく別の中国ジャンク一団。
船荷狙いかショバ争いか、一団は突如、ディエスの目の前でポルトガル商人らに襲いかかった。
ディエスによればその数、百隻以上!
予期するところでもあったか、
ポルトガル商人は手際よく火砲をぶっぱなし、小船を繰り出し、小銃を乱射。
襲撃者を多数殺傷すると、撃退に成功した。

さて、もう一人、この事件を目撃したらしい人がいる。
不幸な形で。
池端重尚という、大隅の領主・禰寝氏庶家の当主である。
重尚は小祢寝港にて唐人と南蛮人の戦に遭遇、手火矢にあたって戦死してしまっている。


日本で外国人同士が大暴れした挙句、地元領主を射殺。
乱世といえど、ちょっと治安が悪い話。




677 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/03/26(金) 13:45:42 ID:3pn5zINd
>>676
まあ日本も、大内と細川の喧嘩のとばっちりで中国の貿易港一つ焦土にしたからなw
そういう時代だったんだろう。
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