世戸口十兵衛の結末

2010年03月28日 00:02

692 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/03/27(土) 17:02:11 ID:RcxccBkm
忠臣かもしれんがちょっと考え物の武将の結末

立花宗茂の家臣にという武将がいた。
弓術と水練の達人で実直な人柄を買われ、宗茂が立花家に養子入りする際の供につけられた人物である。
物事にあまり動じない印象がある宗茂も、さすがに嫡子をはずされて他家に養子入りというのは
けっこうショックだったようで、十兵衛はそんな若い主の支えになるように勤めてきたのであった。

1600年に関が原の戦いが勃発し、立花勢は大津城を攻めた。
その中で、宗茂直筆の降伏を促す矢文を京極家の馬印に命中させるという手柄を立てたものの、
西軍が負けたという報せを受け立花勢も柳川に引き上げることになった。

船で帰国の途中に悲劇が起こった。
十兵衛のあずかる小船が突然の嵐にあい転覆してしまったのだ。
なんとか近くの海岸にたどり着いたものの、助かったのは十兵衛本人と従者ただ一人だった。
そんな惨状を前に十兵衛は、
「殿の頼みとする屈強な兵を死なせてしまった上、自分一人帰っては面目が立たない。
よって腹を斬ってお詫びをする」
生き残った従者にこのことを伝えるように言い残し、そのまま切腹して死んでしまった。
股肱の臣ともいうべき十兵衛の死を聞いた宗茂は深い悲しみに沈んだという。

自分の中だけで話を完結させてしまって、主がどう思うか考えなかったのかね?
これからが立花家にとって正念場だと言うのに…




693 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/03/27(土) 17:38:14 ID:E7k25Rqj
なんてこったしくじった!
失敗した以上どの面下げて帰れってんだ。顔向け出来ん、死ぬ!

って事なのかねぇ
まぁこの時代色々極端だから…

697 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/03/27(土) 20:41:31 ID:9N2QDJLl
>>692
衰弱しちゃって、落ち武者狩りを撃退しつつ帰国する体力がなくなったのかもしれんね…
悲劇だ
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