穴山信君謀反秘話

2010年11月24日 00:00

713 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/11/23(火) 02:56:17 ID:yzZil/kB
向こうで穴山信君と武田勝頼の話が出ていたのでこっちでも。
昔河口湖に合宿にいったときの古老(というほど年でもなかったが)に聞いた話。


木曽が裏切る前か織田が攻め入る直前か要領を得なかったが、そのあたりのころ。

滅亡直前の武田家には、織田家から頻繁に降伏勧告が届いていた。
その条件は、婚姻と従属という、和議ともとれなくもない譲歩したものだった。

武田の姫を織田の嫡男の正室にして、間に生まれた長男を織田の後継とし、
その後に生まれた適当な子を勝頼の養子として武田を継がせるというものだったらしい。

一族の会議ではこの案を受け入れることを決定したが、勝頼はこれを拒否。
勝頼は自分の身だけを考えていると非難囂々だったらしい。
(勝頼が腹を切れというわけじゃなかったみたいだが、分からない)

そこで穴山信君自らが新府城に登って説得しようとしたのだが、勝頼は聞かないばかりか
「織田を討つ」「御旗楯無ご照覧あれ」と言って人質(木曽の?)を殺してしまった。

穴山信君が謀反を起こしたのはそれからしばらくしてのことで、驚く人は誰もいなかった。
むしろ「穴山様が勝頼に代わるならば安心だ」とほっとしたのだという。

「このあたりの領主だった小山田さんも、それで勝頼の首を差し出して、穴山さんを新たな
殿様にして武田を立て直そうとしたんだけど、勝頼に逃げられちゃって、身代わりとして
信長に殺されるはめになったんだ。勝頼は自分の格好ばかりつけようとする悪い奴だ」  と語っていました。

714 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/11/23(火) 02:58:55 ID:yzZil/kB
あ、先に謝っておきます。 自分は穴山と一緒に寝返った人物の末裔ですので、
穴山信君に甘い聞き方をしていたかもですし、甘い書き方になってるかもです。




716 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/11/23(火) 04:13:46 ID:9PWsLyeS
>>713
北畠の時と同じやないけw

さすが信長www

717 名前:人間七七四年[] 投稿日:2010/11/23(火) 09:29:54 ID:BcqWemlR
>一族の会議ではこの案を受け入れることを決定した
結局、勝頼は後継者って思われてなかったのかなぁ
この案の場合、勝頼の子の信勝は消されるんだろうか

719 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/11/23(火) 10:48:05 ID:vhuJVHgY
>>716
同じ言い草で命どころか御家まで丸々ぶんどった信長からこんな提案されたら首肯しかねるよなw

720 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/11/23(火) 11:02:12 ID:WJzUmZ63
史実では織田は武田の詫言(降伏)を拒絶してるのにな。
そういや河口湖近辺まで小山田領だったことに初めて思い至った。

721 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/11/23(火) 12:11:51 ID:Z69JN7gC
勝頼が言うことを聞かなくて滅亡へという筋書きにはどうも首肯し兼ねるんだよな。
勝頼の逸話には逆に言い分を懸命になって消化しようとする律儀な一面も透けて見えるし。

俺の身贔屓なんだとは思うけどさ。

722 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/11/23(火) 12:18:31 ID:0ILJiCxQ
親の因果が子に報いってことだろうね。
本人は頑張ったんだと思うけど親父のやり方では
甲斐武田家の末路はさもありなんとも思える。

723 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/11/23(火) 12:20:58 ID:nQ+OGLiP
>>722
信長「君はいい鴨であったが、君の父上がいけないんだよ。ハッハッハッハッハッ」

724 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/11/23(火) 12:56:26 ID:N/OkD4cG
>>722
信玄のせいで勝頼と武田が滅んだというのもどうもなあ
信長のせいで息子達と織田家が瓦解したのか
秀吉のせいで秀頼と豊臣家が潰れたのか
言い出したらどうとでもなるんじゃないか?

728 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/11/23(火) 13:58:12 ID:7pZQOhFf
家名を保てない当主は当主たりえないからなぁこの時代
どんなに正当性があっても引きずりおろされる

…逆に言えばどんだけボロ負けしようが家さえ保てば、ね?

729 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/11/23(火) 14:17:24 ID:28xKgT88
天庵「いや、いくらなんでもそれはバカすぎるだろw」

730 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/11/23(火) 14:53:20 ID:2oKc20PS
>>713
信玄の後継者としての責任やプライドがあるから、簡単に頭を下げられないのよ。

景勝も、相当なプレッシャーがあったので、滅びる時は仕方ないと、佐竹に手紙を送っている。


731 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/11/23(火) 14:56:13 ID:2oKc20PS
>>724
秀吉は死ぬ直前に、大阪城の改修工事を徹底的にしてる。
思い切って、城を家康に渡すくらいしてれば滅びずに済んだ。


732 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/11/23(火) 15:13:59 ID:c9u2mhOq
>>713
武田の姫と織田の嫡男が、松姫と信忠だったら面白いな。

733 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/11/23(火) 15:19:51 ID:RNqz7lWv
まあ信忠と松姫の話がすでにあったとはいえ
降伏勧告の内容が織田の嫡男に姫を継がせるぞ、って辺りが自分達(武田)の矜持なのかね
信忠の正室が空いていたのは内親王狙っていたんじゃないかと、個人的には思うんだが

734 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/11/23(火) 19:44:05 ID:yzZil/kB
>>732
多分そうじゃないですかね。まあ非常に一方的な主観を感じる逸話ですが、
それは下々に言い伝えられた逸話と言うことで処理してください。

736 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/11/23(火) 20:20:47 ID:HI9SiVRG
>>713-714
諏訪神社の神意やら願文うんぬんの話とか聞くと、
勝頼は既に滅亡やむなしって諦観があったんかなあと思ってしまう……

木曽や穴山、小山田は家を残そうと行動したんで普通の武家・領主なのかもしれんがね
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穴山信君の勇気ある心遣い

2010年11月22日 00:00

395 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/11/21(日) 00:06:31 ID:d7FKAjzh
穴山信君の勇気ある心遣い

長篠の戦いの直後、武田勝頼のもとに一門衆の穴山信君が訪れた。
戦後処理のために徳川と交渉することを許して欲しいというのである。

つまり徳川家に金品を贈って、捕虜の身請け、遺体や遺品の回収と弔いなどの許可を得たいというのだ。
ところが、これに対して勝頼は頑として許可を出さず、食い下がる信君に怒って罵声を浴びせた。
しかし、穴山信君にはどうしても戦後処理を進めねばならない理由があった。


wikipediaによると、戦死した主な武将について
>>武田四天王の山県、内藤、馬場を始めとして、原昌胤、原盛胤、真田信綱、真田昌輝、
 土屋昌次、土屋直規、安中景繁、望月信永、米倉重継
とあるが、これらは武田政権中枢の、言わば戦死した官僚たちである。
これらの武将たちが、武田の新領土である信州や山梨北部の領主なのもそれを表している。


しかし、本当に悲惨だったのは、河内(山梨南部地域)・木曽の半独立豪族たちであった。
特に戦場に近い河内では、下部左京、丹沢主馬、井出元輔、下村源助、市ノ瀬左衛門ら有力国人が戦死し、
兵卒も大損害を被った。

主従関係こそなかったようだが、これら河内衆の指揮を執っていたのが穴山信君であり、
責任を感じていたのであろう。
勝頼から許可が得られないと知ると、駿河の配下豪族・万沢氏に独自に交渉するよう命じた。無論彼の独断である。

信君の努力の結果、内々に許可が出た。戦死者の家族や部下たちは長篠に向かい、
人捜しをしたり弔いをしたりした。

これらは本来、勝頼が責任を持つべき部類の仕事だと思われるのだが、なぜ指示せず交渉も
却下したのかは分からない。
だが主君の怒りを恐れない信君の優しさに、家中の士卒のみならず河内衆みなが感激した。

武田滅亡時、これら河内衆は武田庶家までほとんどが穴山信君に従って徳川に寝返ることになる。




396 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/11/21(日) 00:27:23 ID:d7FKAjzh
長篠だと、
「信君はお味方危うしと見るや、敵に背中を見せて一目散に逃走。武田逍遙軒と信豊も続き、ついに潰走が始まった」
というような認識が一般的だけど、実はこのあたりの記述は、例の甲陽軍鑑にしかないんだよね。

指揮下にあった武田の庶家衆まで討ち死にしているってことは、本当は奮戦したのかも知れない。

397 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/11/21(日) 00:45:35 ID:L4DoOPR4
一門衆は後備えだから単に早く戦場から離脱できただけだろうな

398 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/11/21(日) 01:06:27 ID:V3+RI8MR
酒井忠次の別動隊が長篠城を包囲していた部隊を壊滅させてたから
退路を断たれて全滅もありえた

399 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/11/21(日) 01:07:21 ID:NWqfuSSQ
調べたら、市ノ瀬氏は馬場氏と同族で甲斐源氏。
下部氏は秋山氏や三枝氏と同族で甲斐源氏。
下村氏は井出氏と、穴山氏は丹沢氏と(ry


甲斐情勢は複雑怪奇なり

400 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/11/21(日) 01:09:39 ID:gF9EBSbi
なぜ
「甲州情勢は複雑怪奇なり」
と言わない・・・と思ったら、甲斐と「怪」奇をかけているのか

401 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/11/21(日) 01:11:58 ID:NWqfuSSQ
利口な奴は考えすぎるということだ(キリッ

402 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/11/21(日) 01:12:14 ID:G+XKskO8
信長公記の記述だと武田逍遙軒も先陣として突撃している。
本来は脇備か後備を勤めてるはずの部隊も前面に出し兵力差を補ったんだろう。
そこから推測できる状況としては
予備兵力を前面に出してしまったことから酒井の片翼包囲に対応できず前に進むしかなく
精鋭たる本来の先手である山縣隊らとは錬度士気とも劣る親族部隊が
数時間の激闘に耐えられず、最初に敗走したって事だろう

軍鑑は本来軍事テキストで無理にでも理屈の通った敗因を作る傾向があり
穴山以外はその後も重用されてるから軍鑑の長篠の記述は鵜呑みには出来ないな

403 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/11/21(日) 01:36:16 ID:M4yaFFC1
なんでもそうだけど説明しようとすると勝った方の意図通りになったから勝利を得たってなりがちだよね
(結果論で語る解説者とか)
軍記ものとか兵法書とか戦場の霧を無視してること大石

404 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/11/21(日) 08:25:25 ID:JyqEQqUU
最初の予定と大分違ったけど勝っちゃったって事がそれほど多いかな?

405 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/11/21(日) 10:07:59 ID:zeoTJXYH
古今東西、最初の予定通りに勝ちました、なんて戦争の方がよっぽど少ないよ
だからこそ参謀組織が発達していくんだから

406 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/11/21(日) 10:22:48 ID:SIiAnx3i
>>397
典厩は違うだろ。

407 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/11/21(日) 10:49:38 ID:ywZFe45s
ヤケクソで突撃かましたら敵総大将を殺っちまったZE!
ってのはあるのかね?

408 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/11/21(日) 10:51:15 ID:SIiAnx3i
>>407
桶狭間www

409 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/11/21(日) 11:23:54 ID:4a70b2O8
>>405
情報収集と的確な分析というのは強調されるけど、近代戦ですら「戦場で手に入る情報で確実なものはない。
全く正反対の噂が飛び交っていたりするから」
と言われてるくらいだしね

410 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/11/21(日) 11:37:44 ID:tsfrYBQq
>>407
中国だと昆陽の戦いがややそれっぽい。
公称百万(実数は多説あり)相手に一万弱で籠城。
もちろんそのままじゃ落ちるだけなんで援軍呼んで挟撃するために13騎が夜間脱出。
劉秀は兄が反乱軍指導者の政敵のため、疎まれてか足止めのため周囲の地域から募兵後ゲリラ戦展開。

そこで本来文官で傍流皇族の劉秀が、うっかり雷雨の日に敵宰相を殺してしまってさぁ大変。
敵は虎の子の精兵が一気に瓦解するわ、従軍してた対異民族戦での歴戦の名将が散り散りに逃げて
分断された地域に逃げ込むわ。
味方は劉秀の兄の発言力が強くなりすぎて兄が粛清されるわ、そのごたごたで洛陽奪取を赤眉に先越されるわ。
予想外過ぎて敵も味方も大混乱に陥れてしまった。

411 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/11/21(日) 12:09:29 ID:iI+QVGP9
宮城谷の今連載してるやつがちょうどそのあたりやってたような

412 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/11/21(日) 12:35:48 ID:iz8X6d5W
また、完璧超人って感じ?

413 名前:人間七七四年[] 投稿日:2010/11/21(日) 12:57:53 ID:zu2BFfRz
そーなのかー

414 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/11/21(日) 13:09:13 ID:iI+QVGP9
完璧超人であるということが、たれの辜であると言えるのか

415 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/11/21(日) 13:44:36 ID:XJeSkVtC
>>399
みんなみんな♪親戚なんだ♪甲斐源氏な~ん~だ~~♪

416 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/11/21(日) 16:10:54 ID:saAd/65U
ヤケクソで突撃?
こ、これは焼き味噌じゃ!!

穴山梅雪と武田埋蔵金伝説

2010年03月31日 00:05

773 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/03/29(月) 22:23:00 ID:pCmjMhyh
やっぱりフェイトちゃんが人気なのは当然として
金髪ってのは日本人が大好きだと思う
そもそも日本人は昔から金が好きだから
要するに何が言いたいかと言うとフェイトちゃんは可愛い

774 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/03/29(月) 22:24:06 ID:pCmjMhyh
申し訳ない




778 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/03/29(月) 22:46:30 ID:eXiePoaF
よしわかった。金についての話だな

戦国期の金といえば有名なのが、武田信玄の甲州金だが、これは当時から全国的にも名高く、
武田家滅亡の後多くの「埋蔵金伝説」が生まれた。

「諏訪湖の湖底に大量の甲州金を隠した」「軍用道路である棒道に埋蔵金が埋められている」
と言ったものは有名だが、これに加え

『信玄は生前、穴山梅雪に命じて大量の甲州金を隠させた』

と言うものがある。この伝説によると、本能寺の後、伊賀越をする家康と別れた
穴山梅雪が盗賊によって殺された際、この盗賊が梅雪の遺品のなかから書付を見つけ、
それを頼りに埋蔵金の「三分の一を見つけた」、というのだ。
では残りの三分の二は未だ…?


ちなみに1971年、山梨県勝沼市のぶどう園でゴミ捨て用の穴を掘っていたとき、
その穴から「ひるも金」と呼ばれる室町幕府時代の金貨2枚と、甲州金18個が発見された事があった。
これは武田氏家臣、勝沼氏の隠し財産であった、といわれる。

甲州金の本場、山梨。そこには未だ多くの甲州金が、人目に触れず隠れているのかも知れない。




779 名前:奇矯屋onぷらっと ◆SRGKIKYOUM [sage] 投稿日:2010/03/29(月) 22:49:31 ID:0hjDLiPE
いい話だ。

780 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/03/29(月) 23:23:24 ID:7mriKN6E
ロマンはあるけど信玄は埋めてないだろうな
あったら勝頼が使ってる

781 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/03/29(月) 23:28:14 ID:xZh4FNfv
金だけあっても戦はできぬ

782 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/03/29(月) 23:54:06 ID:EjPNY3Gg
>>781
ケチな旦那持つと領地経営も大変ですね


783 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/03/30(火) 00:44:32 ID:5Uyv65Ik
信玄公がブドウ畑に隠したと伝えられる温泉を掘り当てた農民は

石和温泉が日本有数の温泉地に成長し、観光でたんまり金が入りました

めでたし、めでたし。

785 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/03/30(火) 06:57:05 ID:BZZ7EgrN
>>778
よし、8時間15分¥44,510也をかけて山梨へ行くぞ

穴山梅雪、持病の為に

2010年03月29日 00:03

748 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/03/28(日) 21:29:39 ID:QDRb2/iA
病気関連で一つ投稿。
こういう説もあるらしい。

武田家にて重きをなした穴山梅雪は、若い頃から「痔」主であった。
外痔核、すなわち「イボ痔」で、しかもかなりの重症であったらしい。

周知のとおり、武田勝頼との意見が合わず遂には裏切って武田家を滅ぼした
梅雪は、武田討伐後、家康とともに信長から安土城へ招待を受ける。
信長から大いに饗応されたが、それがいけなかった。


大量の飲酒により痔が悪化したのである。


更に堺見物に出掛け、そこでも堺の商人たちから饗応を受け(当然飲んだ)、
ますます悪化させてしまった。


主家を滅ぼしたという疾しさから相当なストレスも感じていたのだろうか、

ストレス→飲酒で発散→酔いが醒める→ストレス→飲酒で(略)

という循環に陥ってしまっていたか?


間の悪いときに本能寺の変勃発。


当初は家康とともに脱出をはかったが、既に歩行も満足にできない状態に陥っていた
梅雪は、枚方で脱落。思うように先へ進めないうちに土民の襲撃にあい落命。



穴(肛門)にできた山(イボ痔)が命取りになった梅雪さんのかわいそうなお話。




751 名前:人間七七四年[] 投稿日:2010/03/28(日) 22:12:05 ID:WxGt4ElM
>>748
他人事とは思えない。