依田康勝の暗転

2010年04月05日 00:00

875 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/04/03(土) 22:39:45 ID:Ko23iSAE
依田康勝と言えば、家康配下で藤岡三万石を与えられていた大名であった。
さて、慶長五年(1600)といえば関ヶ原の年だが、1月、この時は未だそれは起こっておらず
世は平穏であった。

そんな時依田康勝は、大阪の旅館において小栗三助という徳川家の旗本と碁を打っていた。
その勝負は依田康勝が勝ったのだが、よほどの熱戦だったらしく対局が終わっても
小栗三助は依田康勝に対し文句を言いまくった

「今の負けは納得出来ぬ!」
「何を言うか、お主が弱いから負けたのだ!」
「いいや納得出来ぬ!どこかでインチキでもしたのではないか!?」
「何を!?」

頭に来た依田康勝、おもむろに刀を抜くと、なんと小栗三助をその場で斬り殺した!
斬ってから気がついた。

「大変なことをしてしまった…」

徳川家の同僚を私闘によって斬ったのだ。当然大罪である。
康勝はすぐさま大坂を出奔し、高野山に上り反省の意を示して沙汰を待った。
結果、一命は助けられたものの藤岡三万石は改易。康勝は牢人となった。
依田康国より三代続いた大名家依田氏は、囲碁の喧嘩で滅びてしまったのだ。

その後しばらくして、康勝は結城秀康より食禄五千石で抱えられた。
しかし康真は刃傷事件を起こしたと言うことで、依田姓をはばかり母方の加藤姓を名乗ったと言う。
さらに子孫はのちに、蘆田姓に改めた、とのこと。

囲碁で家を滅ぼした、大名のお話。




876 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/04/04(日) 18:41:21 ID:8aYvnEop
ほんとに悪い話はコメントしづらいw

877 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/04/04(日) 18:50:39 ID:zcZNxdbO
まぁ悪いことしたら素直に出奔ってことでいいんではないでしょうか
スポンサーサイト