宗茂の遺風

2010年04月06日 00:01

198 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/04/05(月) 20:00:03 ID:Odk9P7+b
宗茂の遺風

寛永十九年(1642)十一月二十五日、立花宗茂はその波乱の生涯を閉じた。
そして5年後の正保四年(1647)の事、肥前長崎沖に、三隻のポルトガル船が姿をあらわすという事件があった。
これに幕府は御奉書をもって四国、西国の諸侯に沿岸の防衛体制を取ることを命令。
西日本諸侯は海域の警備を強化した。

その中でも、立花忠茂の軍勢は特に目立っていた。
彼は急な命令にも関わらず、すぐに3870余人の軍勢を出し、そのうち800人は水主であった。
船は33隻、そのうち戦闘船である関船は9隻。
立花勢はその人数が1万にも2万にも見えるほどの圧巻であったと言う。

これを見た人々

「流石立花家は違う。日頃より武備を嗜んだ宗茂公の遺された家風がよく残っている。」

と、甚だ感心したそうだ。
これにより諸侯の中で立花忠茂の評判は、一際勝ったそうである。

緊急事態に現れた、立花宗茂の遺風、のお話。




199 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/04/05(月) 20:32:55 ID:Sdi+Jtd/
さすが立花家の格は違った

200 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/04/05(月) 20:43:41 ID:3T9vmo/4
さすがだな宗茂さんは・・・
家臣たちの心をがっしりとつかんでいた

201 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/04/05(月) 22:11:51 ID:5bLbDdct
死後まで完璧とか…
ってか素直に忠茂の手柄にしてやれよw

202 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/04/05(月) 22:24:32 ID:3T9vmo/4
そうだね
養父の教えをよく守ったよ
目の上のたんこぶがなくなると羽のばす奴が多いからね

203 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/04/05(月) 22:53:39 ID:Rm6Vot71
家久(悪)「まったくだ」

204 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/04/05(月) 23:26:11 ID:5BWbgXzl
政宗「そういう奴ってほんとうに駄目だよな」

205 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/04/05(月) 23:28:49 ID:whmhYZ3f
ギン千代「ほんとほんと」

206 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/04/05(月) 23:44:27 ID:ENyqNX9f
義理の祖父・道雪(苦労人)
実の祖父・紹運(苦労人)
義理の父・宗茂(苦労人)
実の父・直次(苦労人)
本人・忠茂(当然の如く苦労人)

207 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/04/06(火) 00:06:49 ID:ODBBzkZd
>>206
なんという濃密さw

208 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/04/06(火) 00:16:59 ID:mbphGfIq
道雪紹運宗茂くらいしか知らないが、
こいつら苦労してるんだろうがそれを苦労と思ってなさそう。

209 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/04/06(火) 00:41:57 ID:mZnGdP4T
>>208
苦労するのを覚悟してその道を選んでるんだろ

義理の祖父・道雪 苦労を覚悟にバカ殿に諫言
実の祖父・紹運 死を覚悟に岩屋城篭城
義理の父・宗茂 鬼嫁を覚悟に婿入り
実の父・直次 鬼女を兄に押し付ける変わりに家督相続
本人・忠茂  DQNの血筋としっての嫁取り



210 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/04/06(火) 01:00:36 ID:wu5Q4Air
>>209
宗茂、覚悟も何も親父が行けといわれればいくしかなかったんだぜ?

211 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/04/06(火) 01:14:27 ID:9EShjBdR
宗茂さんは決死の覚悟で城を守るより、浪人生活の方が苦労を感じてそうだ

212 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/04/06(火) 01:27:09 ID:wu5Q4Air
最初は何とかなるだろうと思ってたけど
段々弱気になっていってしまいには諦めがはいってたりしたようだけど
なんとか踏みとどまって弓術の免許皆伝になったり蹴鞠の免許とったりと
今で言う自分磨きに精を出していたようだ >宗茂
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