『東郷の本音』

2011年07月15日 23:15

12 名前:人間七七四年[] 投稿日:2011/07/15(金) 20:20:11.26 ID:movMjuWE
『東郷の本音』

 東郷重位。13歳にして短刀で狼藉者を刺殺し、六十歳を過ぎて「家中、凶暴の最たる者」橋口小藤太を屠る。

 背丈は鴨居に余る巨漢で、眼は小さいが光り鋭く、角顔。立腹すれが総身の毛が逆立つ
常人ばなれした人物と記録される。

 但し、平素は温厚で沈着。誰に対しても礼儀正しく、稽古に訪れた幼少の門人と雖も、必ず玄関まで見送った。

 武芸以外にも、和歌は阿蘇玄与に師事。

 善吉和尚に出会わなければ、後藤一門に入門する予定だけあって金工・蒔絵にも通じ、自作の刀の鍔や
蒔絵の椀も残している。

 戦場では初陣で敵の首級を挙げ、琉球出兵においては坊津の地頭として後方兵站の任に当たり、
島津家や重臣達にも信頼され、内密の相談事も多かった。

 そんな人物が、生涯十数回の上意討ちについて語り残している。

「上意討ちの一事は、書き残さない。何故なら、自ら好んで為した事にはあらず」

 と、自分から暗殺役を買って出たのではないらしい。

「且つ、仰せを蒙るとも誉れならず。有り難くも無し」

 島津義久の命で上意討ちをした時、大騒ぎになると思い城内の櫓で見物していたのに、一瞬で終わり
拍子抜けしたと言われる。

 その時、見せ場がなくて申し訳ござらんと、聴き様によっては反抗的な答えを返している。

「自分は是非なく為したる事にして、親類兄弟などにはどんな存念あるやも知り難し」

 義久や家久の主命なので、自分としては断る訳にも行かず、でも周囲や身内の事を考えると……。

 戦場での手柄話と違って、自慢する気にはなれなかったらしい。そんな、東郷の本音。




13 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/07/16(土) 06:33:20.41 ID:NxRUfE0U
悪い話かなぁ?

14 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/07/16(土) 09:35:26.46 ID:BzhqUx0y
まあそうやって「好きでやったワケじゃねえ」とか言えるのも東郷さんだからであって

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『成功報酬?』

2011年07月14日 23:06

5 名前:人間七七四年[] 投稿日:2011/07/13(水) 20:34:04.56 ID:zXZRlqOA
『成功報酬?』

 島津家久(忠恒)の治世は、未だ乱世の余習、除かれず。

 これの故に、凶暴謀反の叛徒。頻る多し。とは、『東郷氏支族系図』にも掲載されている当時の薩摩。

 ……乱世の習いが消えていないのは誰かとか、凶暴なのは何方の事でしょうかとか、色々と突っ込みたい事は
少なくないですが…。

 それはともかく。

 十九回とも十数回とも、義久ないし家久の命令で上意討ちを行い、一度も仕損じた事がない東郷重位

 この日、新たな命令を賜る。

「橋口小藤太、これは我が家中でも凶暴の最たる者じゃ。頼むぞ、重位!」

「ははっ!」

 介添え役の鎌田左京政徳と共に、平伏する重位。

「此度は、特別にこれを授ける」

 家久が差し出したのは、則光の銘刀。

 普段、重位が何か事の後に拝領する副え刀(脇差)ではなく、大刀である。

「頼むぞ、重位。(……死ぬなよ!)」

 言葉には出さず、則光の刀で気持ちを表現する、珍しく「綺麗な」家久。

(続き)

6 名前:人間七七四年[] 投稿日:2011/07/13(水) 20:42:22.78 ID:zXZRlqOA
(続き)

 さて、当日。則光の銘刀を佩いた重位は……いつもと変わる事のない鮮やかさで、たちどころに小藤太を斃す。

「重畳至極。流石は重位じゃ!」

「いえいえ。これも、殿より賜りたる則光のお陰でごわす」

「おお、良く切れたであろう、則光は!」

「はい。この刀の鋭さは、比較できるものはごわさん(其刀の利、ならべ比する者無し)」

「……そんなに、凄かったのか」


『事を以て公に聞ゆ。因りて又、命じて之を還さしむ』

 一旦、上げた物を後になって(しかも、成功した報酬を)還せという、島津家久(忠恒)の悪い話。

 ……そんな事しなくても、重位も後代の東郷家の人々は拝領刀ばかりか自腹購入の銘刀をも、島津家の
祝い事などで何度も献上しているのに。




7 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/07/14(木) 00:45:36.47 ID:qp517aZb
>>十九回とも十数回とも
そんなにやっているのか.
上意討ち始めましたって看板がかかっていて
「今年ももうそんな時期なんだね~」みたいな光景が思い浮かぶ。


8 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/07/14(木) 08:02:12.16 ID:Et3T7gq7
それだけ殺ってるのに返りうちにあわず復讐もされず口封じされてないから凄い
東郷と目があっただけで勘違いして殺しに来る輩だっていそうなもんだし

『東郷への報酬 ①』藤原氏長

2011年07月13日 23:06

575 名前:人間七七四年[] 投稿日:2011/07/13(水) 18:58:51.42 ID:zXZRlqOA
『東郷への報酬 ①』

 東郷肥前守重位。示現流の開祖であり、薩摩では諱を「しげかた」ではなく「ちゅうい」と読む、この人物。

「温厚で沈着、目下の者に対しても慇懃で礼儀ただしく、領民に温情ある」と言う、薩摩では存在するだけで
周囲の総スカンを食らった挙句に抹殺されそうな為人(ひととなり)を貫き通しただけあって、強い。

 初陣(十八)で敵の首を挙げ、十数回(一説には十九)の上意打ちは全て介添え役の手を煩わせず完遂し、
天真正自顕流を善吉和尚に授けられて以降は四十数名の挑戦者を悉く撃破。

 そんな達人を、おそらく最も悩ませたであろう存在は、自身が指南役を勤めた島津忠恒かもしれない。

 なにしろ、http://iiwarui.blog90.fc2.com/blog-entry-611.htmlな逸話がある人物である。

 現在でも東郷家には、この時の琉球扇子(黒染骨18、高さ1尺、八部折れ五つ、扇面は草花画金泥書、古詩を墨書)が
保管されているぐらい。

 但し。この時の忠恒。決して仕合の勝者である重位に、首に刀の引き出物(未遂)だけで返した訳では無い。

「和上者!」

 と一括され、腰を抜かした忠恒に三間さがって平伏する重位に、その時に腰に副えていた脇差(薩摩鍛冶・藤原氏長
1尺6寸2分)を手ずから授けている。

 刀身には「南無大慈悲観世音菩薩」の九字彫刻と、忠恒が首取りに際してつけた切り込む傷のついている
業物だった。





『東郷への報酬 ②』来国光の短刀

2011年07月13日 23:06

576 名前:人間七七四年[] 投稿日:2011/07/13(水) 19:21:30.01 ID:zXZRlqOA
『東郷への報酬 ②』

 慶弔九年。四十四歳で忠恒の指南役となった重位。

 ……実際には↑のような逸話の後も、刀で切れる訳がない碁盤を両断しろとパワハラされ(碁盤どころか、
床板まで切って見せる)、

 風呂上りに話があると呼び出され、隠していた木刀で奇襲をされ(前回と同様、扇子で迎撃。左手の腫れた忠恒、
数日は薬湯で療養し寝込む)たりと、

気苦労の耐えない日々である。

 そんな、ある日。

 島津義久、義弘の両公の御前に召し出された重位は、義弘から直に労いの言葉をかけらる。

 且つ、両公自作の和歌を自筆した短冊と、来国光の短刀(9寸5分)を拝領した。

「これを以て汝の功を賞す」

 ……体育会系の教師に、父兄がうちの息子は駄目な奴ですが先生の尽力でと依頼しているような、銘刀拝領のお話。




『東郷への報酬 ③』関禅定兼吉

2011年07月13日 23:06


『東郷への報酬 ③』関禅定兼吉

東郷重位 島津忠恒(家久)

577 名前:人間七七四年[] 投稿日:2011/07/13(水) 19:38:22.38 ID:zXZRlqOA
『東郷への報酬 ③』

 慶長十一年三月。京都で仙洞御所の普請に参加していた島津家久(忠恒)は、淀川を遡っていた。

 目的は、江戸に参覲して江戸城の普請に働く家臣と合流する為である。

 伏見を目指し、大船から小船に乗り換えた家久。お召し舟の同乗者は、侍では重臣の玉川伊予守(後の
本郷伊予義則)と護衛役の重位。

 他は、船頭・船子・小者の類で、他の重臣や家臣は別々の舟に分乗している。

 淀川の流れを、時に棹を使いながらも、その殆どを岸から曳き縄に曳かれて遡上するお召し舟。

 乗船人数が少なく、曳き手の数は多いので、後続の舟を引き離して独走状態。家久は上機嫌だった。

「殿、後ろの舟が遅れております。舟の足を緩めては?」

「その必要は無か。船頭、もっと早う走らせぃ!」

 重位の提案は逆効果。

「公の舟、独り進みて従者の舟、未だ及ばす」と記録される事態に。(続く)

578 名前:人間七七四年[] 投稿日:2011/07/13(水) 19:52:48.15 ID:zXZRlqOA
(続き)その時。前方には「加藤肥後侯の臣、某等の舟」が。

「構わん、このまま行け!」

 家久、加藤家家臣の舟を追い越す。

 ……その時、加藤家の舟と岸の間には曳き縄が存在し、それが自らの舟の上を経過しようとした時。

 家久は、船子に命じて縄を両断させた。たちまち、淀川の勢いに屈して岸に乗り上げる加藤家の舟。

「はっははははは!」

 高笑いの家久。青褪める周囲。当然、加藤家の側は激怒する。

 舟から降りた加藤家の家臣達は、家久の召し舟を曳いていた縄を奪い、陸に向かって引き寄せ始めた。

「……拙いかな、これ?」

「危難です、はい」

 薙刀の鞘を外す家久に、弓に矢を番える伊予守。島津の家臣団を乗せた船団は、遥かに後方。

 と、遂に岸に引き寄せられてしまったお召し舟から、さっと立ち上がる重位。(続く)

579 名前:人間七七四年[] 投稿日:2011/07/13(水) 20:00:55.92 ID:zXZRlqOA
(続き)普段、温厚で沈着な人格者の容貌は、修羅のそれに一変していた。

「……あ、あの。重位、さん。ここ、伏見だから。騒動を起こすと両家とも無事じゃ済まな…」

 剣を抜き、今にも岸に降り立とうとする重位。聞いていない。

「待て。暫し、待て!」

 薙刀の石突で、必死に重位の袴の裾を押さえる家久。

 加藤家の家臣団、目の前の修羅(場)に圧倒され、棒立ち状態。

 ……結果。

 双方、睨み合いの間に島津の家臣団を乗せた船団と、加藤家の重役の乗った舟が到着。

 双方の重役同士が挨拶をすませて、事は穏便に解決した。(続き)

580 名前:人間七七四年[] 投稿日:2011/07/13(水) 20:15:45.62 ID:zXZRlqOA
(続き)その日の夜、島津家の伏見屋敷。

「今日の事、幸いにも難に及ばず」

(一体、どなたの所為だったのでしょうか?)

「やむを得ぬ場合、衆寡敵せぬ以上、加藤の主だった者(魁の者)を視て、これを撃ち殺すつもりだったぞ」

 その時、重位は答えた。

「臣にはそのような他意は無し。手に随って悉くこれを斃さんのみ。

 いずくんぞ、敵する者を択ぶ暇あらん」

 主要人物を真っ先に片づける事で、敵の崩壊を誘おうとしていた家久に対し。
 
 重位は、刀の間合いに入っている者は全て斬り殺すつもりだった。

 ……逆に言えば、その殺気が伝わる事で、加藤家の家臣団は全員が動けなかったのかもしれない。

「……」

 圧倒された家久。副え刀(脇差)の中で、

「この副え刀、よく剛を断つに堪えん事。公、平日自愛する所」

の、関禅定兼吉が鍛えた1尺3寸(刀身に蓮花を彫刻)を賜る。




『東郷への報酬 ④』備前物脇差

2011年07月13日 23:05

581 名前:人間七七四年[] 投稿日:2011/07/13(水) 20:23:07.06 ID:zXZRlqOA
『東郷への報酬 ④』

 元和八年、夏。

 江戸において六十二歳の東郷重位、柳生門下の高弟である福町七郎右衛門、寺田勝介と対決。

 両名は重位に敗れ、入門誓詞を差し出す。福町は三日後、打撃が元で死亡する。

 家久、大喜びして備前物の脇差を下賜する。


 こうして見ると、事ある毎に脇差を拝領しているようです。

 実際には、大刀を拝領した事もあるそうですが……そちらは、悪い話の方で。

 長々と書き込んで、失礼を致しました。





島津忠恒の注文

2010年11月30日 00:00

769 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/11/28(日) 21:58:26 ID:klJ5C+WU
ある日、東郷重位は主君の島津忠恒から上意討ちを命じられた。が、忠恒は今回一つ注文をつけた。

「憎っくき彼奴めの死ぬところを、直に見てみたいのだ。オレは城の角櫓から見ているので、城門の前で
討ち取ってくれ。出来るか?」
「殿の仰せ、しかと承りました。どうぞ存分に御覧下さい。」

さっそく重位は、城門の前で目指す相手を待ち受けた。数刻後、相手が城門を出たと見るや、剣士は動いた。
「上意であるッ!チェストオオオ―――――!!!」

重位が相手の脇を抜けた、と見えた次の瞬間、相手は崩れ落ち、その頭は瓜のように真っ二つに割れた。

身なりを改める間もなく、重位は再び忠恒に呼ばれ、ねぎらいの言葉を受けた。
「重位、ようやった。それにしても、相も変わらぬ腕前よ。諸人に勝れたる仕留め方であったわ。」

「いやあ、拙者の示現流もまだまだ未熟にて、恥ずかしき次第にござる。使命を果たすには、首飛ばすだけで
良いものを、殿の上覧だからカッコつけようと欲心を起こし、あんな派手な事をやってしまいましたわい。」


東郷重位、生涯に十九度の上意討ちを果たしたという。
示現流開祖の豪剣ぶりを語るいい話…と言えなくもないが、悪久主従の思考がなんかアレなのでこっちに。




770 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/11/28(日) 22:09:13 ID:7CzQdynq
忠常「東郷、たのむ!島津家のためにこやつを暗殺してくれ!」
東郷「分かった やってみよう」
忠常「おおっ!!」

771 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/11/28(日) 22:17:01 ID:YXhN5Zfo
上意討ちっていっても単なる私怨にしか思えないってのは、
悪久さんの普段の行いかね~

772 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/11/28(日) 22:35:11 ID:rNf5YOEl
不意打ちに何流も糞もあるまい
尋常に勝負されよ

773 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/11/28(日) 22:47:16 ID:yWasqKfi
悪久さんは気に食わない相手をプロに任せて自分は見物して喜んだ。
一方三斎様は気に食わない相手を自力で殺してその刀に風流な名前をつけて喜んだ。

不思議、三斎様のほうが清々しく感じる。
やってる事自体は変わらないのに。

774 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/11/28(日) 23:00:30 ID:hAN+X4cK
悪久もアレだけど、それに合わせて腰巾着で人殺しやってる東郷重位もかなりヤな奴にみえるな。

775 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/11/28(日) 23:03:48 ID:JoJNoFHL
主君の命令だから仕方ないだろ
逆らったら自分が殺されるかもしれないし

776 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/11/28(日) 23:10:28 ID:oNGi6zUD
悪や

純粋な悪や・・・

777 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/11/28(日) 23:18:46 ID:2CNZHalu
>憎っくき彼奴めの死ぬところを、直に見てみたいのだ。



ほんとこの人はいい趣味してるよ

東郷重位さんの話

2010年09月29日 00:00

303 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/09/28(火) 16:20:17 ID:atoBDJZq
東郷重位さんの話

東郷さん島津義弘さんに従い京に上洛していました。
そこに天真正自顕流を伝える善吉和尚に出会いました。
タイ捨流免許皆伝で腕に自信のある東郷さんは立合いを申し出ました。
しかし、善吉和尚が箒を八相にとり、凝然と立ち尽した。その姿に慄然とした東郷さんは
その場で指南をお願いしました。
すると善吉和尚も東郷さんを許して自顕流を指南を了解しました。
6ヶ月の間でしたが東郷さんは熱心に剣術に励み正伝を得ました。
そして、帰国の際に善吉和尚より東郷さんへ3巻の伝書と40の技法を授け、自顕流を東郷さんに託しました。

帰国後も熱心に剣術の修行を行い、屋敷にあった柿の巨木を昼夜三年間、休むことなく打ち込みを行い
巨木を立ち枯らしてしまいました。
また、東郷さんの噂を耳にした剣士たちが他流試合を申し込んできましたが、其の事如くを打ち破り、
求められれば門弟として向かいいれました。

まあ、ここにいる人ならわかると思いますがその噂を聞きつけた殿様の命により現指南役タイ捨流東権右衛門と
東郷さんが立合をすることになりました。
東郷さん自信もタイ捨流免許皆伝で権右衛門より皆伝を受けています。
しかし、権右衛門との立合は47回に及んだといい、東郷さんは権右衛門に勝利をしました。
この結果、東郷さんは剣術指南役として薩摩藩で召抱えられましたとさ。

でもね、薩摩藩の藩主さまがた何にも起さないで剣術指南に任ずる訳がないとは思いませんか?
実はwikiからなんですが、時の18代藩主島津家久さんは47回立合った後の東郷さん(丸腰)に切
りかかったそうな・・・・
まあ、懐の扇子で刀を叩き落とされたらしいですがne。




東郷重位さんと東郷重方さんが夕涼みをしている時

2010年09月29日 00:00

329 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/09/28(火) 01:27:00 ID:jeVCHotE
いいスレの方で東郷さんが出てたんで
東郷重位さんのお話

東郷重位さんと東郷重方さんが夕涼みをしている時
野犬が庭に入り込んで暴れ始めました。

そこで重方さんは
「うるさいので黙らせてきますといって」
席をはずしました。
程なくして重方さんもどってきて重位さんに一言
「親父殿、この刀を見て下さい刃こぼれ一つないでしょ?」
と言って自分の剣の腕が上がった事を自慢しました。
しかし、重位さんは顔をしかめてこう言い返しました。
「刃こぼれしてない?、刃こぼれするほどに打ち込まないと駄目じゃないか」
と呆れたそうな。




330 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/09/28(火) 01:37:29 ID:jeVCHotE
ttp://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%B1%E9%83%B7%E9%87%8D%E4%BD%8D
東郷重位さんのwikiなんだけど島津の殿様とのエピソードがあるね

331 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/09/28(火) 01:43:25 ID:k84iHUrn
犬をどうしたかっていうのは最早語るまでも無しかw

332 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/09/28(火) 01:48:51 ID:DdTawuyR
薩摩は江戸期になると日本中で「野蛮だし無駄に金持掛かるしこんなの必要ないよね」と
やらなくなった『犬追物』を幕末まで続けた稀有なお国柄ですw

333 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/09/28(火) 01:52:15 ID:npoAXU6x
この時代の人は、刀なんて人斬り庖丁だと思ってた人が多いのかなw

335 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/09/28(火) 07:15:10 ID:3NlQvAHZ
綱吉の生類憐れみの霊(犬保護の条文)って旗本奴がやってた犬追物を規制するためのものだったとかいう話ががが

336 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/09/28(火) 15:09:08 ID:jM+OCGdC
旗本奴がやっていたのはただの犬殺しと犬食いね。

>>332が少し書いているけど犬追物は射手だけで36騎、利用される犬が150匹と規定されてる大規模な行事。
乗馬も目の前に犬が飛び出しても竿立ちしないような訓練をされたものを使うので数年がかりで訓練が必要。
それに弓を射る時の儀礼(犬を追い抜きながら射らないとだめとか弓は完全に引き切っていないとだめとか)や
会場の広さや整地法が決まっていて、武家礼法相伝の家以外で急にやれるようなものじゃないよ。

↑を書きながら、それでも北条家の幻庵じい様なら嗜んでるんだろうなあと思ってしまった。
根拠は全くないんだけどね。

337 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/09/28(火) 15:49:07 ID:VQKsbWKT
そういう件は幻庵か幽斎さんに確認すればおkという印象は確かにある

338 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/09/28(火) 15:57:24 ID:3wmEsk6S
妖怪爺の鑑だもの。歳も容姿も知識も名前も

生類令は戦国時代の死が身近にある死生観を
統治用に急速に方向を代えさせる目的の
日本史上重要なステップのひとつ

339 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/09/28(火) 22:33:31 ID:pWazhtW8
>>338
服忌令とかもそうだけど、綱吉の路線によって、「戦国の遺風」といったものが
完全に息の根を止められていくんだよね。
大坂の陣、島原の乱などで実戦経験のある人間もほぼいなくなっていく時期でもあるし。

薩摩示現流「雲耀の太刀」

2010年09月27日 00:02

233 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/09/26(日) 04:43:20 ID:YrGJtvZ3
そういや小松明みたいなトンデモ武器って他にもあんのかね?

243 名前:人間七七四年[] 投稿日:2010/09/26(日) 15:03:13 ID:PeIkm/EU
>>233
トンデモ武器は無いがトンデモ技ならあるよ
示現流の奥義「壱ノ太刀」は有名だが
開祖の東郷重位だけが使えた奥義マスター壱ノ太刀こと「雲耀の太刀」
その神髄は脈拍の8000分の1の速度で敵を両断する事なんだが
東郷重位(184㎝)、脈拍(分70)、太刀の刀身(1m)として
蜻蛉の構えから弧線距離で剣先の速度を計算してみると
雲耀の太刀の剣速は軽く秒速30万mを超える
現代兵器に換算すると実用型レールガンの2倍の速度
因みに雲耀とは雷光のことですがサンダーリードの速度は更に10倍
流石に雷速とまではいかなかったみたい




245 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/09/26(日) 15:07:38 ID:OS0IU9ND
>>243
まあほんの少し前まで(一部には今でも)
「私の正拳突きは音速に近い」とかほざく空手家いたからな。
武道家とその信者に誇大妄想は付き物だ。

東郷重位が道場にある飯茶碗を畳に伏せ置いて

2010年04月12日 00:09

284 名前:人間七七四年[] 投稿日:2010/04/11(日) 15:17:37 ID:kl8Ohg+z
示現流開祖東郷重位の逸話

東郷重位が道場にある飯茶碗を畳に伏せ置いて、
「えいっ」
と声を発すると茶碗が真っ二つに割れたという。
給仕していた女がいうには、別段大きな声でも荒々しい声でもないらしい。
明治二十年の天覧試合で兜斬りを成功させた最後の剣客こと榊原鍵吉にもこれが出来たらしい。

気合いに自信のある方は試してみてはいががでしょうか?
私はやってみたけど割れませんでした…(当たり前か)




285 名前:人間七七四年[] 投稿日:2010/04/11(日) 15:52:51 ID:GHk4PWF6
薩摩んごっチェストとかキェーィでごわはんか?

286 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/04/11(日) 15:54:09 ID:08MgZLVw
それ多分目にも止まらぬ速さで抜き打ちしてるだけだよ

287 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/04/11(日) 15:59:42 ID:bwKMpvld
>>284
まあ剣豪ならよくあることだな。
草深甚四郎みたいに、タライに水張って剣を振り下ろすだけで十里先の人間を切り捨てられる奴もいるんだしw


288 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/04/11(日) 16:01:21 ID:gKLkMNa/
江戸時代の芸で似たようなのがあるけどトリックは
最初から割れてるのを糊でくっつけたのに細い糸をつけといて
気合いで割る振りをする役の人が叫んで注意を引いてる間に
仲間が縁の下とか壁の後ろから糸を引っ張ってまた割るらしい

295 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/04/11(日) 19:59:01 ID:p242ebVb
>>284
ディスカバの怪しい伝説でやってたけど
特定の周波数の声を出せれば割れるらしいぜ

296 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/04/11(日) 20:51:36 ID:hP7TnsVU
ギャオスの超音波メス的な