上杉景勝家臣小田部大学、駆け戻って

2010年05月16日 00:01

956 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/05/15(土) 19:59:59 ID:WQrrrjwg
長谷堂城を攻めていた直江兼続の軍が、関ヶ原での西軍の敗北を聞き撤退を開始。その時のことである。

上杉景勝家臣の小田部大学という者が直江兼続に向かい
「直江殿、私は伊達政宗の家臣、石川弥兵衛に言いたいことがあるので、少々陣を離れても宜しいでしょうか?」

これに兼続
「なんだか良く解らんが、何か考えがあるのだろう。まあ、良いだろう。」と許可した。
小田部は大いに喜び、門田と言う所までただ一騎駆け帰り、伊達軍の旗の見えるところまで来ると馬を止め、
大声で呼びかけた

「私は上杉景勝の郎党、小田部大学というものである!伊達殿のご家中である石川弥兵衛殿に対面したい事があって
ここに罷り来た!」

これを聞いて石川弥兵衛、これも一騎伊達軍の中から出てきた
「石川弥兵衛である!何事か!?」

「おお、石川殿か!私は今度の合戦での、お主の武勇の程に大いに感じ入った!
お互い知っての通り我らは撤退するが、次の合戦の時には是非相見えんと思い、ここに暇乞いに来た!」

石川、これを聞いて吹き出した
「あっはっはっは、上杉殿のご家中に武勇の士は多いと言っても、小田部殿の働きは特に目を驚かせていたので、
機会があればぜひ対面したと考えていたのだが、いやはや、はるばるここ迄、ただ一騎敵の中を帰ってくるとは、
まさしく日本無双の剛士である!」

「では、又会おう!」
「また、戦場で。」

そうして小田部は再び、上杉勢の元に戻って行ったと言う。

厳しい戦場における、勇者同士のエール交換であった。




957 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/05/15(土) 21:08:40 ID:JVnlT+ew
一瞬、アッー展開かと思ったが、純粋にいい話だね

958 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/05/15(土) 21:56:57 ID:J3S04hwy
互いにいつか手合わせする日を思い描いて(股間の)槍を扱くのであった
で、どうだ?>>957

959 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/05/15(土) 22:38:32 ID:JVnlT+ew
無理やりしなくていいw

960 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/05/15(土) 22:58:09 ID:+kJ9pxKT
地元民だが、「門田」の現在地名は「門伝」だと思う。
直江が登ったものの霧で山形城が見えなくて「こりゃ霞城だろ」って文句言った富神山の麓らへん。
上杉の陣がある菅沢山から直線で1.5kmくらいだが、当時の悪路ならもっとあるはず。
そこを単機駈けって小田部半端ないわ。
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