荒木宗太郎とアニオーさん

2010年05月20日 00:01

105 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/05/19(水) 11:06:02 ID:VGufp1NZ
時代としてはギリな感じだが、まとめになかったので試しに投げ。

荒木宗太郎とアニオーさん

幕府が軌道に乗ると海外渡航などが禁止される鎖国制度で、貿易は出島のみで行われてたのは周知の事。
でも実は鎖国が取られるまでの約40年間、朱印船という幕府公認商船が東南アジアまでぶいぶい交易に出ていた。
そんな朱印船を預かる豪商の一人に荒木宗太郎という人がいる。
この人生年など詳しい事は不明だが、元は肥後熊本の武士で豪胆な性格の人だったらしい。
普通は朱印状を受けても資金だけ出して自ら行かないものだが、この人の場合は乗船し船長まで勤めて渡海した。
まさに海の男である。
そんな性格が幸いしたのか広南国(今の中部ベトナム)王・阮福源にかなり気に入られてた。

阮福源「俺の娘にいい子いんだけど、太郎ちゃんとマブになりてーし良かったら貰ってくんね?」
王加久「・・・・・・」
宗太郎「ドギャ━━(#゚Д゚#)━━━ン!!も、もちろん頂きます!!!(゚∀゚*)」

その上よほど王加久さんが気に入ったのか、長崎に連れ帰って正妻としておき生涯添い遂げた。
当時は現地妻として現地におくのが普通だったらしい。
さすが海の男、荒木宗太郎は型にハマらない。
そんな王加久さん、長崎の人にはアニオーさんとして親しまれた。
夫婦仲も良かったと思われ、多忙を極めたであろう宗太郎との間に一女をもうけ、長崎でその生涯を終えた。
仲の良い夫婦をしのんで、今も長崎くんちではアニオーさんの輿入れ行列が催される。
そんな国際結婚のちょっといいお話。




106 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/05/19(水) 11:26:44 ID:aOSv7DgU
>>105
ロマンですなぁ

108 名前:人間七七四年[sage ] 投稿日:2010/05/19(水) 11:32:53 ID:eW/NirDN
>>105
珍しいよね、当時の国際結婚で日本に奥さん来るとか。
言葉とかやっぱり懸命に覚えたんだろうか…異文化の
国の生活って大変だろうに。
良い話だなぁ

111 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/05/19(水) 11:42:25 ID:dVCNzmNL
伊達家の人も国際結婚してたよね
鄭成功も確か日本人とのハーフだ
言葉の壁とかあんまり気にしないのかな?

113 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/05/19(水) 12:25:32 ID:9cG5AjAy
>>111
東南アジアはいろんな国の商人が集まってるから、あんがい珍しくないんじゃないのかな

114 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/05/19(水) 14:07:41 ID:hMZ8jUIy
鄭成功も子供の頃、母(日本人)と一緒に平戸で暮らしてたよな。

117 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/05/19(水) 21:04:30 ID:avKxI/lV
>>111
荒木宗太郎に関しては、オーナーで船長なら現地の商談交渉もある程度自分でやってたろう。
日常会話程度なら夫婦間の意思疎通はハナから問題なかったんじゃないかな。
それでも一国の王女が国を出るのはかなりの勇気がいったと思う。
宗太郎もその辺分かってたのか王加久以外に妻を迎えてないし、かなり大事にしてたんじゃないかな。

121 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/05/19(水) 23:42:02 ID:dVCNzmNL
>>117
でも海の男ってことは旦那が家を空ける事も多かっただろうに
その間他人との意思疎通が辛そうだぞ
覚えたのかもしれないけど
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