林羅山の心をも動かす平家物語

2016年03月22日 11:14

林羅山   
522 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2016/03/21(月) 21:40:22.47 ID:WI2DWjOe
 林道春は鳥羽戀塚の碑銘を書かれた時、

「袈裟御前は女ながらも鉄肝石心の烈婦で、源ノ渡に義を立てて身代わりになった志、古今に例のない女のみさおである。」

と、感涙を流された。

また

「源渡、後に重源と改名した者は、隔て心のない出家である。自分は儒者であるので、
儒の見識によりこの評論はしばらく筆を差し置かせてもらう。」


とも言われた。
(本阿弥行状記)

林羅山の心をも動かす平家物語



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小を捨てて大を取ることである

2015年12月17日 10:58

林羅山   
103 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2015/12/17(木) 03:19:56.94 ID:pFfurwkJ
ある人が林羅山に問うて曰く、「孝経の、『身体髪膚は父母に受けたり、敢て毀ひ
傷らざるは孝の始なり』というのは、自分の姿形は皆父母の身を分けたものだから、
少しも損ない傷つけないことが孝の始まりであるということだ。

ところが、礼記には『戦陣勇ならざるは孝にあらず』とある。免れて延命すれば
身体を損なわず、勇み進んで戦い死ぬ時は身体を損なうのみならず命をも失う。
これを孝とするとは何ぞや。こうであるのに、2つのどちらを取ろうというのか」

羅山は答えて曰く、「『我が身をつつしんで身体をやぶらず、父母全くして生む、
子全くして帰すべし』。これは姿形だけでなく心にも僻事のないようにという教えだ。
姿形でさえ損なわなければ、このように孝である。ましてや、心ならばなおさらだ。

あるいは、もしも戦いに臨んで死ぬべき時に死ななければ義ではないわけだが、
義をやぶるということは心を損ない傷つけることだ。どうしてそれが孝となるだろう。

中途半端に生きて恥辱をかき、親の名をも汚すのは不孝である。ただし死ぬべき
ではない時に死んでは愚かにして孝ではない。それゆえ、孝と義との2つながらも
背かずに、軽きを捨てて重きを取ることだ。小を捨てて大を取ることである」

――『儒門思問録』



105 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2015/12/18(金) 10:29:44.26 ID:N8YCgJZl
寝台白布、これを父母に受く、あえて起床せざるは孝の始めなり(´ω`)ムニャムニャ

これを聞いて羅山は慨然とし

2015年11月25日 09:11

林羅山   
679 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2015/11/25(水) 01:51:44.79 ID:dFOPgJ6b
明暦3年1月19日、江戸の北部で失火があった。この明暦の大火の時、

林羅山は邸宅で読書をしていたが、弟子がこの事を告げ、「ここも免れません!」
と、報じた。これに羅山は頷くだけで読書をやめなかった。

それからまた弟子は報じて、「火が近くまで迫っています! どうして先生は
お立ち去りにならないのですか!?」と、言った。

こうして羅山は、読んでいた本を手にして乗り物に乗った。だが、乗り物の中でも、
その本を読み続けてやめなかった。やがて、郊外の別宅に到着した時も、羅山は
落ち着いて、普段と変わらぬ表情で本を読み続けた。

しばらくすると人が馳せて来て、「邸宅はことごとく焦土となりました」と、報じた。
その人に羅山が、「銅庫(書庫)にまで火は及んだか?」と、尋ねたところ、
「ともに焼失しました」とのことであった。

これを聞いて羅山は慨然とし、天を仰ぎ嘆いて、「長年力を尽くして蓄えたものが、
一度の祝融(火の神)のために奪われてしまった。惜しむべし、惜しむべし…」
と、言った。この夕べの羅山は鬱々として楽しまず、五日後、にわかに死去した。

――『先哲叢談』



680 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2015/11/25(水) 04:39:52.14 ID:Tg1sHwCd
その棺には生前お気に入りだった振袖が掛けられ…

683 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2015/11/25(水) 05:38:39.27 ID:F0sgTeCG
じょれんの出番だな

「子の好きにさせるつもりだ」

2013年02月13日 19:51

林羅山   
401 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/02/13(水) 18:03:49.51 ID:IIjIdp+N
林羅山は十四歳の時、建仁寺に寓して書を読んだ。

この頃の羅山は、才学のある宿僧が皆字を問うほどの人だったので、
この人は必ずすぐれた名僧になるだろう、と思った人々に出家を
勧められたが、羅山は聞き入れなかった。

そこで前田玄以を頼り、羅山の父信時にこれを強いたが、信時は、
「子の好きにさせるつもりだ」と応じなかった。

羅山はますます聞き入れず、ついには寺を去って家に帰り、
再び寺門に入ることはなかった。

――『先哲叢談』







林羅山、男色注意

2011年10月06日 22:06

林羅山   
987 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/10/05(水) 23:55:47.00 ID:vCQvQ9L4
じゃあ埋めがてらに一つ 林羅山が詠んだ詩の話 男色注意


『羅山林先生別集』に収録されている一篇
別集というのは、少年期の作品や故あって人に示さなかった詩文を集めたものなんだそうな


酒力茶煙莨蕩風 少年座上是仙童
遠公不破邪婬戒 男色今看三咲中

酒の酔で心も浮かれ、茶を沸かす煙と莨(タバコ)の煙が混じり合う
そんな寛いだ所で、仙童のように美しい少年を相手にしているお二人さん
廬山の寺で禁足の誓いを立てていた遠公(慧遠)が、陶淵明、陸修静の二人を見送って、
不覚にも虎渓を渡ってしまい、三人で大笑いしたという中国の故事がありますよね
邪淫を遠ざけると誓ったこの私も、今日思わず男色の戯れに間近に接してしまいましたよ 呵呵


江戸初期の代表的儒学者 林羅山が男色の戯れを目撃してしまったが
「虎渓三笑」を持ってきて、明るく笑い飛ばし狂歌まで詠んじゃったお話

ちなみに羅山が少年期に師事した建仁寺の雄長老(英甫英雄)も、
男色を詠った狂歌が数多くあるそうです




林羅山、鉄火起請に関する見解

2010年06月10日 00:01

林羅山   
320 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/06/09(水) 00:18:32 ID:wyGzbFwN
>>311
これと大体同じ時代の、家康のブレーンである林羅山の鉄火起請に関する見解

「鉄火起請と言うものに対して室町時際の儒者、清畠業忠は
『火を掴んでも焼けない不思議があるというのなら、水をつかませればいい。
水でも(神意に背いているのなら)焼けてしまうだろう』
と言っていたそうだが、火が物を焼くのは当たり前のことであるのに、水を握っても
焼けるなどと言うのは詭弁で、法を弄ぶのに近い言い方で有る。

が、そうは言っても愚かにも人に火を掴ませるような真似をするよりは、(水を掴ませる方が)
よほど賢い判断であろう。
だいたい古代の聖賢達がいつ、水や火で罪を正すようなことをしただろうか?」

いかにも儒者らしいが、鉄火起請をはじめとした神判を非常にバカバカしいと考えていたようだ。




321 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/06/09(水) 00:24:15 ID:vhPydHFL
殷の紂王「古代の聖賢の一人として、全く同感だ」

322 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/06/09(水) 05:44:44 ID:Kcw75/WD
躍らせればいいわけだ

323 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/06/09(水) 09:38:03 ID:8L7i8oXT
油塗るのは反則です><

324 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/06/09(水) 17:19:32 ID:Ivkl5hR9
大内義隆「油を塗らなくてよいのか?」