柴山勘兵衛の災難

2010年06月10日 00:02

679 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/06/09(水) 00:47:35 ID:roabuxQU
堺の柴山両賀・勘兵衛親子は、何艘かの船と土蔵を所有する「プチ小西家」的存在だったが、行長の影響を受けたか
「武士として良き大将に仕えて死にたい」と考えるようになり、豊後岡領主・中川秀成への仕官に成功した。
秀成は新参の柴山親子を厚遇し、知行として別府湾に浮かぶ瓜生島一千石を与えてくれた。

文禄になると、両賀は秀成に従い朝鮮へ従軍。身重の妻を持つ勘兵衛は留守を守ることになり、文禄5年(1596)7月、
妻は無事に一児を出産した。

異変が起きたのは、7月12日午後のことである。
突如、激震が走ると海水が見る見るうちに干上がって行き、島は別府湾と地続きになるほど異様な引き潮が発生。
それが止まると、今度はどんどん水位が上がって行った。

驚いた勘兵衛は、妻に赤子を抱かせると、自分は手槍と両刀、家系図等を納めた箱を持って天井裏に登った。
だが、天井裏もたちまち水浸しとなったため、脇差で茅葺きの屋根を斬り破り、屋根の上へ逃れた。
水位はさらに上がっていったが、幸いにも建造中の船板が流れて来たので、そちらに乗り移って助かった。

しかし、船板も引き潮に巻き込まれ、勘兵衛一家は沖へ流されるばかり。一家は何度も波に呑まれそうになった。
ようやく波風も落ち着いてきたころ、勘兵衛に気づいて船を寄せてくれる者が表れ、一家は今都留に上陸した。
しばらくすると、無事だった柴山家の家臣たちも合流し、勘兵衛夫妻は助かったが、生まれたばかりの子は
環境の変化に耐えられなかったか、息を引き取った。

主君・秀成は留守番に降りかかった不幸を思ってか、柴山家は新たに今都留の浜を領地として授かり、
勘兵衛自身は、中川家の船奉行に任命され、災難を払拭したという。


いい話ではないかもしれんが、一応スレの流れ上こちらに。




680 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/06/09(水) 08:20:54 ID:uUpySfdc
7万石そこそこの中川家で町人にいきなり千石くれるんならすごいな…と思ってたら、
柴山さんって旧幕臣だし金もあるしでタダ者じゃなかったんだな

681 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/06/09(水) 09:26:04 ID:sr2jTNxq
まぁ、土地が痩せてたり気候が厳しいとことかは、兵隊さんも強かったりするしね・・・

682 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/06/09(水) 18:42:27 ID:daQXPwh2
>>679
瓜生島伝説って島だった説と岬だった説があるけどどっちなんだろうね?
この話の限りでは島で間違いなさそうだけど。

683 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/06/09(水) 18:50:28 ID:j325ok+n
まんが日本昔ばなし「瓜生島とえびすさま」

http://www.youtube.com/watch?v=TM8_FVrUc74
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