以後、桑名城下は

2015年06月17日 13:30

938 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2015/06/17(水) 00:14:07.52 ID:W70920PV
本多美濃守忠政が伊勢桑名城に在った時、幕府の公金の輸送があり、その荷物が桑名城下を通り、
今晩は城下に宿泊するという事になった。この時忠政は指図して、

「御金の荷物を城下の宿舎に一夜置くというのは不用心です。城内に入れ置くように。」

と、一行に伝えた。金奉行始めこの一行は提案を大いに喜び「今晩こそ安堵して眠れる!」と
早速城内に持ち込み、奉行、差添えの者達は城下の宿舎に戻って睡眠をとった。

さて翌日、奉行たちが御金を受け取りに城内に行くと、忠政出てきて金奉行に言った

「我ら近年不勝手に相成っていた所、幸いにも御金が来ました。よって昨夜の金は、そのまま我らが
拝借仕る。もっとも、お手前の不調法にならぬように、今朝江戸表にこの事を知らせる使者を立てました。」

金奉行および差添えの者達は大いに驚いたが、忠政は大名であり、金奉行は小身者であるので
さすがに口論も出来ず、その旨を京都所司代の板倉周防守(重宗)に申し立てた。これより江戸表に
お伺いを立てた所、これを聞いた将軍秀忠は笑い出した

「美濃守が城下の旅館では不用心と、城内に入れさせたのは計略である。金奉行の者が
尤もと心得て城内に持ち込んだのは、計略に陥ってしまったものである。
美濃守は一旦城内に入れた金子を再び出すような性格ではない。まあいい、貸して遣わせ。」

こうしてこの件は決着した。以後、桑名城下は公金の輸送が決して通過しなくなったそうである。

(明良洪範)




939 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2015/06/17(水) 02:02:04.82 ID:LtKvEyJd
姉も姉なら弟も弟か・・・

940 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2015/06/17(水) 10:01:52.07 ID:1eeJbUS9
あの親父はどういう教育をしてたんだ?

941 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2015/06/17(水) 10:03:08.63 ID:yAcR5MEi
>以後、桑名城下は公金の輸送が決して通過しなくなったそうである。

ワロタw

942 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2015/06/17(水) 13:00:43.30 ID:jxbQ0s9G
>>940
槍への蜻蛉のとまらせかただろ?

943 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2015/06/17(水) 13:51:44.67 ID:Ojl85Zqh
秀忠も太っ腹だなーw

944 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2015/06/17(水) 14:06:19.75 ID:tqWGlp97
わしの命は殿のもの
だから殿のものはわしのもの

945 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2015/06/18(木) 11:57:20.09 ID:RfU0esW0
ちゃんと返済されたんだろうか?

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稲垣掃部の出奔

2014年01月09日 18:55

225 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/01/08(水) 23:58:43.85 ID:owMR+MAn
稲垣掃部本多忠政の士である。忠政に怨みあって、白昼姫路を出奔し、船に乗って下った。
彼は以下の狂歌を書いて、その座敷の床の中程に張り付けた。

「破笠頸にかけてはこじくとも天下にてみのは頼まじ」
(たとえ破笠をかけて乞食になろうとも、天下において忠政を頼りにするつもりはない)

忠政は大いに怒って稲垣を追わせた。追手の士が坂越で稲垣の船を見て言葉をかけたところ、
稲垣は近くで相手になり、半弓を射て二士を殺し、逃れて赤穂の商家に入った。
忠政の士十人ばかりは、その家を囲んだが、一向に家へ入らず時を移した。

そこは池田輝興の城下なので、その家士である木梨清右衛門と澤市郎右衛門はこの有り様を見て
戸を押し破り、ただちに家へ入った。木梨は澤に先立ち、稲垣は引き絞った半弓を木梨に射る。
矢は木梨のまん中に当たり、彼は倒れた。

稲垣は二の矢をつがえて、今度は澤を射た。矢は澤の左腕から片腹をかけて貫いた。
澤は射られながらも、たたみかけて稲垣を斬り殺した。木梨はすぐその場で気絶して
また蘇生したものの、最後には傷を病んで死んだ。

――『武将感状記』




226 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/01/09(木) 01:01:55.68 ID:H1szDz4j
三河武士の日常ですな

228 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/01/09(木) 23:12:41.12 ID:Eau0S45F
稲垣も澤も木梨もテレビでよく見る名前だから、なんか無駄な笑いがこみ上げてくる

本多忠政、父の貰った兜に

2013年07月20日 19:57

73 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/07/20(土) 16:49:44.20 ID:f8XvPY5n
豊臣秀吉が本多忠勝以外に思い当たらないとして、忠勝に佐藤忠信の兜を与えたことを、
当時の人は羨ましく思った。(ttp://iiwarui.blog90.fc2.com/blog-entry-7733.html)

ところが、忠勝の嫡子平八郎忠政はこの年十六歳になったが、父に向かって、

「父御は正しく徳川殿の侍大将でございます。義経の侍の兜が何ほどのことがありましょうか!
すぐにお返しになってください!」と、怒った。

――『藩翰譜』





「これは愚かな例えではあるが、深く覚悟すべき事だ」

2013年07月17日 19:51

705 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/07/16(火) 18:50:44.56 ID:PbZX7DTZ
本多美濃守忠政は「昔から自分が楽しもうとして天下を望まれる主君は、
人が長く楽しませぬものと思われる。我が主君の御側に仕え、朝夕見奉って感じたことだ」
と言った。

また「今とても富める者がいたとして、他人に『十年のうちに家を潰し、朝夕の生業も
ままならなくなるだろう』と言い聞かされて怒らない者がいるはずはない。

しかし、贅沢を教えて淫酒を勧め、家を亡ぼさせて困窮に及ばせても人は怒らない。
これは愚かな例えではあるが、深く覚悟すべき事だ」と言った。

――『責而者草(太平将士美談)』





御用金と本多忠政

2010年06月20日 00:03

462 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/06/19(土) 10:18:53 ID:o/vewnzO
慶長の終わり頃、江戸から京都所司代へ御用金を運ぶべく、東海道を往く行列が仕立てられた。
一行が伊勢桑名まで来たところで日が暮れ、道中奉行は桑名城主・本多忠政に城下での宿のあっせんを依頼した。

すると忠政は、
「一夜だろうと御用金を街中の旅宿に置くなど、物騒だろう。金はこの城の金蔵に預け、ご一同は城内に泊まられよ。」
と、親切にも申し出てくれたので、早速に金を城内に運び入れ、安心して一行は眠りについた。

夜が明けると、一行は金蔵に御用金を取りに行ったが、番人が蔵を開けようとしない。
「殿の命により、金はお渡しできない事になっております。」

奉行は驚いて忠政を問い詰めたが、
「当方、手元不如意のところ、幸いにして蔵に金を入れて下さり、かたじけない。このまま借り受けさせていただくが、
それでは貴殿も立場が無かろう。よって、代わりの金を江戸表に依頼しよう。しばし、当城で待たれるが良い。」

…などという訳にも行かず、奉行一行は急いで京に行き、この件を京都所司代の板倉重宗に訴え、一件は重宗から
江戸の将軍秀忠に、至急の早馬で報告された。

しかし秀忠は、
「それは、アレの親譲りの『謀計』というヤツだ。道中奉行ごときが、武門・本多家の謀計にかなうはずも無し。御用金は
そのまま忠政に貸し与え、京へは代わりを遣わせるが良かろう。」と苦笑して命じ、忠政を許したそうな。


参考までに
http://iiwarui.blog90.fc2.com/blog-entry-816.html
姉と弟、カツアゲと詐欺(?)、どっちがマシか、という話。平八郎さんは子供にいったい何を教えたのであろうか。




463 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/06/19(土) 11:18:36 ID:iw3PMJBE
平八郎「「斬り取り強盗は武士のならいだ。良くやった!」

464 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/06/19(土) 12:39:01 ID:zDScUA/Y
鮭「味方をだましてはいけない」

465 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/06/19(土) 13:04:14 ID:zIgX+11h
こんなことしたらまず改易間違いないはずだけど…

466 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/06/19(土) 13:16:20 ID:kRiOpFyi
外様なら間違いなく改易だね。
大功臣の譜代、本多家だから見逃しただけだろ。

467 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/06/19(土) 15:39:18 ID:zAQn+tEj
本多正純「譜代の功臣に改易とかありえない」
大久保忠隣「全くもって」
石川数正「では、抜けるか」
松平忠直「落ち着きなされ」