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大坂夏の陣の時の成瀬正成・いい話

2009年05月20日 00:19

684 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/05/19(火) 00:30:53 ID:C9bGH9h4
大坂夏の陣の時、成瀬正成は徳川義直の付家老として従軍していた。

一方、徳川家康は茶臼山本陣から下を眺めて、敵勢がいたのを
確認した。家康は敵勢を討つべく息子の頼宣、義直を呼んだ。
しかし義直がなかなか到着しない。苛立った家康は伝令を差し向けた。

尾張勢のもとに来た伝令は家康の
「正成め臆病風に吹かれたか!なぜ早く義直と一緒に来ぬのか!
さっさと来いと伝えてこい!」
という言葉をそのまま、しかも大声で伝えたので周りにいた者にも
聞こえてしまった。

これを聞いた正成は間髪入れずに
「なんと、私が臆病だったことなど一度としてないわ!あなた様こそ
三方ヶ原で武田信玄を恐れて腰を抜かされたであろう!」
と怒鳴って反論した。

その後、正成は家康に
「義直様が遅れられたために、御前は伝令を通じて私をご批判
なさいましたが、私は心やすくお仕えしてきましたので、辛辣な
ご批判をしてくださって結構です。

ですが、御前のお言葉を家臣たちの前で、そのまま大声で伝える
ような考えの足りない人間に重要な伝令を任せるのは如何なもの
でしょうか。義直様はまだお若く、私を頼りになさっております。
ですから、私のご批判は慎重になさってください。多くの家臣たち
の前で臆病者と言われては、私の面目が潰れてしまいますので」
と申し上げた。

家康は
「お前がわしを臆病者と言ったことは全く気にしておらぬ。お前は
弓矢の道というものを少しはわかっているな」
と言ったという。

義直は自分を頼りにしてるから、義直を不安にするような批判は
やめてくれってことかな?




685 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/05/19(火) 00:47:58 ID:G4FulQ1D
これはちょっと間が悪いなw


688 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/05/19(火) 00:54:04 ID:IZuiZEt3
>>684
親しくて気安いからって安易な指揮官批判はするな。
もしくは、言われたからってそれをそのまま大声で呼ばわるような
ボンクラ使者を使うなってことじゃないかな?
軍隊なんだから兵に指揮者の能力を疑わせるのは統制が取れなくなる基ってことで。

689 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/05/19(火) 01:00:57 ID:G4FulQ1D
もう少しうがった見方をすると、
機嫌の悪さのゆえに出た罵声と軍事上の命令の区別を使い番ならつけるべき、という辺りかね。






参考
成瀬隼人さんの大阪の陣・いい話
http://iiwarui.blog90.fc2.com/blog-entry-1556.html

安藤直次の刀・いい話?

2009年03月21日 00:11

978 名前:967[sage] 投稿日:2009/03/20(金) 00:26:25 ID:Grt4mSCR

安藤直次の子・直治が成瀬正成に、所持していた刀を求められた。

「なかなか見事な刀をお持ちではないか。良ければ、頂戴できないだろうか?」
「ああ、これは紀州の鍛冶師が鍛えたものです。差し上げるので、お国の者に見せて
参考にして下され。」

その後しばらくして、正成は直治にもらった刀の切れ味について語った。
「いや、尾張に帰り、重罪人で試し斬りをさせてみましたが、うまく斬れませんでした。
形は良いのに、もったいない!紀州の者に、なお精進するよう、お伝え願いたい。」

「なに、お安い御用です、必ず伝えましょう。
しかし紀州で使えば快く斬れるのに、妙な話ですなあ!!」直治が答えた。

正成は、これに笑って返した。
「なーに、尾張者は骨があり硬いゆえ、尋常の刀では斬れ申さず。
紀州の鍛冶師の腕が悪いわけではござらぬ。その辺りもお伝え下されよ!」

直治も意地になって、
「いやいや!ナマクラでも紀州者はよーく斬りまする。」尾張ノ侍ハ腕力ガ…ブツブツ




981 名前:人間七七四年[] 投稿日:2009/03/20(金) 01:21:54 ID:O4+/CkQo
>>978
そこへやってきた鬼武蔵
「どれ、俺がそこもとで試し切りをしてやろう」

美濃からやってきた鬼で身の終わり(尾張)…なんちってw

983 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/03/20(金) 01:33:13 ID:x0KO849u
>>981
座布団をやろう

993 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/03/20(金) 11:00:18 ID:l0i+GLX0
>>981
相手が三河武士だと返り討ちに遭う

成瀬正成、秀吉に勧誘される・いい話

2009年03月14日 00:17

757 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/03/13(金) 00:33:41 ID:zERVuq6Q
豊臣秀吉が大坂で徳川の侍たちを見た際、
一人の武者に目が止まった。

秀吉「あの栗毛の馬に乗っている侍は誰だ?」
*「はっ、成瀬正成殿という方で、二千石取りの侍です。」
秀吉「成瀬正成、なんとかわしの家臣にできないものか…。」

正成を欲しがった秀吉は家康に交渉した。

秀吉「どうだろう、正成をわしにくれんか?
   あれほどの侍が二千石では不憫だろう。
   わしの家臣になったら五万石やってもよいのだがな。」
家康「お話はわかりました。正成に伝えましょう。」
秀吉「うん、頼むぞ。」

家康がこの話を正成に伝えたところ…

正成「心外ですな。私は石高のためではなく、
   あなたのために命を捨てて奉公しているのですよ?
   どうしてもと仰るなら腹を切ります。」
家康「秀吉公に仕えて五万石なら大出世ではないか。
   お前は私の旗本ではないから私にとってもよい話だ。
   なによりも秀吉公に仕えることは私に仕えるよりも大忠であろう。」
正成「無駄ですよ、なんと仰ろうとも私の意志は変わりません。」
家康「ふむ…。」

正成は秀吉の誘いを固辞した。
そして、このことを報告された秀吉は

秀吉「まぁ、そんなことだろうと思ったよ。家康は本当によい家臣を持っているな。」

と、ただ感心したのであった。




758 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/03/13(金) 01:11:05 ID:IIGeHfUo
秀吉はこの辺の器はさすがなんだけどな

三河武士のめんどくささもさすがだがw

759 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/03/13(金) 01:19:31 ID:9m9Ggk79
家久(悪)やなんかの嫌な話を見た後に成瀬さんの話を見ると心が洗われる感がある

760 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/03/13(金) 01:36:19 ID:dN6dhLS9
>>758
成瀬さんとか、家康からみて比較的若手でもこんなんだからなー >三河武士モード

古株の鳥居元忠や本多重次さんの面倒くさいことといったら……

761 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/03/13(金) 02:46:55 ID:e11zIhst
>>757
これって、成瀬さんにしてみりゃ、


家康「秀ちゃんが成瀬君のこと好きだってよ。秀ちゃんって凄く可愛いし、付き合っちゃいなよ!」

成瀬(お、俺は家ちゃんのことが好きなのに……なんで家ちゃんがそんなこと言うんだよ!)


って感じなのかな?

762 名前:人間七七四年[] 投稿日:2009/03/13(金) 04:36:14 ID:B3bnFVUy
>>758
家康が臣従した後の時代の話みたいだし、石川数正と一緒にすんなという考えもあるかもな

763 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/03/13(金) 05:30:50 ID:LLeAs0Nl
数正も忠臣だったんだかなぁ…

秀吉との橋渡し役をつとめてしもうたのが運のつき…か

764 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/03/13(金) 07:30:45 ID:vmXbWady
数正出奔の理由例の一つに禄高の低さが挙げられているのもあった気が。
そういえば江戸転封前の家康家臣の禄ってどれくらいだろ?

765 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/03/13(金) 16:15:07 ID:dN6dhLS9
>>761
なんたる大河ラヴコメかーw

766 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/03/13(金) 18:28:39 ID:PpbT30/x
>>764
水野信元殺しという汚れ役をやらされた不満とか
それに伴う一部派閥からの反発とか、徳川家の玉砕行為からの離脱とか色んな要素があるね

成瀬隼人の初陣・いい話

2009年03月11日 00:22

686 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/03/09(月) 23:32:17 ID:outG95hC
出遅れた気がするが、ちょっと早めの犬山祭に参加するか

その初陣

成瀬小吉正成は、17歳にして長久手の合戦で初陣し、いきなり兜首を取った。
これを見た家康は、正成を呼んだ。

「あっぱれ勇士なり!戦も佳境で旗本が少ない。お前が代わって、ここにおれ。」
実際の所、家康としては初陣を飾った若者を、無事に国へ帰してやろうと思ったのだろう。

家康の言葉に従いその馬前で一息ついた正成だったが、そのうち先鋒が乱れ始めたのを
見て、これに駆けつけんと手綱を引き絞った。 あわてて正成の従者が、馬を抑えた。
「若は、すでに功名を遂げました!この上、危険なマネをしてどうするのです!」

激怒した正成は、従者を刀で峰打ちして叫んだ。
「今日の戦は敵を破り、陣を陥れ、敵が逃げるに追付いてのち止む、お家の一大事ぞ!
そんな時に小利をむさぼり、大儀を捨てる者は、武士ではないわ!
なんで名も知れぬ首ひとつのために、わが身を惜しもうか!」

従者は、それでも馬から離れず、見かねた家康が声をかけた。
「勇士の死戦すべきは、まさにここぞ。今はただ、その志に任せてやれい。」

従者が馬から離れたとたん正成は敵に真一文字に切り込み、また首を挙げた。
そのまま四方を駆け回って、正成は言った。
「進め進め!ご主君が見ておられるに見苦しく退いては、何の面目あって戻るつもりだ!」

若者の罵声に腰が引けていた者も励まされ、劣勢を盛り返すことができた。

その年の暮れ、正成は「先の働き、宿将老臣にも劣らず。」と家康に激賞され、
根来同心50人を預けられ一隊の隊将となった。
徳川一門に非ずして17歳にして将となったのは、彼のみであるという。




687 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/03/09(月) 23:41:49 ID:nJTzn6uE
>>686
> 根来同心50人を預けられ

ここがすごいわな。精鋭のスナイパー集団。
井伊直政の赤備えもそうだけど、家康って人は新しい部隊を作るときは、
思い切って若い人間に任せるよね。

688 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/03/09(月) 23:43:26 ID:N/mMZ+8v
成瀬さんッパネェ!

689 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/03/09(月) 23:56:27 ID:ntVX5Jn2
腰抜けどころか猛将じゃないの家康さんよぉ…

690 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/03/09(月) 23:59:10 ID:btH9lYz2
成瀬もだけど家康の人事も凄いな

691 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/03/10(火) 00:12:33 ID:Z2qq1gIJ
同じく三河ニューエイジである正純さんや直次さんは信長の野望に出てるのになんで成瀬さん出てないんだろうなぁ

しかし経歴凄いな、最終的にはあの平岩さんの後続かよ

692 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/03/10(火) 00:32:10 ID:tXAi9EqE
無双に出てきても問題ない実績だな

693 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/03/10(火) 01:27:32 ID:WxFuUBC/
次出るとしたら直政だろうけどな

694 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/03/10(火) 01:29:49 ID:3RE31qsJ
無双はそろそろ義輝出すべき

成瀬隼人正の最後・いい話

2009年03月10日 00:40

680 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/03/09(月) 00:34:36 ID:p420B1S9
尾張家付家老に成瀬隼人正という老人がおったそうな。
この男、家康や秀忠の信任厚く、陪臣の身分でありながら大名クラスとしての扱いを受けたり、
松平性を(当人一代限りだが)許されていた大丈夫である。

そんな隼人、尾張にて義直を補佐し善政を布き、天寿を全うする。
がその直前。

    〃〃∩  _, ,_
     ⊂⌒( `Д´) < ヤダヤダ!
       `ヽ_つ ⊂ノ
              ジタバタ
         _, ,_
     〃〃(`Д´ ∩ < 最後に日光で詣でなきゃヤダヤダヤダ
        ⊂   (
          ヽ∩ つ  ジタバタ

    〃〃∩  _, ,_
     ⊂⌒( つД´) < せめて権現様の近くで死ねなきゃヤダー
       `ヽ_ ノ ⊂ノ
              ジタバタ
       ∩
     ⊂⌒(  _, ,_) < 日光行かなきゃヤダー…
       `ヽ_つ ⊂ノ
              ヒック...ヒック...
       ∩
     ⊂⌒(  _, ,_)
       `ヽ_つ ⊂ノ  ッウ…

見かねた家臣達は床板ごと布団を持ち上げて危篤状態の成瀬にむかいこう言った。

(#゜Д゜)「殿ー!!我らが粉骨砕身殿を日光まで運び申す!しばしお待ちあれー!」
  _, ,_
(* ゚∀゚)「マジでー!?お前らガンバレー!これで安心して逝…け…る…」

成瀬正成、59歳の生涯であった。



ちなみに家康や秀忠などのお墨付きであった陪臣なのに大名扱いも、
時が移るにつれて次第にゲフンゲフン
幕末には御三家付家老はゲフンゲフン




681 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/03/09(月) 00:48:27 ID:nJTzn6uE
>>680
成瀬さんはいいよねー。
なんていうか、快男子って言葉がぴったり合う気持ちのいい男。

682 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/03/09(月) 02:18:24 ID:K5zEDqGG
「成瀬隼人正正成」と続けてかくと同じ漢字が多い…

でも成瀬さん確かに凄いんだよな。
小姓からガチで戦場で活躍して、凄い速度で出世してるし。

683 名前:人間七七四年[] 投稿日:2009/03/09(月) 14:16:18 ID:R3x034/C
家臣の心もその後の話も二重の意味で全俺が泣いた。

>>682
切れ目はどこですか

684 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/03/09(月) 14:42:31 ID:nJTzn6uE
>>683
「成瀬 隼人正 正成(なるせ はやとのしょう まさなり)

成瀬隼人さんの大阪の陣・いい話

2009年03月10日 00:37

684 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/03/09(月) 14:42:31 ID:nJTzn6uE

そんな成瀬さんの大阪の陣

慶長二十年(1615)、五月七日、大阪落城の日の事である。
大阪方のものと思われるものたちが4,500人、一箇所に固まっているのを
茶臼山の家康が見つけ、これに尾張、紀伊の軍勢を当てさせようとしたところ、
両者の到着が遅くなった。

戦場での家康は、気が荒い。イライラした家康は使役衆に

「(成瀬)隼人の腰抜けに、右兵衛(徳川義直)を早くつれて来いと言え!」

と命じた。またこの使いが気が聞かないのか馬鹿なのか、尾張衆の前で、その通りに
大声で口上したからさあ大変。
成瀬隼人は

「この隼人、今まで腰を抜かした覚えは無い!そのように言われる人こそ
信玄に出会われたとき腰を抜かしたではないか!」

と、これまた大声で言い放った。


さて、その日のうちに、大阪夏の陣も終わる。成瀬隼人は家康の下に参上し、こう申し上げた。


「大御所様の言葉を、皆が聞いていると言うにも拘らず、考え無しに言うような馬鹿を
御使番という大切な役に使うとは何事ですか!

わたしは若輩の頃より大御所様に使っていただいているので、如何様に
口汚く言われても気にはしません。

しかし、しかしですよ!私が家老としてつけられた義直様は未だお若いのです。
よって尾張家中の者達はみな、私のことを頼りにしています。
そんな家中の者達の面前で、隼人の腰抜けなどと言われては、私の立場と言うものが
無くなってしまいます!
そのため、大変恐れ多いご返事を申し上げました。

お耳にも入った事でしょう。恐れ入り奉ります。」

これに家康も、「隼人の言う事はもっとも、その通りである。」と、苦笑い。
先の暴言も不問に付した、とのことである。




685 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/03/09(月) 15:22:03 ID:K5zEDqGG
成瀬じゃないと家康にここまで言えなかっただろうなあ。

ところで1567年に正成が生まれて1573年に三方ヶ原か。
しかみ顔を書かせるだけあってずいぶん広く伝わってるのね…

徳川義直‘この娘だ!’・いい話

2009年03月01日 00:15

381 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/02/28(土) 07:20:02 ID:LEmSLTeB
むかしむかし、殿様がお供を連れて狩りの為にとある農村を通過しておった
村人達は平伏してその通過を見送っておったのじゃが…
盥(たらい)で水浴びをしていた爺さんが急な殿様の来訪にびっくりして腰を抜かしてしもうた
「大変じゃぁ~、着物を着ねば、着物を~」
この爺さんは元々体が悪くてのぉ慌てたせいか思うように動けんかった
まあ、当時は殿様の前で裸なぞ無礼討ちされても文句が言えないからのぉ、慌てるのも当然じゃて
「おっとう、どうし…ひゃあ~」
声にならない悲鳴を聞いた娘が出てきて飛び上がらんばかりに驚いた
何せ一目でわかるおっとうの命の危機じゃからの
じゃがおっとうに服を着せようにも殿様はどんどん近づいてきておった
困った娘は…

「こなくそおぉぉぉ!」
水 を 張 っ た 盥 ご と 父を担ぎ上げ、家に運び入れて隠したのじゃ

しかし殿様にはしっかりと見られてしもうた
娘は殿様の家来に呼び出され殿様の前に連れてこられてしもうての
お叱りを受けると娘は震えておったんじゃ
ところが殿様はの
「なんと身丈夫な娘じゃ。そなたからなら強き男子が生まれるに違いない。儂の嫁になれ」
と言うたんじゃ
娘は驚いたが殿様にどうしてもと頼まれて嫁ぐ事になったのじゃ
そして娘は殿様の期待通り立派な世継ぎを生んだとさ
めでたしめでたし


これは、愛知県に伝わる民話
ぶっ飛んだ話だが尾張徳川家公儀文書から裏付けのとれる冗談抜きの実話
場所は現在の愛知県名古屋市守山区の旧森山村
殿様は尾張徳川家の祖、徳川義直、娘は側室の乾の局、ちなみに生まれた子は尾張徳川家二代の
徳川光友である
当時の記録に「其の風姿活発骨格のたくましき様、丈夫も及ばざるものあり。義直これを見て
生子の勇武を望み請を得て侍妾となさんと欲す」とある
当時の徳川義直は正室の春姫(浅野幸長娘)との間に子が無く幕臣土井利勝から
側室を持つように勧められていた(幕命とも)がなかなか踏ん切りが付かなかったらしい
父親ごと盥を担ぎ上げた勇ましい娘の姿に義直が‘この娘だ!’と直感的に感じたのだろう


とっぴんぱらりのぷぅ




382 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/02/28(土) 07:53:45 ID:SzUeHEgR
長尾為景にも似た感じの話がなかったっけか

383 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/02/28(土) 07:59:49 ID:CdMNzVCS
実物見て決めれるチャンスなんてそうはないからな

384 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/02/28(土) 09:12:53 ID:pKPhMP7M
真田信之「実物見て決めたかったよ・・・・・・」
細川忠興「妻絡みで嫉妬するなど見苦しいぞ」

385 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/02/28(土) 10:38:47 ID:owIWcm8V
島津家久(悪)「妻は俺も自分で選びたかった。」

386 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/02/28(土) 10:56:34 ID:PpuJBmuL
立花宗茂「俺なんぞ実物みて話もしてコリャダメだと思ったのが妻になった」

387 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/02/28(土) 11:06:09 ID:PxkN6A44
鍋島「実物見て結婚余裕でした」

388 名前:人間七七四年[] 投稿日:2009/02/28(土) 12:26:02 ID:tLWfqAKu
ラスボス「全部実物確認の上でゲットした俺は勝ち組」

391 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/02/28(土) 12:51:07 ID:O4QtVy4E
>>385
亀寿は兄貴のお下がりだからなww

392 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/02/28(土) 13:24:52 ID:paQO48lx
>>391
亀寿も死んだ夫の弟に嫁ぎたくなんかなかっただろうなあ…
前の夫との夫婦仲は良かったみたいだし、夫の弟は性格がアレだし…
しまいにはこれですよ
http://iiwarui.blog90.fc2.com/blog-entry-1267.html

亀寿と家久(悪)の婚姻を強引に推し進めたラスボス許すまじ

395 名前:人間七七四年[] 投稿日:2009/02/28(土) 16:51:17 ID:SNQ1Io3E
>>388
家康「二番目の正妻は…いえ、なんでもないです」

401 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/02/28(土) 20:36:20 ID:FcsJYblE
>>396
少なくとも桶狭間以前はおとなしかったらしい

402 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/02/28(土) 20:44:42 ID:/Tx/oKm1
仇敵に旦那が尻尾振った、と思い込んじゃったらそりゃきつくもなるか

403 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/02/28(土) 20:49:55 ID:txDeyKFG
だからといって嫁いじめをしていいわけじゃないってことか。
見かねた忠次「これは信長公にご報告しかないのう・・・」

405 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/02/28(土) 20:51:50 ID:FcsJYblE
懐妊中だったのに息子共々置いてけぼりにされていい感情抱くわけ無いしね

406 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/03/01(日) 10:29:11 ID:JLaAZ0TD
でも築山殿と五徳は住んでた城が違うんじゃなかったっけ?

407 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/03/01(日) 11:08:35 ID:xd9/Ntss
ついでに言うと築山殿と家康の浮気相手のお万の方の住んでた城も違う