村上水軍の黄昏

2010年07月18日 00:01

916 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/07/16(金) 23:25:13 ID:Gx/9XZvj
では海賊衆の黄昏の頃のおはなし


天正14年(1586)4月、豊臣秀吉は九州攻めに先立ち、瀬戸内海における海の関所を全廃。
翌天正15年6月には、有名な『海賊禁止令』を発令した。

ところが当時、ルイス・フロイスから「日本最大の海賊」と呼ばれた
能島海賊衆の頭領、村上元吉は、そんな事はまるで気にしなかった。

能島海賊はその後も堂々と通行料を徴収し、6月下旬には秀吉に屈服し大阪に向かう
薩摩島津氏の船からも、通行料を取るという事件を起こした。

これには秀吉も激怒し、村上元吉の行為を「言語道断の曲事」と糾弾する。

ところがこれに村上元吉の取った態度は

「我々が通行料を取っている?そんなバカな?証拠はあるんですか?」

と、とぼけ、知らぬ存ぜぬの一点張り。さらに秀吉子飼いの大名である戸田勝隆や福島正則を
味方にし、自らの行為を弁護させた。
どうも元吉、ぐだぐだと言い訳を続けていれば、大陸出兵の構想などから水軍を必要としている
秀吉はそのうち折れざるを得ないだろう、と考えていたようだ。

が、そんな埒のあかない状況に業を煮やした秀吉は、翌天正16年3月、ついに腹を固めた

『能島の村上家は、小早川隆景の領国、筑前の加布里に転封を命ずる!』

こうして「日本最大の海賊」、村上衆は、その本拠地、能島から引きはがされた。
同年7月、豊臣政権は改めて海賊停止令を発令する。

戦国の海に勇名を馳せた村上海賊の、あまりにあっけないその最後についての顛末である。





917 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/07/16(金) 23:36:57 ID:J+p8M2iI
今日的な目から見ると、ラスボス相手にこういう駆け引きするのは
6発詰めたロシアンルーレットみたいなもんだよね・・・

918 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/07/16(金) 23:42:13 ID:kKum33vO
隆景がしっかり手綱握っておかないから…

919 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/07/16(金) 23:43:31 ID:JbFN6O2d
村上水軍に限らず一癖も二癖もある奴等をまとめようってのは大変だっただろうなぁ
スポンサーサイト