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芳賀高定「海老で鯛を釣る」

2010年08月09日 00:00

362 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/08/08(日) 05:25:41 ID:C8qf5jv/
海老で鯛を釣る


天文18年(1549年)、下野の宇都宮家は同国の那須高資に戦を仕掛けるも当主尚綱が戦死するほどの惨敗を喫する。
この合戦後の宇都宮家は家中最大の実力者である壬生家の独立、宇都宮城の占拠などの出来事が相次ぎ、
一気に勢力が縮小し窮地に追い込まれる。
そんな宇都宮家であったがまだ優秀な人材というのは残っているもので若き重臣・芳賀高定が主家の衰運に
歯止めをかけるべく奔走する。

当時の宇都宮家がこの絶望的な状況を打開する為には宇都宮家に害を成す那須高資・芳賀高照・壬生綱房の
3人をどうにかしなければいけなかった。
この中で最優先で排除しなければならないのが宇都宮家の宿敵で高照・綱房の両名を陰ながら援助している
那須高資の存在で
高定は那須家中の結束の脆さを突き、天文20年(1551年)高資の排除に成功する。
(詳細http://iiwarui.blog90.fc2.com/blog-entry-4435.html

那須高資を消した事で親宇都宮である大田原資清が実権を掌握し、ひとまず那須家の脅威を取り払った高定は
次なる標的を芳賀高照に定める。
この芳賀高照は那須家の援助で宇都宮城に入り、「宇都宮家当主」を自称し壬生綱房と協力体制の元で
政務を行っていた。
芳賀家というのは度々宇都宮家の当主を排出しており、本来なら謀反である壬生綱房の宇都宮城の
不法占拠を高照を奉じる事で正当化せしめている形だ。

実は高照を釣りだす「餌」は既に高定の手中にあったがこの時点では高照がかかる可能は0と言っていい。
成功させるためには入念な準備が必要であった。
高定は様々な手を尽くし高照と壬生家の仲を裂こうと工作を行う。
協力体制と言いつつも実態は高照がただの傀儡に過ぎないこと、高照の父・高経が宇都宮家に誅伐される
遠因を作ったのが綱房であること・・・高定は巧みに高照の心に壬生家への不信感を植えつけていった。

高定は焦らずじっくりと時が熟すのを待つ。その間、壬生家も宇都宮家に止めをさそうと度々攻めて来たが、
外交の責任者も務める高定は他家との周辺他家を次々と味方につけ壬生家の宇都宮領侵食を許さなかった。
そして天文24年(1555年)、ようやく高定は「餌」を使う。血のつながりはなくとも一応は高定の先代当主に当たる
芳賀高経の法要を執り行なう権利を行使したのだ。
高定は高照に先代の法要を行う旨を伝え、高照の出席を要望した。高照がまともな精神状態なら
まず掛かることのない「餌」である。
しかしながら壬生に利用されるだけの人形に成り下がって居るという事実と高定からの揺さぶりを受け続けた
高照の精神状態は現状への不満が鬱積し、色々と麻痺してしまっていた。

同年3月、芳賀高照は父の法要に参列する為に真岡城に赴き、そして城内で「自害」して果てた。
一説には高定が高照の犯した悪行を説き、高照は涙を流しながら訓戒の言葉を述べて腹を切ったとも言われるが
極めて胡散臭い話である。
ともあれ、高照は父の法要に行ったきり、二度と生きて宇都宮城に戻ることはなかったということだけは事実のようだ。
更に同じ年の同じ月に壬生綱房も謎の急死。宇都宮家再建への3つの障害が無くなった宇都宮家の
反撃が始まるのはまた別のお話・・・




365 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/08/08(日) 11:16:57 ID:sqecPOpJ
>宇都宮家の反撃が始まるのはまた別のお話・・・

そして宇都宮家が改易されるのもまた別のお話・・・
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