津田小平次秀政「『有明の茶入』を」

2010年08月29日 00:01

799 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/08/28(土) 15:55:25 ID:HZqAx76W
慶長5年(1600)7月下旬、西軍挙兵の報に接し、いわゆる「小山評定」を切り抜け、大戦の予感に高ぶる徳川家康は、
通りかかった家臣の津田小平次秀政に声をかけた。

「こたびの戦に勝てば、褒美は思いのままじゃ、励めよ!ときに小平次よ、お前は褒美として何が欲しい?
今から、褒美の約束をしてやっても良いぞ。」
「思いのままになるのは殿でしょう?まあ、特に欲しい物は無いので、その時になったら考えます。」

「そうは言っても、侍たる者が「何も望みは無い」などと言うことはあるまい。遠慮せず、何でもいいから言ってみろ。」
「では・・・それがしも近ごろ数寄心とやらに目覚めたので、名物茶器『有明の茶入』を頂戴しとうござる。」
「ほほぅ?」

『有明の茶入』は、別名『安国寺肩衝』。その名の通り、この時点では安国寺恵瓊の所有である。
つまり、手に入れるには西軍に完勝し、総大将・毛利家を屈服させ、その参謀である恵瓊を倒さねばならない。

何のことはない、欲が無いどころか
(勝てば、などとヌルい事を言わず、圧勝して毛利の財産を剥いで、我らに分け与えるくらいの事をして下され。)
という、戦国武士らしい大それた望みであり、激励だった。

「こやつめ、ハハハ!」
「ハハハ」
家康は約束を守り、関が原の戦いの後、没収した恵瓊の私財の中から『有明の茶入』を小平次に与えた。



・・・・・・数年後に小平次を襲う災難↓を、二人はまだ知らない。
http://iiwarui.blog90.fc2.com/blog-entry-2694.html




800 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/08/28(土) 16:54:36 ID:NyiE0m9z
まとめの後日談見たら笑ってしまった。

801 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/08/28(土) 18:23:34 ID:Xk6AOwyW
三歳様が強奪した茶入にそんな由来がw

802 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/08/28(土) 18:28:58 ID:OITD+Ttc
安国寺肩衝の、人から人へ渡って行く数奇な運命はすごく面白いな。

秀吉(→幽斎?)→三斎→安国寺恵瓊→徳川家康→津田秀政→三斎→忠利→酒井忠勝→ (まだまだ続く)

ちなみに、三斎が金200枚で押し買いした肩衝は、息子の代に酒井忠勝に金1800枚で譲られた。
インフレもあっただろうから、そう単純計算はできないけど、
9倍の価格で売れたわけで、江戸時代の財テク(゜Д゜)ウマー

803 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/08/28(土) 20:48:10 ID:9aKsVI/2
さすがに柿を盗んだ人の息子
盗みにかけては天才
めんどくさい三河武士も三河国主の末裔細川には敵わないな

804 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/08/28(土) 21:32:01 ID:EgLYXh5H
木下さんは、三歳のせいで木下兄弟で唯一明確な東軍につかざるを得なかったと言うし、結果論では
もうけにせよワリを食ってるなあ

806 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/08/28(土) 22:04:50 ID:OITD+Ttc
>>803
津田は三河武士じゃない。
徳川家臣団では珍しい尾張者、しかも織田一族

808 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/08/29(日) 19:36:03 ID:ux4fMLPe
徳川家臣団の尾張者か。

奉公するうち三河武士の家風にほぼ染まっていってしまったせいで忘れがちだが、
久松俊勝および久松松平氏も尾張者だな。

809 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/08/30(月) 00:12:05 ID:bji8juKq
三河武士的めんどくささの伝染率ぱねぇw

810 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/08/30(月) 06:33:37 ID:sdtzxREY
なんせ、いかにも三河武士っぽい井伊直政が遠江の土豪が出自だからなぁ。

813 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/08/30(月) 10:41:39 ID:2ZXvMO6+
>>810
井伊直政って三河武士っぽいか?
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