名倉玄番親子の逃走

2010年10月08日 00:00

538 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/10/07(木) 18:36:04 ID:APjb1OUC
1518年に赤松政村が三石城に篭る浦上村宗を攻めた時の話。

数で勝る赤松方は浦上方の城を破竹の勢いで落としたため
赤松方が油断したところで、村宗は忍びに命じて
「村宗は病に臥せっており、城方の士気は下がり篭城もままならない。」
と虚言を流させた。

これを真に受けた赤松方はすっかり気を良くし、不忠者の村宗の
滅亡ももうすぐであると陣中で酒宴を開く等完全に油断しきっていた。

村宗は赤松方の油断をよくよく見極め、勇士70人ばかりを選び
嵐と暗闇に乗じて夜襲を決行した。
完全に油断して備えもほとんどなかった赤松勢は面白いように討たれ
皆我先にと逃げ去っていった。

赤松方の名倉玄番はその夜深酒して酔いつぶれて寝ていたところ、
俄かに夜襲があったため長男の次郎三郎が父を担いで逃げ出したのだが、
次郎三郎は多数の敵に追いかけられたためもはやこれまでと観念し
父を岩陰に隠すと、迫りくる敵を引き付けながら戦い遂に討ち死にした。

次男の三郎四郎は敵中を斬り抜け父が隠れていた岩陰に辿り着き
共に逃げようとしたのだが、玄番は大の臆病者であったため
わが子を敵を間違えて逃げ出した。
三郎四郎は「敵ではありません!三郎四郎です!」と声をかけながら追いかけたが
半狂乱になっていた玄番は耳を貸さずに逃げ回った。

そうこういているうちに三郎四郎は敵兵に見つかってしまい
その場で討ち死にしてしまった。

玄番はうまく山陰に逃れ、明け方になって放たれ馬がいたのを
見つけるとこれに乗って逃走した。




540 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/10/07(木) 18:43:27 ID:OfLOgCMs
村宗ってなんか言いにくいね。

541 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/10/07(木) 18:52:31 ID:U8U8ceuJ
土持信村

542 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/10/07(木) 18:57:36 ID:JN5bt3rq
>>540
言い難いといえば足利義材の偏諱を頂いた連中の名前

北畠材親<「きたばたけ きちか」でーす
京極材宗<「きょうごく きむね」でーす
宗材盛<「そう きもり」でーす
スポンサーサイト