徳山則秀の分別

2010年10月15日 00:00

676 名前:1/2[sage] 投稿日:2010/10/14(木) 17:36:21 ID:bwxF3gue
豊臣秀吉の時代、慶長2年(1597)、4月の頃のことだという。

この時、京にあった伊達政宗は洛外にて花見遊山をした。
建仁寺の藤の森にて一両日を過ごし、大いに杯を重ね、政宗らしく派手に遊んだようである。
ところが、この政宗の遊ぶ音を聞いて、このあたりに巣食うならず者たちが集まり、大勢で政宗の周りを
ひしひしと取り巻き、こんなことを言ってきた

「我々は大変ふところを寂しくしている。あなたから金銀を頂きたい。」

ゆすりである。

これに政宗
「そんな事は容易いが、今我々は金銀を持ちあわせていない。」

「ならばお供の衆の腰のものを頂きたい。」

よりにもよって武士の刀をよこせという。数を頼んでかならず者共、政宗一行をなめきっているのだ。
政宗も後年であれば、こう言った連中相手に大立ち回りを演じたであろうが、このころは未だ
秀吉も生きている時代である。大事にしてはいけないと、理性が働いた。
政宗は屋敷に人をやり金を取り寄せ、それを渡してならず者たちを引き取らせたのだ。

さてこの事件、京伏見にあっという間に噂として広まった。
しかもその噂では、政宗自身の両腰までゆすり取られた、という事になっていた。

ところでこの頃、加賀大納言前田利家は伊達政宗とあまり上手くいっていなかった。
そんな時にこの風聞を聞いた利家は、使番の北村という若者を呼んでこう申し付けた

「政宗のところにこう使いせよ!昨今うけたまわった所では、貴殿は藤の森にてゆすりにあったそうだが、
大変笑止なことである!と。」

この利家の口上をたまたま聞いたのが、利家の側廻りの一人、徳山五兵衛則秀であった。
徳山は慌てて利家に言上する

「何と以ての外の大事なることを仰せになり、それを遣わされるのですか!?
そのような事を政宗殿に言えば、向こうから確認の使者が送られ、『その証拠を見せろ!』との
書状が来るのは間違いありません。

ところがこちらには、確たる証拠を持っているわけではありません。これでは前田家と伊達家の間で
大事になること、間違いありません!この徳山が考えるに、そのような使者を出すのは、害のみあって
全く無用のことです!」

こう諫言したが、前田利家という人は性格として一旦腹(一度口に出したことは変えない)であったので、
それでもなお

「かまわぬ!早々に使者を出せ!」

と言いはった。ここに徳山

「ならば私が使者として赴きます」

利家もこれを許可した。

677 名前:2/2[sage] 投稿日:2010/10/14(木) 17:37:30 ID:bwxF3gue
ところが徳山、なんのかんのと理由をつけ、ずるずると出立を伸ばす。
もしかすると利家が心変わりするのを待っていたのかもしれない。
が、2,3日経って利家は

「政宗への使いはどうした!?」

これに徳山は問い返した
「これは大事の使者です。政宗殿からは殿が笑止と考えたに至る証拠を必ず求められますが、
その時はいかが致しましょうか?」

しかし利家
「政宗がゆすりにあったのは確実なのであろう!?ならば何の問題があるのか!
お主がゆかぬと言うなら他の者に任せる!」

そう言われてもはや致し方なく、「ならば私が、これより使い致します」と徳山則秀は政宗の屋敷を訪ねた。


前田家重臣の一人である徳山則秀を、政宗は白書院に通し自身で対面した。
利家の言を伝えたところ、政宗からの返事は案の定

「大納言殿がそのように言われるなら、その証拠を示すべきである!」

との事であった。
ところが徳山はこれを聞くと

「そのようなご返事では拙者、罷り帰る事叶わず!」

と言い出した

「そのような返事を持ち帰るだけなど、使者として不調法、不面目この上ないことでござる。
そうであれば大変申し訳ありませぬが、御縁を汚すことと相成ります。」

徳山はここで切腹する、と言っているのだ。
彼の強烈な覚悟を見て取った政宗は、ふと態度を改め

「あなた方が言われているのは、世間の風聞に過ぎぬものである。
大納言殿が聞かれたのはそのような、世間の無責任な悪口に過ぎない。
その噂のような事実は有りませんでしたので、大納言殿にはどうぞ、安心してほしいと
言ってもらいたい。」

と、徳山に直に言った。
ところが徳山

「今の政宗様のご発言には、その発言をしたという証拠がございませぬ。少々お待ちください!」

そう言って一旦伊達屋敷を出て、その近くに屋敷のあった糟屋武則、土方雄久の所に使いを立て
緊急に呼び出した。その上で糟屋、土方の両名と共に政宗の元へ戻り

「先のご発言、後に何かの問題が起こらないためにもこのご両人を証人として、もう一度
おっしゃってください!」

政宗は素直に、再び同じことを言った。

この時の徳山則秀の分別が正しかったため、この後この件で政宗と利家の間に問題が起こることは
一切なかった、と言う。


徳山則秀、前田と伊達の紛争の危機を見事な使者ぶりで防止する、と言うお話。




678 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/10/14(木) 18:30:15 ID:HzK/UU5e
メンドクセーなーもうw

679 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/10/14(木) 18:34:15 ID:GRhgb3zp
出典は知らんけど
この話には徳山の手柄話だけじゃない意図もあるのかもな。
いろんなやり方があるもんだし。

680 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/10/14(木) 18:36:31 ID:HzK/UU5e
政宗って戦には負け続けて、中央からの命令を無視し、てやりたい放題だったのにたのに
何で領土広げて生き残ったんだろう・・・

681 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/10/14(木) 19:01:16 ID:fAC7J8ij
面積は増えたが、石高は減ってる

未開の宮城を開墾したから、百万石相当の実高に戻っただけで

682 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/10/14(木) 19:38:53 ID:qpGVOixJ
>>680
??「死ねば助かるのさ」

683 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/10/14(木) 20:28:13 ID:XWr3f8GV
本当にゆすられたのなら前田利家が武士の立場から考えて怒る気持ちがわかる。

684 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/10/14(木) 20:38:53 ID:o4T4dul+
まーくん晩年の頃に出てきて欲しかったなこの強請り
ならず者相手にヒャッハーしてくれると思ったのに...(´З`)チェッ

685 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/10/14(木) 20:41:42 ID:VNWaa3Bu
政宗好きじゃないけど
利家も本当にくだらないことでお互いの家を滅ぼしかねない嫌味を言うよなw
利家に何の得があってこういうことをするんだ?

http://iiwarui.blog90.fc2.com/blog-entry-1843.html
景勝に嫌味を言った逸話もあるし、相当嫌味な性格だったのか、犬っころ?

686 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/10/14(木) 20:58:17 ID:XWr3f8GV
当時武士は治安維持の役割も兼ねているから嫌味だけでなく、
武士の体面からの怒りもあったと思うけどな。
ゆすりをする集団は町人にも迷惑かけている可能性は高いわけで。
政宗の領地でのことではないから、義理はないと言えばそうだけど。

687 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/10/14(木) 21:06:14 ID:Rw8J6i2k
まあ、犬っころの息子が浪人中の立花宗茂に「10万石で雇ってやるよ」と声をかけたら
「腰抜け風情の息子が何をぬかすか!」って一喝されたっていう話もあるしな。
土下座王に腰抜けの犬っころがけんかを仕掛けたという『けちな話だなw

688 名前:人間七七四年[] 投稿日:2010/10/14(木) 21:55:11 ID:s8+Y2qM9
揺すられるような人数で領外出歩くなよバカ宗www

689 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/10/14(木) 22:19:47 ID:qpAWh6j8
屋敷に使いを出したら応援呼ばれて逆襲される、という心配はしなかったんだろうか。
それとも山賊に高度な政治判断能力があったのかw


690 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/10/14(木) 22:22:56 ID:pTw4fgIG
その後、山賊がどうなったかはかかれていない以上、
「その後山賊は政宗率いる応援部隊がおいしく頂きました」となってる可能性は高いのでわ?

691 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/10/14(木) 22:47:20 ID:XWr3f8GV
幕末だと新撰組と力士集団が町で大喧嘩してるな。
その後、和解して侍と力士で大宴会してるw

692 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/10/14(木) 22:50:12 ID:WWq5WD2S
>>691
あれ、てっきり芹沢鴨が暴走して相撲取りを返り討ちにしたと思ってた

693 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/10/14(木) 22:54:20 ID:XWr3f8GV
>>692
きっかけは勿論、芹沢鴨w
その後に力士たちが新撰組のいる所におしかけてきて新撰組が応戦。
土方歳三、永倉新八といった主力級もこの喧嘩に参加してる。

694 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/10/14(木) 22:57:33 ID:OzQQucne
>>690
スレ違いだがカエサルの青年時代にもこんな話があったな。
あっちは最後は賊はあの世行きだった。政宗が山賊見逃すとは思えんなあ。

695 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/10/14(木) 23:05:19 ID:dxQ3z5oU
なんで利家は犬っころと呼ばれているんだ?

696 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/10/14(木) 23:07:20 ID:WWq5WD2S
>>695
幼名が犬千代だから

697 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/10/14(木) 23:13:03 ID:c2J+9xA+
四つんばいになるから

698 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/10/14(木) 23:15:19 ID:FMN/Gz+R
信長とわんわんおだから

699 名前:人間七七四年[] 投稿日:2010/10/14(木) 23:17:14 ID:Rw8J6i2k
>>695
愛玩犬 ノブ専用バター犬
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忠犬  再就職後はね
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迷犬  賤ヶ岳
駄犬  末森城から小田原陣
老犬  五大老時代

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