『土気古城再興伝来記』より、法華宗の坊さんの話。

2010年11月23日 00:01

432 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/11/22(月) 09:49:01 ID:aHSadx3y

>>http://iiwarui.blog90.fc2.com/blog-entry-4893.html
の酒井定隆の時代、下総国に日泰聖人という僧侶がいた。
定隆が上総に渡る際、船を襲った高波を鎮めたと言い、それが縁で酒井家の尊崇篤
い僧侶であった。

下総国八幡郷(千葉県市川市八幡)で八幡宮の神主を務める市川刑部の息子が疫病
にかかった。
病人は、
「これは八幡神の崇りだ。私には親しくしている高僧がいるから、彼の読経を聞か
せてもらいたい」
と訴えたのだが、何故か近所の者、親族一同は相談の上、それを無視。日泰聖人に
祈祷を頼んだ。
日泰聖人が読経を上げると、たちまちに病人は快癒してしまったという。


またある日の朝、本堂でのお務めの最中。
突然怪しげな風が本堂を舞い始める。
日泰が入り口の方を振り返ると、そこには一人の女性が赤子を抱いて立っていた。
「…………寒い……」
泣きながらつぶやく女性。
出産の際に命を落した女性が、子供を死なせてしまった後悔から化けて出てくる亡
霊、『産女』であった。

「ここは……寒い……この子…助け…て……?」
涙を流し、助けを求めながら日泰に赤ん坊を差し出す産女。
日泰はその赤ん坊を受け取り、片手で抱き上げて女性と赤ん坊の為に読経してやっ
た。
女性が深々と頭を下げて姿を消した時には、日泰の腕に抱かれた赤ん坊の姿も消え
ていたと言う。

しかし、それが夢でなかった証拠として、日泰の片腕は凍えたまま、一生涯動く事
はなかったのである。


『土気古城再興伝来記』から法華宗の坊さんの話。
>>http://iiwarui.blog90.fc2.com/blog-entry-4113.html
といい、法華宗の坊さんは産女に縁があるな。ww





433 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/11/22(月) 10:29:55 ID:uAHfw04c
神主の息子なのに坊主にお払いを頼むもんなのね

いや父親では駄目だったから、ってことなんだろうけど

434 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/11/22(月) 11:11:08 ID:LZ0rw23g
>>433
坊さんが神社の管理とか普通にしてる時代だぞ

435 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/11/22(月) 11:16:38 ID:OFcpXlAj
多分この時代は、坊さんの方が禰宜よりも社会的地位も高く
功徳や霊能力もあると考えられていたのではないか。
もちろん個人差は非常に大きいが。

436 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/11/22(月) 11:23:57 ID:ZYXAemV3
現代でも神主と僧侶兼務っていうとこを知ってる
お葬式やると穢れで神事ができないからって檀家をもってないんだよね

437 名前:人間七七四年[] 投稿日:2010/11/22(月) 11:29:10 ID:LDgAF04R
例えば春日大社の宮司と興福寺の別当は兼務されていた。

438 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/11/22(月) 21:59:07 ID:Rw0So04Z
>>432
成仏させてあげたのに片腕凍らせるとか

439 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/11/22(月) 23:39:26 ID:n48vOzg3
>>438
確かにw
悪い話しだな。

440 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/11/23(火) 08:24:29 ID:6q0XuDhK
>>438
成仏する前に
「赤ん坊なめんな?! 赤の他人が何で抱いてるんだよ?!
経唱えるのを止めないと凍らせるぞ? あ!?
凍らせちゃってるのに読経続けるなんて度胸あるな!? くッ!!」
てな感じで凍らせちゃってたんじゃね?
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『土気古城再興伝来記』より、上総酒井氏の出世話

2010年11月22日 00:00

417 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/11/21(日) 16:43:24 ID:2hWSh0ji

上総国に酒井小太郎定隆という男がいた。
元々は遠江国の土豪だったのだが、知行が少ない事を不満に思い、戦乱の続く関東
で一旗挙げようとわずか三人の従者のみを連れて下向。鎌倉公方・足利成氏に仕え
たのだと言う。
しかし、公方家は鎌倉を追われ古河に逃亡。出世が望みであった定隆はそれを期に
足利家を見限り、上総国に渡った。

当時の上総国は安房国の里見義豊の支配下にあった。
諸国を見聞した浪人として義豊に面会した定隆は、各国の軍法や見聞きした戦の詳
細、大名の評判等を余す事なく義豊に披露し、その功で家臣に取り立てられる。

その当時上総を制したばかりの里見家は、下総からの執拗な攻撃に悩まされていた。
新参の定隆はまず、下総勢との最前線に投入される事になる。
この戦で定隆は活躍。上総、下総の国境地帯を押さえ、これ以上の敵の侵入を防ぐ
事に成功した。

これに喜んだ里見義豊・義弘の両将は、定隆に上総国の三分の二を任せる事にし、
越中守の名乗りを許した。
定隆は当時寂れていた土気の古城を再興してそこを居城と定め、上総を治めたと言
う。

大永元年(1521年)八十七歳になった定隆は土気城を長男・左衛門佐定治に譲り、
出家&隠居。隠居城となった東金城は後に三男・孫五郎隆敏が相続する。
これにより上総には土気・東金の両酒井家が並立する事になるのである。


『土気古城再興伝来記』から上総酒井氏の出世話。
通説では定隆は美濃国出身で、幕府の軍に従って下向。幕府から鎌倉公方家に乗り
換えて、成氏の命によって上総北部を平定した、という事のようですね。

この『土気古城再興伝来記』、中々面白い逸話が載っているんですが、あまり長文
なのも、連投での大量投下も、ウザいと思いますので、一日一~二話位のペースで
投稿させていただきます。いい話、悪い話合わせて計六~八話位かと思われますが、
よろしかったらお付き合いください。

……一つだけ言わせて貰おう。里見義弘はあからさまに年代が違うだろ!




418 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/11/21(日) 19:10:52 ID:88qvFQ00
>里見義弘はあからさまに年代が違うだろ!

里見の謎だね

419 名前:人間七七四年[] 投稿日:2010/11/21(日) 19:14:35 ID:djmKJfZM
http://stat001.ameba.jp/user_images/11/13/10130880841.jpg

420 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/11/21(日) 20:13:05 ID:SIiAnx3i
>>417
連載是非にお願いつかまつる。

421 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/11/21(日) 21:33:46 ID:XveU73MM
同名の別人じゃなくて?
伊達政宗だって9代目と17代目と二人いるじゃん

422 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/11/21(日) 21:35:48 ID:4a70b2O8
島津家久なんて、ほぼ同時期に二人いたりするから・・・別に困らない。片方は、悪久の方で定着してるから

423 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/11/21(日) 21:36:04 ID:OW74PhoH
後年、義尭に味方する義豊の息子だったりして

424 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/11/22(月) 00:51:11 ID:b16A/BfL
河野通直に死角はなかった。